第5話
気付くと、見覚えのある美しく整えられた庭に立っていた。
ここはどこだろう。私は腹部を刺されて地下にいるはずなのに。
「こっちよ」
振り返ると、白いテーブルが出現していた。建国の聖女は綺麗な白いイスに座っている。
「どうぞ」
もう一つ、彼女の向かいにイスが出現した。腰掛けながら思い出す。これは私がシェリルだった頃に最期に来た、毒殺されたイザベラの家の庭だ。
「どうして私たちはイザベラの公爵家の庭にいるの?」
「ここは、あの世とこの世の狭間。あなたの見たい景色が出現する場所よ」
「私は死んだってこと?」
自分の恰好を見ると、マーサが着せてくれた白いワンピースが綺麗な状態のままだった。神殿の地下でボロボロになったはずなのに、まるでさっきまでのことが夢のようだ。
「正確にはまだね」
建国の聖女がトントンとテーブルを叩くと、テーブルの表面に先ほどまでいた神殿の地下の様子が映し出された。
その中で私は倒れていて、マティアスは神殿騎士のカルヴァンを殺したところだった。その後マティアスは歩き回って王弟や宰相の首筋に手を当てて脈を確認している。宰相は首がおかしな方向を向いているから死んでいるのだろう。
「聖女って自分の傷は癒せないのね」
「残念ながら、あなたの発動条件では癒しの力を宿した水か物を体に当てるしかないわ」
へぇ、じゃああの出血量なら助からないわねと私はぼんやりまたテーブルに映る光景を眺める。
「マティアスは……私を殺したいほど嫌いだったわけね」
邪竜の影響なのかしら。
宰相は分かるけど……カルヴァンだって殺さなくてもいいと思うけれど、王女兼聖女殺害を証言されたら困るものね。
「違うわ。あなたが愛したから、彼はあなたを刺したのよ」
「……意味が分からないわ」
「聖女が愛した者が勇者になるの。剣の腕も神託も何もかも関係ない。聖女が愛した人が勇者よ、マティアスは騎士だったわけでもないのに急に強くなったでしょ? 癒しでも封印の力でもない、それが聖女の、この国の聖女しか持っていない能力よ」
私は行儀悪く肘をついて、建国の聖女の話を聞いた。
「……私はマティアスのことなんて愛してないわ」
私がマティアスのことを愛しているだなんて、そんなことはあり得ない。いくら何度も助けてもらったからって。愛なんて私は世界で一番信じていないのに。
「私もそう願っていたわ。あなたが誰も愛さないように。それにあなたなら愛さないと思った。親に売られてお金しか愛していないようだったから」
「ちょっと待って、建国の聖女様はそこまで分かるの?」
「えぇ、私があなたを生まれ変わらせた。正確に言えば、あなたの魂には干渉しやすかった」
私は思わず頭を抱える。
整理してもついていけない。まず、聖女が愛したら勇者になる。意味が分からないわね。勇者の概念がそんな有耶無耶なものだったなんて。それに愛したから刺されたってどういうこと?
「私にも分かるようにちゃんと説明して」
「いいわよ。ここに来たらやっと全部説明できるわ。運命を捻じ曲げる可能性があるから地下では話せなかったの」
テーブルに視線を落とすと、マティアスが私の側に跪いていた。なぜか彼は震える手で私の髪を撫でている。しかも時折うるさそうに自分の耳を塞ぐような動作も見える。まるで誰かに話しかけられているみたいに。
「邪竜を倒すために、私は聖女の力をある日突然神から授けられたの。神託とでもいうのかしらね」
聖女はゆっくり話し始めた。
それは語り継がれる建国の物語とは全く違うものだった。
「私の側にはいつも幼馴染がいた。後に勇者になる人だけれど。彼と一緒に邪竜に対峙して私が封印の力を使った後、彼が止めを刺す予定だった。でも、彼は自分の力が惜しくなったのよ。だって邪竜を倒すために与えられた力だったから、邪竜を倒したらその力は神に返さなければならない。私の聖女の力も、私が愛して勇者になって急に強くなった彼の力も、ね。彼は言ったわ。このまま邪竜を倒したことにして力はそのまま持っていようと。私は反対したわ」
そうしたらあの地下で彼に殺された、と建国の聖女は静かに続けた。
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