第6話
「封印の力を使いすぎて死んだと思われているなんて。他ならぬ彼が私を殺したのに。酷いわよね、事実を改変するのはいつだって生き残った人」
ピンク色の見事な髪がテーブルの上につく。建国の聖女は地下にいる時はフワフワしておぼろげな霊体のようだったが、今は姿形がよりはっきりしていて手を伸ばしたらそこに実体があるように触れそうだ。
「癒しの力は使えなかったの?」
「力が使えなくなるまで刺されたのよ。封印の力を使っていたから、あまり余力がなかったわね」
一回刺されるだけで良かった、などと思ってしまう残酷な内容だった。幼馴染で愛した勇者に惨殺されるなんて。彼女は特別な聖女だったのに。
「でも、勇者の子供は勇者じゃなかったでしょ? 建国の勇者は自分だけ力を持っていたかったの?」
「王になるなら勇者の力は持っていた方が良かったんでしょうね。人がついてこないわ。子供にも能力が引き継がれると誤解していたけど、そうじゃなかったわ。聖女の私が力を持ったまま死んだから、聖女もずっと不在。神は新たに能力を与えることはなかった。だから、私はずっとここで待っていた。そこで邪竜の封印が弱くなってきた時に現れたのが、あなたよ。シェリル・バーンズ」
私は本気で首を傾げた。やはり、私はシェリル・バーンズなのだろうか。体は王女アデルだけど。
「あなたの魂には干渉しやすかった。そして、アデル王女にも。アデル王女は非常に珍しくてね、魂の器に対して半分しか魂が入っていない人物だった」
「魂が器の半分だったらどうなるの?」
「不完全で不安定な魂の持ち主ということよ。死んだように生きて、必ず早死にするわ」
「じゃあ……アデルはまさか、私の意識が覚醒した時に死んでいたの?」
「その通りよ。魂の器に半分の余裕があったからこそ、あなたの魂を彼女の体に生まれ変わらせることができた」
「それ、生まれ変わりって表現していいの?」
「私に用語の意味を聞かれても分からないわ。他になんて表現するのよ、憑依というにはあなたの魂はすでにその体に馴染みきっているし。私の魂の一部もシェリル・バーンズの魂にくっつけることで生まれ変わりが成功したの。それで、あなたに聖女の力が発現したのよ」
現実味のない話の最中でも、テーブルの表面に映っている光景はあまり変わらない。
マティアスはじっと私の側に跪いて何か深く悩んでいるようだった。邪竜に止めを刺す気配もない。
「まぁ、いいわ。私がマティアスに刺されたのはなぜ? 邪竜の影響じゃないの? 彼が私を邪魔に思っていて殺したんじゃないの?」
「彼は、とても理性的な人よね」
建国の聖女はピンクの髪を後ろによけながら、テーブルをトントン叩いた。
「彼はせめて頬に口付けをして欲しいと言ってたでしょ。あそこまでが彼の欲で、邪竜の影響。この状況で、唇と言わなかったところがとても理性的だわ。言いたかったでしょうにね」
確かにあの時のマティアスの言動はおかしかった。いつもの彼なら封印したといっても、慎重なのでさっさと邪竜に止めを刺しに行くはず。
「シェリル・バーンズ。あなたはカリスト領の辺りから彼を愛し始めていた。だからこそ彼には勇者の片鱗が現れたの。誰もがウワサをするほどに。そしてさっき頬に口付けてあなたは完全に彼を愛した、そして彼は勇者になった。そうすると何が起きるでしょうか」
「建国の勇者があなたみたいに霊になって話しかけてくるとか?」
「近いわね。能力に覚醒したら記憶に引きずられるのよ。あなた、マティアスにずっと恐怖を感じていなかった? さっきの口付けの時も」
「当たり前じゃない。マティアスは私を殺した宰相の息子で、信頼なんてしていないもの」
「その信頼していない男の頬に口付けしたんでしょ? 建国の聖女である私の記憶に引きずられて彼に対して恐怖を感じていたにも関わらず、その恐怖を振り払って」
私は黙り込む。
仕方がないでしょ、散々助けてもらっているんだから。いつも縋りついた先には毎回偶然マティアスがいただけよ。
邪竜にか弱い私が止めを刺すわけにいかないもの。どこを切ればいいかも分からないし、そもそもあの硬そうな鱗に剣が入るかも分からないのに。
私は咳払いをして話を続けた。
「それで? マティアスは勇者になって記憶に引きずられて私を刺したってこと?」
「そうよ。記憶に聖女を殺せと囁かれたんでしょうね。覚醒したては自我が弱くなってしまうから引きずられやすいのよ。よりによって邪竜の前で覚醒するとはね」
庭では鳥のさえずりが響いている。喋っている内容とは裏腹にとても平和だ。天気もいい。毒殺された場所だから未練や恨みを感じるかと思ったけれど、私はこの場所を気に入っていたらしい。
「そう、説明をありがとう。でも、その説明を全部聞いたところでもうどうしようもないわ。私は癒しの力を使えないんだからこのまま、また死ぬだけよ。せっかく生まれ変わらせたのに、また運命の繰り返しで申し訳なかったわね。次の聖女はもっと賢くてマトモな子にして」
また、私は死ぬらしい。テーブルに映る光景の中では私の体はピクリとも動かない。
毒殺の次は刺殺。いや、失血死と言った方がいいだろうか。良かったのは、今回はほとんど痛みを感じなかったということ。痛いのはやっぱり嫌よね。
でも、結局私は聖女になっても殺されるのか。
生まれただけで偉くて特別なんて人には言っておきながら、私は十代で二度も死ななければいけない。私は二度も生きることを許されなかった。
一度目はきっと愛を信じていないから。お金目当てで王太子レグルスに近寄ったから。二度目は建国の聖女曰く、誰かを愛したから。バカみたい。私は無能でも聖女じゃなくても、何の取り柄がなくっても生きていていいって信じたかっただけなのに。たったそれだけなのに世界は、私に明日を許してくれない。
テーブルに映るマティアスを指でそっとなぞった。別に彼はこちらを見ることはない。本当に彼にはイライラさせられる。助けるだけ助けておいて、私が無事で良かったと言った翌日に刺し殺すなんて。
愛? 愛なんて分かるわけないでしょ。愛した相手が光って見えるわけでもないし、彼があなたの運命の相手ですって書いてあるわけでもない。お金なら目に見えるけど。
「あなたの魂には干渉しやすかったと言ったでしょう、シェリル・バーンズ。私は自分の魂の一部を分けてあなたを生まれ変わらせた。同じことはもうできないわ。干渉しやすい魂があったとしても、半分の魂を持つ者もいるかは分からないし、成功する確率も低い」
「それならもう終わりね。あなたはずっと孤独に待っていたの? それなのに私みたいなのを生まれ変わらせちゃったから失敗したわね」
「私に残る聖女の力であなたを生き返らせることはできるわ」
「は?」
「もうこれが最初で最後の機会よ。だから、あなたは必ず邪竜を殺して。そうすれば聖女の力も勇者の力も消滅するから」
「できるわけないじゃない。こんなにか弱いのに。それに、私は聖女になったって特別じゃなかった。あなたは建国の聖女で特別な人よ。あなたと一緒にしないで」
どうせまた死ぬだけよ。痛い思いはもうたくさん。一度確実に死んだからって死ぬのが平気になるわけじゃない。
私は拒否しているのに、建国の聖女は腕を伸ばして私の手を掴んできた。引っ込めようとしても凄い力だ。この場所では彼女は私に触れるらしい。
「あなたの魂に干渉しやすかったのは、私とあなたが同じ名前だったから」
建国の聖女にも当たり前だが名前があったのだ。それはそうだ。なぜか忘れ去られているが。
「もっと聖女らしい名前にって神殿で変えさせられたけど、私の元々の名前はシェリルだった。名前が一緒だとね、使命が同じなのよ」
「シェリルなんて、腐るほどいるでしょ」
「でも、あなたほど愛に傷ついた人はいなかった。私と同じくらいに」
彼女の手にぎゅっと力が入る。
「だから、どうか彼を救ってね」
嫌よ。そもそも彼ってどっちよ。
その言葉は建国の聖女には言えなかった。見覚えのある淡い光が瞬いたから。
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