第3話 始まりの出会い(3)

   ◇◇◇


「まったく、まったく、才能って怖いわよねぇー。もう自分の力が恐ろしいよ。私ってすっごい、すごい人なんだよねぇ。もっと褒めて欲しいわ」


「……自慢を言うならもっとしゃっきりしろよ」


 ミセは俺の能力が余程嬉しかったのか、町に戻ると貴族用の1番高い町外れにある別荘のような建物を丸ごと借りて、盛大に酒盛りをし始め、幸せそうにベッドでうつむせで寝転がり、酒を片手に一口サイズの干し肉をつまんでいる。


 庶民がいきなり宝くじを当てて調子に乗るとこんな感じだな……

 職業柄、そうやって調子に乗って人生を破滅させたやつを何人も見てきたから、心配だ……


「えへへ、嬉しいなぁ、嬉しいなぁ、嬉しいなぁあああ」


 そして……無防備なせいで、スカートからは白い脚が見え隠れし……視線のやり場に困る。


「いや~。旦那様の有能性は最強ですから。正妻として普通に鼻が高いです」


「有能って……わかんないことも多いし、俺自身には特に強い要素はないんだぞ?」


 あれから俺のスキルを調べたら結果……『隠しだま』はあるものの基本は『他者にユニークジョブを与える』という事象に全振りしている。


 なんというか他人頼りなジョブだ。

 組長がそんなもんと言えばそんなもんな気もするけどな

 こんなこと言うとヤスに小言を言われそうだが……


「ん~~仲間がこの異世界に来ているならどうにか合流したいんだけどな……はぁ、俺のスキルはどこにいるかまでは調べられないからな……微妙に不便な気がする……」


「ふふっ、いいの。いいの。あなたのジョブなら大抵のことは目をつむれれるわ。特異性だけで言えば、セブンスコードクラスなんだから、しかも仲間によっては戦闘狂いのセブンスコードにも引けを取らない」


「……世界を滅ぼせる力と比べられてもな。そんなすごいもんかね。いまいち実感がないんだよな」


「謙遜、謙遜、あなたはもっと自信を持った方がいいわよ。この世界でユニークって言うのはあなたの想像よりもすごいものなんだかた」


 グラスをベッドの横のテーブルに置き、ベッドでゴロゴロしながら干し肉を頬張るミセ。

 実に幸せそうだ……。


 どうやらミセは怠惰を愛する女のようだ。とてもじゃないが命を狙われているようには見えない。まあ、変な野望があるよりは付き合いやすいからいいか。むしろ人間ぽくていい。


「……あ。変なお客さんかも」


「ん? 怜奈?」


 怜奈は難しい顔をして首をひねる。異世界に召喚されたことを説明された時も、余裕を見せていた怜奈にしては新鮮な反応だ。


「どうかしたのか?」


「ああ、私が旦那様からいただいたジョブ『ヴァンパイア』のスキルの1つで、蝙蝠の眷属を操れて、周囲に放って視覚共有をしてるんですけど…………」


「お前のジョブって便利なんだなぁ」


「ふっふっふ、旦那様からいただいた力ですからねーえへへ、『愛の絆』ですね……」


 玲奈は俺のジョブの効果で自身の左薬指に現れた金の指輪をキラキラした瞳で見つめる。

 よほど嬉しいようだ……悪い気はしないが……


「それで、お客さんってなんだ?」


「ああ、そうそう、この建物の近くに軍隊みたいな人たちが来ているんですけど……これミセさんの友達じゃないですよね? 15人?」


 ……これはまずい状況じゃないか? 異世界の軍隊だと? ゆったりし過ぎている自身の所為だが、俺と怜奈はろくに世界状況を把握していない。

 それなのにお上とトラブルになるんなんて……


「うーん。しまった。魔力を派手に放出したか……感知系のジョブに引っ掛かったたかなぁ。はぁ、巡回兵ならどうにでもなるけど……とりあえず外に出てお話しましょうか。逃げて追われ続けるのも面倒だし、交渉は私がするから、あっちが実力行使をしてきたら、半殺し、いや3分の2殺しにしていいわ。それでこの町を出ましょう」


「物騒だな……まあ、職業柄、得意分野だが……」


「それが得意分野って……あなたって薄々思っていたけど、怖い人?」


「……そうだな」


「そのぐらいの方が頼もしいからいいけどねー」


 こいつ肝が据わっているというか、いろいろ適当過ぎでしょ……詮索されても血なまぐさい話しか出てこないから、適当なのは助かるけどな。

 はぁ、そんな場合じゃないか……。


 建物を出て、深夜になった林道をしばらく歩く。

 場所的には町はずれなので、町人などはいないが……この先には玲奈の言う通り15人ほどの気配を感じる。

 

 視界は木々で遮られているが、距離的には300メートルぐらい離れてるか? …前の世界では当然この距離から人数がわかるなんてことはなかった

 上部とは関係ないところでも五感や身体能力が強化されているようだ。


 そして……昨日初めてジョブを得た広場に到着する。


「お、おい! 相手は3人……そのうちの1人は……!」


「セブンスコードだ! それも強大な力を持つ! 油断するな!」


 そこには15人はどの武装した兵士がいた。兵士たちは槍のような武器を持ち、馬とトカゲを足して二で 割った感じの動物に跨っている。……どこかの王国の騎士と言った感じだな。


「ミセ。奴らは……」


「……あたしをつけ狙っているイセリア王国の兵士よ。はぁ、穏便な話し合いで済めばいいけど……期待薄ね。あと私の索敵スキルはそんなに高くないから伏兵を見逃しているかもしれないわ。『隠密』スキルとか使われるとお手上げ」


 なるほど……索敵に関してはおそらく俺もどっこい、どっこいだな。


「その辺りはレイナが高そうだけど……」


「うーん、私もまだスキルに慣れてなくて……でも『心強い仲間』は来そうな気がしますねー玲奈歓喜」


うん……? それってどういう……


「ミセ・ガスト・ワン。やっと見つけたよ」


 俺の思考を遮るように軍隊の奥かあら無精ひげを生やした中年の男が出て来る。

 パッと見はやる気のないオヤジに見えるが……ジョブを得た影響か、こいつが強者なのはわかる。それもとびっきり。


 なんて魔力量だ……


 かつて敵組織と数多くの殺し合いをしてきた俺だが、その誰よりも奴は異質だ……。


「……イセリア王国最強の騎士『リンガ―・シャラン』。偉く大物が出てきたわね。持っているジョブはエクストラジョブ『魔法騎士』」


「ひや~。いきなり最強の騎士ですか。このファンタジー難度高くないですか?」


「だな。ちなみにミセ。大人しく捕まるっていう選択肢は?」


「ないわね。いい待遇は受けないもの。多分。ぐーたらには暮らせない」


 ミセは嫌そうな態度を隠そうともせずに言い放つ。内容自体は怠惰だが、それは信念のようなものが見える口調。それにリンガーが軽口を言うように答えた。


「それはそうでもないと思うぞ~。我が国イセリアはセブンスコードを有していない国だ。それ故にフリーであるお嬢ちゃんのことは悪いようにしない」


「なるほど。この世界では化学兵器の代わりがセブンスコードか……」


「みたいですね~。持つ国は優位にたてるんですね~多分」


 異世界人ふたりが考察するが、恐らく現実はもっとシビアだろう。セブンスコードが持つ力を考えれば、それこそ……『世界大戦』が起こる可能性がある。


「……人間兵器として生きるつもりはない。私は自由に生きるのよ」


「まいったな……お嬢ちゃん。それが不可能なことはわかるだろ。君に自由なんて言葉は許されない。君の持つ力がそれを許さない。イセリアはセブンスコードを手に入れないと他国に蹂躙される。もう……賽は投げられたからね」


「はぁ。やっぱりこの世界はシビアだな」


「我々にはとにかく時間がない。『ドラゴン』はすぐ傍まで迫ってきている。だから――こっちは遠慮はしない」


 リンガーは腰に帯刀していた剣を抜き放つ。

 この瞬間――俺の思考が止まる。いや、リンガーの抜刀スピードに思考がついていかないのだ。

 俺とリンガーの距離は離れていた。ゆうに15メートルは……。だがリンガーにとってそんな距離は無いにも等しい。

 俺は風属性の魔法を使いこなす『魔法剣士』リンガー・シャラン、その実力の片鱗をみた。その代償を高く支払って……。


「ぐあああああああああああああああああああああああああああ」


「旦那様!!!!」


 ヤクザも顔負けの思い切りの良さだ……魔法を始めてみたこともあるが、俺と玲奈は反応することができなかった。

 なるほど……根性きまってやがる。


「キミ……固いね。真っ二つにしたつもりだけどね……」


 リンガーは俺のすぐ隣に立っていた。剣は血で濡れ、俺の腹からは大量の血が流れている。

 な、なにが起きた。いきなり腹を――裂かれた。


「リュウジ! このっ!」


 ミセが服の内側に仕込んでいたダガーでリンガーを切り伏せようとするが……そんな単調な攻撃は王国最強騎士にとっては児戯だ。

 難なくかわし、ミセの首に剣を添える。あと少し力を入れればミセの首は体から離れる。


 身体能力の基礎値が違う過ぎる……まるで別の生物を相手にしているようだ。


「み、ミセ!」


「キミは『殺しても死なない』。いや…むしろ……『殺してはいけない』ことは知っているさ。でも死より苦しませる方法はこの世に存在する。悪いことは言わない。僕と一緒に城に来たまえ」


 優しく言うリンガ―だが、その言葉には強制力がある。異世界に来ても一緒だ……。力ないものは力のあるものに従うしかない。


 そして――この世界では力のない者の末路は死だ。

 

「よくも旦那様を…………自分が許せない…………旦那様を護れなかった……」


「待て、玲奈、俺がやる……死にそうだけどな」


 そう――死ぬのだ。俺は死ぬ。こうも簡単にあっけなく。これは遊びでもなく試合でもなく、紛れもない『殺し合い』なのだから。

 俺が生きた『日々』だ。


「……そうだ。死ぬ。死ぬんだ……死ぬ……死ぬ?」


 死ぬ? 俺が死ぬ? それは――俺だけか? いや――違う。ミセと怜奈。ふたりが死ぬ? 人を死なせてしまう。『また自分の所為』で。


「俺の所為で――人が死ぬ?」


 それはかつて俺が犯した過ちで――それだけは決して繰り返してはいけない。


「うあああああああああああああああああああああああああああああ」


 気が付けば俺は叫んでいた。己の内にあるものを形にする。己が嫌っていた物を具現化する。それは逃げて逃げて逃げて。それでも捨てられなかったもの。

 この異世界では不要だと思っていた……


 『人を殺す覚悟』


 それは本質であり、豊田竜二を形成していた核だ。

 そうだ……俺は組という家族のために『鬼』となる。


「リュウジ……なんていう魔力量」


「な、なんだこれは……! くっ」


 リンガーが反応できない速度で、力ずくでミセとリンガーを引き離し、そのままリンガーの首をわしづかみにして捕まえる。


「隊長! 離れて下さい! か、解析が今済みました!!! セブンスコード以外の2人もユニークジョブです!!!!」


「え、え? そ、それは大きなミスを犯したね……」


「もう……遅い。お前は俺を殺そうとした。ならその代価を支払え」


 俺はリンガーの首を握りつぶす。

 頭と胴体が離れて、血を大量のふきだして……ゴロンと胴体が地面に転がる。その胴体の上に驚愕の表情をしている首を投げる。


 残酷な描写だ……現にリンガーの部下たちはこの世の終わりの様にたじろいでいる……絶望的なことが起こった、それ以外の情報処理ができていないのだろう……


 だがミセと玲奈は……


「りゅ、リュウジ……す、すごい! それにもう傷口がふさがってるじゃない! 再生能力も強いなんて!」


「私の旦那様は最強なんです! あーすっきりした。でも、私が八つ裂きにしたかったです」


「……………俺が思っていた反応と随分違うな」


 いや、怖がられるよりはいいが、倫理観バグりすぎだろ……

 ミセはこの世界の倫理観だからわからんんこともないが……玲奈はどうなってるんだよ……メンタルがうちの組のもんと変わらん。


 まあ、俺が言えたことではないし……

 ……それに救われるな。


『ユニークスキル【親と子】の発動条件を満たしました。発動しますか?』


「くっ……」


 その時、頭の中に声が響く。それは無機質で、機械音に近い。


「リュウジ……? ま、まさか、い、いえ、この魔力の揺らぎは……まさかスキルの発現!? それもまたユニークスキル!? そ、そんなことある!?」


「ああ……そうみたいだな……でも、これは……」


 頭の中に流れる情報をかみ砕いていく……このスキルは……


「さすが旦那様! どんなスキルなんですか!? 見てみたいです!」


「………………『ユニークスキル発動 親と子』」


 俺がそう口にすると、魔力の奔流が巻き起こり、周りの人間がどよめく、それほどの魔力量だ。

 そして……その魔力暴風は床に転がっている『リンガーの死体』に収縮していく。


「さあ、シノギを始めよう」


 ヤクザの世界には『親と子』という概念がある。扱いは普通の会社の社長と部下の関係だだが……1つ決定的に違う点がある。


 それは『どんな理不尽なことでも親が黒と言えば黒となる』ということだ。

 要は子は親へ絶対服従だ。

 

 俺のスキルは『自身が殺した直後の人間を生き返らせて、その親と子の関係を強制させる』ことだ。


「リンガーさんの首が繋がって傷が治っていく……? み、ミセさんこれは?」


 ミセに駆け寄った玲奈が問いかけるが……俺を召喚したミセでさえ、今の状況を理解できないようだった。


「そ、蘇生……それもリュウジの魔力がリンガーを縛っていく……なんて力……」


『こりゃ、魂の隷属やなぁ。かっかかかかか!!! オヤジの能力はえげつないのぅ!!! のう、健太!!!』


『そうっすね!!! おやっさんは最強っす!』


 リンガーへのスキル行使が済むと、その場に2人の男が現れる。その顔に見覚えがある。


「……お前らか、『カズ』『健太』。よく来てくれたな」


「え? この人たちがリュウジが言ってたの部下? 随分柄が悪いけど……」


「はぁ、よりによってうるさい人たちが最初に来ましたね。玲奈ショック」


 1人は若頭補佐の『黒井 和(くろいかず)』180近い身長に耳や鼻、舌に大量のピアスにモヒカン頭と言う、独特なスタイルで笑顔が張り付いているが、その狂気性が隠せていない。


 もう1人の10代中盤の若いホスト風の男は『緑谷 健太(みどりだに けんた)』。組の若い者のだ。


 現実世界の俺の『子』たちだ。


「へい! 例え世界は変わってもワイらがオヤジの子なのは変わりゃしません。世界を手に入れましょう」


「そうそう、にっしし、生きのいい新入りもいるみたいっすから!」


 2人は俺の前で頭を下げる。

 異世界に来て数日だ……しかし、こいつらの顔を見ていると随分前のことのように感じた。

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残念だったな、俺は異世界に来てもヤクザだ。 シマアザラシ @shimaazarashi

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