第1話「カフェに天才」
場面は代わり、次の日の珈琲店の前…
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頬に当たる風が冷たい
なんで外で待ち合わせにしたんだろうと、自分の中で後悔というものが膨らんでいく。今にも破裂しそうなこの気持ちを誰かにぶつけることを、優しさが止めていく。
苦しい、痛い、帰りたい。そんな思いすら自分が暴走を止める。
ふと、黄土色の腕を思わず見つめた。もちろん、寒さが僕の腕を止めようとしてきている気がするが、そんなのどうでもいい。
厚い袖をめくり、そこに現れた白い腕時計に目を落とす。
今は5時45分。ここに立ってから30分を編み出す式を、感覚でつなぐ。そして、それと同時に約束までは残り15分と、腕時計が知らせている感覚を覚える。
自分の腕時計に対する感謝が伝わるわけがなく、今度は眼の前の光景を見つめなおす。
「序ノコーヒー和神店」コーヒー屋よりスイーツ店に似たこの店の看板をよく観察した。
ピンク色の背景に、クリーム色の文字という少し、いや、だいぶ目立った看板に記憶を宿らせられる。
初めて来たのは三歳のとき、開店したてだったな。あのときも章と魅優ときて…
胸の負荷がまた増える。体の本能が重力に逆らうことを強いている。やる気というものが、また一つ減っていく。
早く会いたい。そんな感情に身を任せせていると、遠くから聞き慣れた声が聞こえた。
「あいからわず早いな、心菜。まだ十三分前だぜ?」
「章だぁ…来てくれて嬉しいよ」
向こうからスタスタと早足で僕の幼馴染が駆けてくる。
周りからの目が痛い章は、どんなに頑丈なメンタルを持っているんだろうと思うと、自分がここで一人だけ落ち続けている気がして、染み渡る恐怖がまた重力に従おうとしてくる。
「二ノ宮 章」これが彼の名前。冷めた目でいつも見られているが、それも仕方がないことだと思うと、同情の欲求が襲ってくる。
彼の左頬には包帯が巻かれている。それは、生まれつきの痣が原因だ。
いつもこんなに見られていたら、僕だとすぐに限界を迎えるだろう。尊敬の意味も込めて、せめて今のだけでもと思い、会話をつなげることにした。
「包帯の下のあれ、」
「あ、あれかそれがどうした?」
体の震えを必死に抑え、声を絞り出す
「結局、治りそう?」
「いや、治るのはもう難しいってさ、ほんと嫌だよな」
周りの目が少し揺らいだのをみて、すこし安心した。
意味を含める発言だと、見る側はいろいろ考えてくれて、
それが他の人を操っている気がして、少しでも罪悪感を感じている自分は、また落ちる。
でも現実ではそんなことはなくて、目の前にいるのは自分より上にいるはずの幼馴染、友人、赤い目で自分を見つめている。
また、吐き気がする。のどにこみあげてきた黄色いであろう液体を必死に抑え、また見つめ直した。
彼は重いため息をつき、いつもの軽い口調できた
「どうせまた、一人だけ立つのは悪いとか思ってこんな外にいたんだろ?ほんとに綺暖はそういうところあるよな。優しい奴なんだから。魅優が来るまで立ってたら心配されるだろ、いいから入るぞ」
核心をつかれた発言に、自分の思考が揺らぐ
章の言うとおりだ、優しいかどうかは別として、一人で勝手に罪悪感を抱いていた。
また一つ落ちる。自分が何階にいるかはわからない。もしかしたら、自分は本当は地球の近くにいて、都合のいい幻影を見ているに過ぎないのかも。
章の手が触れ、一瞬びっくりした。前に言われたことがある。「人に触れることに躊躇いすぎ」だって。
こんな自分が低いところまで触れにこようとしてることにこれもまた罪悪感を感じて、嫌で、わからなくて。
そのまま茶色いドアが開かれ、見慣れた光景が目に浮かぶ。
引かれ続ける手にバランスを崩しかけるも、隣の白い壁に手をついて耐える。よかった。
右側にそのまま進み、4人がけのテーブル席に章とついた。他の人が座りたがっているのではないかとまた考えるが、章にそれを言うのもまた違う気がして、自分の罪悪感はレベルを増す。これは、いつ落ちるのか。
青い髪がいつのまにか目の前に来ていた。少し暗みを帯びたその色は、綺麗だなと感じてしまう。
ぽっかり空いた口を閉ざすと同時に、彼が口を開く。入れ替わり。
「いつものでいいか?」
せっかく閉じた口をまた開けるのがめんどくさくて、そのまま頷いた。それを確認すると章は、茶色のエプロンをつけた店員の方に顔だけ向け、また口を開けた。
「すんません、いつもの」
そんなバーのようなことを言うのも、常連だからだ。店員さんは「わかりました」と作り笑顔と明るい声で雰囲気を作って、向こうに行こうとする。
その瞬間、立ち上がっていた。
「あの、何か悩んでいますか?」
店員さんは目を見開き、さっきの笑顔はなんだろうかというような悲しい顔をつくる。やってしまった、と思いながら赤くなっているであろう自分の顔を章に向けると、気にしていないと言っているような顔で、僕を見ていた。
このまま引き下がるわけにもいかず、恥ずかしさを押し込めながら、慎重に次の一声を見開かれている目に向かって、放つ。
「その、そうかはわからないけど、何か悩んでいますよね?この前、子供がいじめに遭っているという話を聞きました。えっと、それでなんか放って置けなくて…っすみません…こんな身勝手で…………ボソッタヒにたい」
舌を思いっ切り噛む。自分が嫌いだ。勝手に人の領域に踏み込むなんて。噛みすぎたせいか、口の中に鉄の味が広がる、鉄の味ってわかるわけないじゃん、と自分にツッコミを残し、俯いていた顔を、必死に前の人に向ける。
目の前の女性は、その顔を僕に向け、真面目な顔つきで、
「お客様の言うとおりです…でもここでは言えないのでまた今度、お願いできますか?」
断る理由がない。そう思った自分はゆっくり頷いた。そのまま席に着くと、店員さんは急足でだいぶ遠いキッチンへと戻っていった。ずっと席でこのやりとりを見ていたであろう章は、初めからわかっていたかのように少しの笑顔を僕に向けてきた。恥ずかしさで、体が爆発しそうだ、一人でいたら、多分もうとっくに崩壊している。
「綺暖、ほんとにいい奴だよな」
柔らかい声に少し、重りが軽くなった気がするが、現実ではそんなことはない。
「そんなことないって、逆に相手が嫌な気持ちになったら嫌だよ」
「俺もその能力欲しい」
「これは能力じゃないし、逆にお荷物が増えて嫌になることもあるんだから」
「自分を否定するな」
「章が羨ましいよ…メンタル強くてさ…僕って最低だよね、本当にもう生きている意味なんてないし」
本音だった、吐かれている章からしたらものすごい迷惑だと思う。でも、止められない。最低だ。終わってる。最低、最悪、人外、部外者、悪人、泣き虫…
「やめろ、綺暖。お前まためっちゃ熱いぞ」
「…え?」
言われるまで気づかなかった。体は燃えるように熱い。寒いはずなのに、中だけ熱い。
吐いている息もとっても熱く、目の前の章も顔が赤くなっていた。
「ごめん…」
一言だけ呟き、椅子を少し後ろにずらす。いつもより混んでいる中で、後ろの席に誰もいないのが幸いだった。
少しだけ顔をずらして息を多めに吐き、なんとか体温を元に戻そうとする。
しばらくして体温が元に戻ると、少し霞む視界の中でまた章に向き直った。
黙っていてくれた章には感謝だ。僕が向き直ると、章が見つめていることに気づいた。
「大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫。心配かけてごめん…」
「気にするな、それより魅優遅いな」
「確かに…連絡とってみる」
ズボンのポケットに右手を突っ込み、薄い冷たい板を取り出す。
パスワードという第一問間をクリアし、緑色のボタンをタップ、そこから魅優への「大丈夫?」と書かれたメッセージを送る。
少し様子を見て返信が返ってこないのを確認したら、銀色のスマホをテーブルに置き、そしたら声が降りかかってきた。
「昨日の入学式、大変だったな」
いきなりの声にびっくりした。でもいつものことなのですぐに声を返すことができた。
「確かに、ずっと座ってて疲れた。あの後章は仕事入って昨日ここに来れなかったもんね、今日来れてよかった。」
「ほんとだよな、上も何考えてんだが、疲れてんのに仕事よこすなんて」
昨日の入学式を思い返そうと、目を瞑り、意識を集中させる、確か………
「そう言えば、章、生徒代表挨拶してたよね、凄いよ、僕とは大違い」
そう、違う。ずっとそうだ。章とは生まれた時から近所の付き合いもあって、たくさん遊んでた。
でも、章とは違った。いつも章は…………
「いや、違う。入学式の時撮影可、ネットにあげるのも許可されてただろ?あれさぁ…学校を宣伝して、いい人材を取るためらしいぜ?俺が出たのも、宣伝するため。せっかく推薦しても見た目がダメだからって諦める奴もいるから是非、数少ない、障害を抱えた奴に出て欲しかったらしい。別に俺は障害者じゃねぇっつうの」
「あ、そういえば…」
8年前のあの日…あの日から事件は起こった
多くの人がまた、見た目が変わってしまうという非常事態だ。
でも章のこれは生まれつき、あの人は関係ない。それに章は孤児、断る理由がなかった。
さっきとは別の、同じ服を着た店員さんが来て、僕の前にイチゴスムージーとすだちのジェラートを、章の前にはレモネードとレモンチーズケーキが置かれた。
凄いレモンづくしだな、といつも思う
「あ、魅優だ」
慌てて店の入り口を見ると、魅優がドアを開けて入ってきているところだった。大学生の割には低いその背でもしっかりとした体つきで入ってくる。魅優は、窓際の席にいる僕たちを見ると、小走りで近づいてきた。
その後、彼女は太陽のような笑みを浮かべながら言った
「ごめんね〜、めっちゃ色んな人に絡まれて…」
「お〜…やっと来たか魅優。結構遅かったな、何があった?」
「魅優、すごい疲れてるんだね、無理して笑わなくていいよ」
そう、彼女は無理して笑ってくれている
少し引きつった筋肉、なのかはわからない。ただ、わかる。自分も、そんな気がする。
「相変わらず綺暖は優しいんだから…わかった、普通にしてるよ」
「いつもの自分でいるのが一番楽だよ」
とか、綺麗事ばっかり並べる自分は、今も落ち続けてる
罪悪感の、おもりを付けて
「俺の質問は?」
「あ、そうだね、そうだった。忘れてた。入学したのはいいものの、ちょっと目をつけられてナンパに合っちゃった。ほんとにしつこくってさ、ホント最悪だったよ。」
嘘はついていない。それぐらいわかる。それにしてもナンパに遭遇するとはすごい恵まれているんだなって思って、自分と比較してしまう。
「何だそんなことかよ。心配させんな。」
「だからごめんって、こればかりは仕方ないし…あ、そういえば昨日章と心菜の入学式だったね、見たよ、ネットで。お疲れ様。」
「ありがと、章はほんとにすごいよ。選ばれるなんて」
「だから俺が選ばれたのは学校の悪巧みだっつうの」
魅優に説明しなかったっていうことは、もう魅優には話してあるという解釈を僕はしている。ぼんやりと天井の淡い蛍光灯を見つめていると、液晶越しのテレビからいつも見ているニュースが流れ込んできた。
「次のニュースです。昨日、例の連続殺人犯のものだと思われるタヒ体がT県M区相次いででみつかりました。警察によりますと、すでに遺体は原型をとどめておらず…」
「犯人、まだ捕まらないね」
この映像と音声から逃げることを考えず、そのまま頷いた。
ご愁傷さま、と、被害者たちに心から語りかける。
もしかしたら、この気持ちはなくなった人にも届いてるのかもしれない。でも、そんなことはありえないと思う。でももしかしたら…と、無限の思考がまた始まることを察知した僕はすぐに考えるのを辞める。
そして、液晶ずくめの画面から幼馴染たちへと顔を向けた僕は、さっきの思考を棚から引っ張りだし、問う。
「犠牲になっている人は、どう思ってるんだろう」
声が二人の耳に届いた瞬間、二人してちょっと驚きの顔をつくっていたが、すぐにいつものように戻って、思ったより真面目に考えてくれた。
「あ〜…そもそもタヒんでるから何も考えられないんじゃないのか?考えていたとしても仕方ないぐらいの感じじゃないの?」
「章、相手は殺人犯なんだからそんな楽観的に考えるわけ無いでしょ…普通は恨みを持ってるでしょ、」
「あ〜…それもそうか、魅優はどう考えてんだ?」
「そうだね…恨みを持っているから来世であったときに56そうとしてくるんじゃないかな?」
「…グズッ」
不本意に、泣いた。少し外れてるところがあるけど…それでも、僕に真剣になってくれる…そう思うと、止まらなくなる
「…なんで泣いてるんだ?俺らなんか嫌なこと言っちゃった?」
「…絶対そう思ってないでしょ、章」
「いや…悪いことはしてないよ...」
「無理しなくていいんだよ...心菜」
なんで、二人がこんなにも優しいのかもわからない
そんな疑問が頭の中で渦を巻きながら沸騰している
「ごめん…いつも迷惑かけてばっかだから…」
「それ何回目だよ…お前はいいやつなんだからもっと自信もてって」
「この会話も何回目かわからないけどね」
いつもいつもいつもいつもいつもいつも
…僕は周りの人に助けられてばっかだ
それはずっと、体を駆け巡っている
でも、どこかにしまわれられている気もして
そしたら、また落ちていることに気づいて
…また一つ、上に放り投げる…
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風が白衣を巻き上げ、冷たい感覚を残していく
数時間前までそこにあった太陽は、ぼんやりとした赤色を残して消えていった
地面を踏むたび、ゴリゴリするような感じがして、それがまたお互いを傷つけていることなんだな
いかにも避難場所といったような壁の穴では、ときどき草が見えて、それが弱々しいものだと思ってしまう
あのあとカフェで章や心菜と楽しい会話を共有したあと、私は帰路についていた
本当は章も心菜も近所に住んでいるのだが、私達はいつも忙しく、あまり一緒にいられる時間がない、というか減ってしまった
今日は心菜が絵画教室、章は警察から呼び出しをくらって今は警察署にいる
まあ章は悪いことしてないからいい意味での呼び出しであることを祈るのみだ
そして今歩いているのは裏路地…石がゴロゴロ転がっているところだ
踏むたびにジャリジャリと削れる音がして気持ち悪い
なぜここを通っているのかというと、家の立地がたまたま悪かっただけ
ここを通らずに帰ろうとすると、遠くにある橋をわたり、また戻ってこなければならないため結構めんどくさいのだ
だから、毎日人気のないここを歩いている
「あ゙?なんでまたここに来てるんだよ」
もちろん、全く人がいないわけでもない
そう、ここは不良や裏社会の人たちのたまり場でもあるのだ
一瞬、空気が張り詰める感覚がしたあとにゆっくり振り向いた
そこにいたのは、最近ここらへんを占領している不良たち。じつはまだ中学生だったりする。多分私の背が低いばかりに、同い年か年下とでも思っているのだろう。もう大学生なのに、学校にいかないせいで年上だと気づいて無いのだろうか
私はまた呆れ、また怒りを募り、いつものように歯向かっていった
「あなた達まだ居たの?そろそろ警察に言うよ?」
「何だよお前こそまだ歯向かう気か」
何度言っても聞かないなぁ…と更に呆れ、また口を開く
「別に君たちがここで引いたら許すけど?」
「あ゙〜まじダリィ…もうこいつやっちまおうぜ」
「お!いいっすね〜こいつ弱そうですし」
「聞こえてるから、弱いのは認めるけど勝てるかどうかは別だよ?」
そのまま煽った結果、不良たちが襲いかかってきた
拳の形に握った手が、私に届く
もちろん体育の苦手な私が避けれるはずもなく、そのまま体が地面に打ち付けられる。角張った石にぶつかった体はところどころ血が溢れ出て、それでも手を止める気配は一向に無い
こんなことしても意味ないのに…と思うそば、光るものが一人の手に握られていた
それは、注射器だった
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ピロン、と小さな着信音が鳴り、続いてスマホが震える
まだ冷たい空気を掴み取るようにしてポケットのなかに手を入れ、スマホを取り出す
せっかく警察の話が終わったのに…と心でぐちをこぼしながらメールを開くと、そこには魅優からのラインが来ていた
ラインを開き、幼馴染グループを開くとそこには1枚の写真とメッセージがあった
その写真には中学生っぽい不良らしき人たちが全員倒れていた。全員眠っている様子で、こんな世の中でよくそんなアホ面見せれるな、と思う
次のメッセージの文字を目で追うと、次の瞬間、呆れが体に広がっていった
「裏路地にいた不良たち確保〜♪」
相変わらずの大胆さがまた、魅優の性格である
おそらく、常に持っている睡眠薬でコイツラを眠らせたのだろう。犯罪行為になりかねないことを魅優がしたので、多分、あれだ
「ということで章、警察に連れて行って〜」
「お前許さねぇぞ」
「ごめんて〜」
やっぱりな、と思う
あいつは俺の権限(?)を勝手に利用して罪を逃れようとする
まあ別に大丈夫だが、ちょっとイラッと来る
前に、この写真の奴らとは口喧嘩してるので多分なんとかなるだろうとあまり役に立たない思考を持ちながら、いつもの帰路へと走って向かっていく
晴れた空では、色とりどりのほしが祝福するようにチカチカと光っていた___
表裏の追記~能力のある現実世界~ 俺たちは、異世界にいる感覚~ 自己二重人格 @usapokias
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