第六章 ぼやきの聖女と建国の邪竜
第1話
『先客その一よ。どうやって邪竜がここに眠っていることを突きとめたのかしら。私の封印が弱くなって気取られやすくなった?』
完全に女性の姿をとった建国の聖女がそう口にする。彼女は宰相の方に向かって行くと彼の顔の前でヒラヒラ手を振った。しかし、宰相はそれに何も反応せずに私の方を見ている。どうやら彼女の姿は私にしか見えていないらしい。
「お連れしようと探させておりましたが、手間が省けたようです」
宰相の後ろから騎士が出てきて、私はすぐに拘束されてしまった。
「どういうつもりなの」
「おや、聖女様がここにいらっしゃるのは私を止めにきたのではないのですか」
知らないわよ、そんなこと。邪竜が死んでいないことも、ここに封印されていることも知らなかったし。何なら今まで建国の伝説はおとぎ話だと思ってたわ。でも、目の前にあるなら信じざるを得ない。
建国の伝説は邪竜の存在までは本当だったけれど、勇者が倒したというのは嘘だったのね。じゃあ、聖女が途中で死んで勇者は邪竜を倒せなかったってことかしら。だから建国の聖女の幽霊はここにとどまっているのかしらね。
「見てくれだけの王女様がそんなことをするはずがないか。そして、マティアスは? ご一緒ではないのですか?」
「私だけ亀裂に落ちてここに来たのよ。というか、あなたの息子でしょ」
マティアスはまだ気絶していて無防備な状態だ。彼を危険に晒すのは忍びなかったので思わず嘘をつく。
「えぇ、ちょろちょろとつまらない小細工をよくする息子です。私が忙しくしている間に母親の方には逃げられてしまいました。まぁ、あのようなつまらない女よりも邪竜の存在を知ったのでもうどうでもいいですが」
こいつは女の敵ね。つまらない女だなんて、完全に女を見下しているじゃないの。だからシェリルのことも平気で殺せるのね。
「しかし、まさか保険として婚約者にしておいたらあなたが聖女様だったとは。見てくれしか価値がなく、傀儡以外に何の役割もなさそうだったあなたが」
宰相は薄く笑いながら、アデルをバカにした。しかし、すぐに思案顔になる。
「あまり信じていませんでしたが、これを運命とでも言うのですかね」
「そんなことよりも。ここで何をするつもり?」
「決まっているではないですか、邪竜の復活です。あなたに邪魔されると面倒なので拘束させていただいています」
「はぁ?」
頭がおかしいんじゃないの?
この大きさの竜が復活したらどうなると思ってるの。ちょっと動いただけで地震が起きてたのに。というか、私がどうやって邪魔できるのよ。魔物に使ったような封印の力を使えってこと? 命を懸けて?
「イーライ!」
叫ぶように宰相を呼ぶ声が聞こえて、そちらを見る。邪竜で見えなかった陰から現れたのは王弟だった。
先客二人って言ってなかった? 騎士も含めて二人以上いるんだけど。建国の聖女を睨むと、彼女はふわふわ浮きながら今度は王弟の後ろから頭頂部をしげしげ眺めている。
『先客その二はてっぺんから薄くなるタイプか、可哀想に。こいつが勇者の子孫なわけね。ってことはあいつは晩年禿げたのかしら。てっぺんから。それならざまぁね』
建国の聖女の危機感のなさにこちらまで脱力しそうになる。今、髪の薄さなんて関係なくない?
「鎖はほとんど切れたぞ」
「さすがは王弟殿下です。聖女の封印の鎖を切れるのは勇者の血を引く末裔のみですから、私ではお役に立てず」
こいつら、本当につながっていたのね。あんなに仲が悪そうに見えたのに。
王弟は拘束された私を見るとニヤッと笑う。
「なんだ、聖女様も来たのか」
「地震で亀裂ができて落ちて来たようですよ。ちょうど神殿でのパフォーマンスの時間でしたから」
「まぁそんなことはいい。これで他国も侵略できるし、王位は私の物だ。イーライ、早く隷属の腕輪を寄越せ」
「少しお待ちください。すぐ持ってまいりますので。あぁ、ちょうど今来たようですね」
「遅いではないか」
「神官たちの目を欺かないといけないのでね。大丈夫ですよ、間に合ったのですから」
軽やかに走って来る音が聞こえた。
宰相と王弟と子飼いの騎士。ここからさらに登場人物増えるの? あり得ないわ。なんでみんな神殿の地下のことを知ってるのよ。邪竜の存在だってそうよ。私は全然知らなかったわよ。
『あぁ、なるほどね。隷属の腕輪。建国から相当経っているからやっとできたのかしら。私たちの時は邪竜に破壊されてしまったもの』
「宰相様、お待たせしました」
建国の聖女の言葉の後に、箱を持って暗闇から現れたのは銀髪をなびかせた神殿騎士カルヴァンだった。
『あぁ、神殿騎士まで取り込んだのね。ってことは大神官様の書でも盗み見たのかしら。あのジジイはここを探り当てていたもの。熱心にいろいろ調べていたし。ただ、封印の鎖は封印をかけた聖女本人か経年劣化でないと解けないからあのジジイは諦めていたのよね』
私はもう訳が分からなかった。
どうなってるの、一体。贅沢で怠惰に生きたかっただけなのに、どうして建国の伝説にまで巻き込まれるの。シェリルだった頃よりも死にかけており、今が最もピンチじゃない。
「さっき宰相は勇者の末裔じゃないと鎖が切れないとか言ってなかった?」
建国の聖女に頭の中で話しかける。彼女はこちらを向いてふっと笑った。
『あれは嘘ね。私の力も万能ではないし、経年劣化しているから誰でも頑張って剣を叩きつければ切れるわ。大方、危険な役割を押し付けたんでしょ。まぁ、もうちょっと様子を見ておきましょう』
「そんな暇ないでしょ。邪竜が復活してあいつらに隷属されたらどうするのよ。早く封印の力の使い方教えなさいよ。そのために私をここまで連れて来たんでしょ」
『しっ、そんなに焦らなくっていいから』
焦るわよ! また死ぬかもしれないのに!
カルヴァンが箱を開けて宰相に渡し、宰相が中身を確認して王弟にそれを差し出した。中には白い大きな首輪のようなものが入っている。
『邪竜の腕につけるからあのくらいの大きさなのよ。素材も集まったのね』
「でも、あれを嵌めたら邪竜はあいつの言うこと聞くようになるんじゃないの!? 隷属なんでしょ? 見てるだけでいいわけ?」
『そうね。まぁ見ていなさい。私の予想が正しければ……』
王弟は隷属の腕輪を取ろうとした。しかし、宰相はすっと箱を王弟の前から引いた。
「え?」
「王弟殿下、約束通り協力した私に本当に望むものを与えてくれるのですか?」
「もちろんだ。邪竜を隷属させれば他国の侵略も容易。併合して好きな土地でも爵位でも金でもお前にやろう」
王弟は宰相の持つ箱に手を再び伸ばそうとする。
「ありがとうございます」
宰相はまた薄く笑った。その顔はマティアスには全く似ていない。王弟も不敵に笑った。
「ですが、そんなものは要らないのですよ」
宰相の後ろに立っていたカルヴァンが素早く動いて王弟に切りつけた。
私はあやうく悲鳴を上げるところだった。
『やっぱりね』
建国の聖女は落ち着き払っていた。
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