第2話 始まりの出会い(2)

  翌朝。


「お、おい。ミセ…どこまで行くんだよ。くそ、頭痛ぇな……面倒だし」


「なによ。なさけないわね。まあ、面倒なのには同意するけどね~」


 俺は用意して貰った宿屋で安眠をむさぼっていると、ミセに叩き起こされて早朝のピクニックに連れ出された。

 街を出て、歩け歩け運動だ。かれこれ二時間経過。


 昨日の酒もまだ残った状態なので軽く吐きそう……というか、ミセも怜奈も俺と同じぐらい飲んだのに元気なのはどういう了見だ?

 女子高生に負けるって……俺も歳か。ちなみに今俺たちがいる国では酒は16から飲んでいいらしい。

 なので「女子高生が飲んでも問題ない! というか、成分的に問題があるかも玲奈わかんない!」と言うのが怜奈の言い分。 


 まあヤクザが未成年飲酒のことで悩むのも変な話か。


「ん~。もうこのぐらいは離れればいいかもね。街の人間に見られるのはいろいろと都合が悪いのよ」


「はぁ~。やっとストップか、二日酔いが……うっぷ」


 やっとのことでついたのは野球グラウンドぐらいの広場だ。


 俺は近場の大きめの石に腰掛ける。現役の極道ということで体力には自信があるが、この二日酔いだけはどうにもならん。


 ……なんか『すぐ治せそうな気もするが』……『魔力』ってやつのせいか?


「旦那様、大丈夫ですかぁ~」


「ああ。怜奈は元気だな」


「勿論です! これからあたしの隠された能力が覚醒するんです! 全中二病患者の夢をあたしが叶えるんですから!」


 怜奈はやる気満々。傍から見れば妄言を垂れ流す可哀そうな子だが、言っていることは案外的を外していない……それが性質が悪い。


「ミセ。一度話を整理しよう。昨日は酔いながら話したせいで、ちょっと曖昧な部分があるからな」


「そうね。本来なら酔いながら話す話でもなかったし」


 ミセはチロッと舌を出して悪戯っぽく笑う。うん。可愛いので許す。


「まず初めに、私、ミセ・ガスト・ワンは世界を壊せる力を持っている七人の人間のひとり。セブンスコード『ネクロマンサー』」


「個人が世界を亡ぼせるとか、スケールが大きいですよね~中二心をくすぐります!」


「まあ、喜ぶことではないかな。それで厄介な人間たちに命を狙われているわけだし。あなたたちにお願いしたいのはそれを追っ払って欲しいの」


「おい。世界を亡ぼせる力があるなら、自分でどうにかできるんじゃねぇか?」


「いきなりあたしたちいらない子になる危機が!?」


「それがそんなに簡単でもないのよ。私の力は基本『生物を蘇生させる力』だから。それも今は『使用不可能』。だけど……私は確かに世界を滅ぼせる。自身の意志とは無関係にね」


 ミセは自称気味に言う。どうやら自分の能力にいい印象を持っていないようだ。

 ミセの力は予想はしていた。それは俺たちを蘇生させたことで明らかだ。ミセはよりによって最もえげつない力を持っている。

 ……確かに気持ちはわかる。そんな力は……ない方がいい。


 俺は過去に何人も人を殺している。間接的にも……直接的にも……そして大切な人も死なせた。

 その当時にもし、ミセの存在を知っていたら、どんな手段を使ってもミセにその人を蘇生させただろう。


 本当に――どんな手段を使ってでも。


 俺と似た様な考えのやつなんて恐らくいくらでもいる。それ程に蘇生ってやつは魅力的だ。人の人生を簡単に狂わせる。


 ……ミセの存在を巡って戦争さえ起こる。それほどまでに強大な力。

 そんなもの個人が持っていていい力の領分を超えている。


「なるほど……蘇生が世界を滅ぼせるってのはよくわからんが……個人が持っていい力ではないな。くそったれだ。死ねばいいのに」


「そうですね~。人間関係が重要なのは異世界でも一緒なんですね~。怜奈ショック」


 怜奈も同じ考えに至ったらしく、深く俺に同調する。そんな姿を不安そうに見るミセ。


「……あなたたち、もしかして私に同情してる?」


「そうだけど……もしかして侮辱だったか? それなら謝る」


「い、い、いえ。ち、違うの。そ、そのちょっと……この世界の人間とは違う反応だったから珍しくて……」


「慌てるミセさん可愛い~。ミセさん。ミセさん。心配しなくても旦那様もあたしも頭のネジぶっ飛んでいますから、その辺の愚民とは違うので安心して下さい!」


「おい、言い方」


「そ、そう…」


 明らかにホッとした表情を見せるミセ。

 まるで隠し事をしていた子供の様だ。


 ……しっかりとぶっ飛んだイメージがあったから、こういう小動物的な……守ってあげたくなるような顔は意外だ。


「お、おほん。それで私は戦うのはそこそこで、戦闘狂いのセブンスコードとかに狙われると終わるの。だからあなたたちを『蘇生召喚』したという訳」


「なるほど! それで私たちの『ジョブ』というものが火を噴くわけですね……私はいまいちピンとこないんですけど……」


「ジョブか……この世界の人間が必ず生まれもって持つ『天職』だったか?」


 前日ミセから軽く聞いたことを口する。


「ええ。別世界から来たとは言え、この世界に来た以上あなた達にも女神と世界の加護によって与えられたはず。あなたたちは魔力量的にかなり期待できるはず『エクストラ』……いいえ、その上の『ユニーク』の可能性も」


 エクストラは特別で、ユニークは専用か?

 うーん、ジョブは人ごとに違い、希少性や性能が大きく違うわけか……


 漫画やアニメの話みたいだ……。現実的じゃない。本当なら笑い飛ばしているレベルだ。……が、昨日から心に妙な違和感がある。

 何かを形にできそうな……そんな予感。前の世界ではなかった感覚。


 その予感が俺の頭から『そんなことはありえない』という考えを消している。


 最も……玲奈は俺の様な感覚はないらしく、ミセの説明を受けて不思議そうに首をひねっている。


「まずはリュウジからね。あなたの魔力量は少なく見積もってもエクストラジョブ以上は確実だから期待しちゃうわ」


「み、ミセさん、ちょっと待ってください。私から調べてもらってもいいですか? 役立たず玲奈ちゃんの烙印は初めに刻まれたいので……」


「そう? レイナもリュウジほどではないにしろ、非凡な気配を感じるから、そこまで悲観しなくてもいいと思うけど……」


 そう言いながらミセは瞼を閉じる。


「…………」


 その瞬間、言葉ではうまく表せないが……店の持つ雰囲気が変わり、『何かの力』が増していくような感覚だ。


「旦那様……こ、これが魔力ですかね?」


「ああ、多分な……」


 悪寒に似ているとも言えなくはないが、今までいた世界では感じなかった気配だ……。

 そんなことを考えているとミセが瞼を開く。

 その瞳は綺麗な赤から、透き通るような翡翠色に変わっていた。


「き、綺麗……」


「そう? ありがとう。でも『ジョブ感知』のスキルなんて珍しい物でもないわよ? 魔法使い系のジョブなら持っていることも多いし。あ、そうそう。敵が私と同じ瞳の色になったら注意ね。ジョブの中身が探られてるってことだから」


「ああ……」


 これも自分にジョブなんて能力が宿った影響なのか、ミセの言葉はまるでゲームのシステム紹介のようで現実味がなく、すんなり現実に落とし込むことができないはずだが……現実の情報として飲み込めた。


「もっとも、ジョブ感知は魔力消費が多くて他スキルとの併用はできなはずだから、敵に目の前で使われることは稀だと思うし、感知できるのもジョブ名ぐらいだしね。まあ、ジョブによっては例外もあるから……って、それよりも……」


「う……」


 ミセは玲奈に視線を固定しまじまじと見つめる。それは内面までも暴きそうなぐらい重い視線だ。

 もしかして視線に魔力が乗っているのか……? うーん、よくわからん……

 そのうちわかるようになるんだろうか……


「だめね……わからない。ジョブ名が視えない」


「え!? 私役立たず!? って、見えない……? ナッシングじゃなくて?」


「ええ……ジョブ名に靄がかかって見える……うーん、何か他スキルに縛られてる……わからない。こんな事初めてね……」


「私って特別な存在ですか!? きゃっきゃっ!」


「いえ……今は玲奈よりも……」


 ミセは喜ぶ店をよそに俺に視線を移す。

 その視線には未知への恐怖、困惑などが見てとれる。ヤクザと言う職業柄よくさらされていた視線だ。 


 だが、ミセの感情はそれだけではなく、どこか歓喜の感情があり、それがだんだんと大きくなっていく。

 そして顔を伏せて、わなわなと小さい肩をプルプルと振るわせている。

 


「そ、そんなにまずいのか? ど、どうした? 感情が渋滞しているみたいだが」


「よ……」


「よ? ですか?」


「よっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 いきなり盛大に雄たけびを上げるミセ。な、なんか歓喜がオーバーフローしたせいかキャラ変わっていないか?


「ゆ、ユニーク、ユニーク……!!!」


「それって……1人だけの特別なジョブですか!? さすが私の旦那さまあああああああああああ!!! きゃああああああああ」


「まて、お前まで騒ぐと収拾がつかん」


「きゃっきゃっ!」


「きゃっきゃっ!」


 いや俺の話聞いていないし。何で当人よりもテンションが上がってるんだよ……

 まあ、ここまで喜ばれると悪い気はしないし、期待してしまう……


「俺のジョブってのは何なんだ?」


「……おほん、それはユニークジョブ『組長』……ん? ん? 組長って何かしら?」


「………………」


 なんか期待や喜びが一気に下がった気がした……ま、マジか、頭を抱えたくなる。

 いや、現実世界でいやいやヤクザをしていたわけではないし、俺なりの信念をもってヤクザをしていたわけだが……

 異世界に来てまでも人様に迷惑をかける商業にならなくても……


「ど、どうしたの? リュウジ、ユニークよ? もっと踊り狂って喜んでもいいのよ? ユニークなんて一国に数人いればいい方なのよ?」


「あー……旦那様はヤクザという職業に嫌悪を持ってるって『若頭』さんから聞きました。きっとその発作かと」


『ヤス』のやつ玲奈に余計なこと言いやがって……筋が通ってなくてカッコ悪いじゃねぇか……って、今は状況の確認が優先か……全く気は乗らないが……


「ミセ、俺のジョブは何ができるんだ?」


「ユニークは資料がないからわからないわ。それはリュウジ自身が1番『知っている』はずよ。自分のジョブ名を自覚した今なら尚更ね…」


「…………知っているか」


 言われればそんな気がしないでもない。目を閉じて自身の内部にある『力』を探る。

 深く深く……


 そして……それは俺の中に知識として確かにあった。


「……スキル…………『仁義の絆』」


「仁義……の絆……ですか?」


 玲奈が俺の言葉を聞いて小さく呟く。その表情は歓喜を隠せておらず、何かを噛み締めているようだった……「仁義」という言葉に思うところがあるようだ。


 そんな玲奈感情をよそにミセが興奮したおももちで口を挟む。


「仁義の絆!? 初めてきくスキルね! どんな効果があるの!? それに他のスキルは!?」


「……他のスキルはない。このスキルだけだ」


「え? えええええええ!?」


「? そんなに驚くことですか?」


「驚くわよ!? 下位のジョブでも大小はあるけど、最低で2、3はあるものよ? ユニークがそんなことがあるははずが……まあ、後天的にスキルが目覚めることもあるけど、稀よ?」


「それは……俺のスキルの特異性がもたらしたことだな……」


 今の俺にはおそらくわかる……玲奈のジョブが不安定な理由が……。

 意識を集中させる……深く……深く……深く潜る。深淵に手をかざす。『力』を強く握りしめる感覚。


「リュウジ!? な、何この魔力の本流は……!? こんなのユニークどころか……『セブンスコード』クラスじゃない!!!」


「『ユニークスキル』発動……『仁義の絆』」


 その瞬間俺の魔力が激流のよう流れ出て、手にはめられている両指の指輪で『右小指の指輪を除いた』全ての指輪が強く光り輝く。


「さあ、シノギを始めよう」


 そして玲奈の左薬指に俺と同じ金色の指輪が現れ、魔力の激流が止まる。


「だ、旦那様……これって……」


「ミセ、玲奈のジョブを見てみろ」


「え? ええええええええええ!? ゆ、ゆ、ゆ、ユニークジョブ!? 『ヴァンパイア』!?」


 ……そうか。そうなのか。俺のスキルは……。


「『組員』にユニークスキルを与える能力……」


「他者にユニークスキル!?!?!? よ、よっしゃああああああああああああああめちゃめちゃ大当たりじゃりない!!!!! やふううううううう!!!!」


 よほど嬉しいのかはしゃぎまくるミセ。

 それをよそに喜びを隠せないといった感じで、玲奈が俺に言う……


「旦那様の指輪……そのうちの『9つ』が輝いていました……まさか」


「ああ、俺は今力に分散を感じた。『奴ら』にも力が渡ったはずだ。俺は奴らの存在を感じた……くっくくく、こんなところまで付いてくるなんて忠義心の高い奴らだ」


 それが意味する答えは簡単だ。


「あの時に共に死んだ『関東北神連合会直系宇佐美組』の全員が異世界に来ている」


 これが日本で最強最悪と言われたら武道派極道の頂点が異世界で復活した瞬間だった。

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