第2話
カルヴァンは再度王弟の体を剣で何のためらいもなく貫いた。王弟は訳が分からないといった表情でうめき声を上げながら、ずるずると地面に倒れ伏す。
「あなたは無能なのに、プライドだけは人一倍高くて本当に辟易していました」
宰相は血を流しながら倒れた王弟の手を踏みつける。その横でカルヴァンは無表情で剣についた血を払っていた。
「あなたは学生の時から迷惑ばかり。いくら現国王と王妃がこちらの言いなりにならないからと、あなたをこっそり支持したことを何度後悔したか、神輿は軽いほどいいですがね」
宰相は何度か手を踏みつけ、気が済んだのか箱から隷属の腕輪を取り出す。
「邪竜の存在を知らなければ、あなたを王位に就けて実権を握るので良かったのですが」
白い大きな腕輪を宰相は邪竜の腕に装着した。ガチャンという音が大きく響いて白い腕輪が光り始める。
「ちょっと!」
王弟の指はしばらくぴくぴく動いていたが、やがて動かなくなった。癒しを王弟にかけるなんて考えてもいないが、私も拘束されていて騎士が後ろで剣を突き付けてくるので動けない。
『まぁまぁ、そんなに焦らないのよ』
「焦るわよ! あの宰相頭がいいんだから! 邪竜まで復活して隷属されたらどうなるか!」
世界平和だのなんだの言う気はないけど、邪竜に殺されるのは痛そうだから嫌よ。毒殺の方がマシじゃない。もちろん、聖女として戦えって言われるのも嫌。
建国の聖女と頭の中で会話していると、カルヴァンが近付いて来た。彼は見張っていた騎士をどこかへ行かせると、私の背後に立つ。さっき王弟を躊躇いなく殺していたので、私の体は強張った。
「聖女様、大丈夫ですか? 動かないでください。縄を少し切ります」
カルヴァンは後ろから囁きながら、私の手を縛る縄にナイフで切れ込みを入れているようだ。
「あ、ありがとう」
「バレない程度に切れ目を入れておきます。これで逃げる時には困らないはずです」
この人、王弟を殺しておいて私は逃がそうとしているの? 裏切ったんじゃないの?
「あなた、宰相側なんでしょ? 王弟を殺すなんて……」
「神殿騎士ならば聖女様に忠誠を誓っております」
意味が分からない。宰相に従うフリをして私を助けに来たってこと? というか、宰相と王弟はいつからこれを計画していたの? カルヴァンだっていつから?
私の混乱をよそに、宰相は腕輪を観察しながら王弟に鬱憤を晴らすように踏みつけている。
「学生のあなたが情報漏洩でヘマをするから、あの男爵令嬢に罪を着せて殺害しなければいけなかったではないですか。そのせいでしばらく疑いの目で見られて身動きが取れませんでした。まぁ、あんな外見だけのバカな女が権力の近くに寄っているのは見苦しかったからいいのですが」
ちょっと待って。シェリルって王弟のせいで殺されたの?
ターゲットにされたのは、外見だけで王太子に近付いていたのが気に食わないから? そんなの仕方がないじゃない。シェリルは頭が悪かった、でも美貌はあった。ただそれだけじゃないの。
「マティアス様はどこですか?」
「え、マティアス? どうして今マティアスなの? 邪竜の復活を食い止めるのは神官とか騎士の役目じゃないの?」
混乱しているとカルヴァンがそう聞いてきた。彼が本当に味方なのか信じ切れず、なんとはなしに少し話をそらす。だって、マティアスは気絶したままじゃない。もしカルヴァンが味方じゃないなら、マティアスのことは殺そうとするんじゃない? 気絶したまま殺されるなんて嫌だわ。痛くないのはいいかもしれないけど。
「マティアス様は今、勇者に一番近いではありませんか」
「そんなわけないでしょ。それに私だけ地下に落ちたからマティアスはまだ地上よ」
「いいえ? 聖女様。彼はきっと勇者です。あなたが彼を勇者にした」
「何を……言っているの」
勇者に最も近いだの、私が勇者にしただの、何なの?
「勇者は必ず聖女様の側から輩出されるのですよ。以前の勇者様も聖女様の幼馴染だったと文献が残っています。聖女様に一番近い男性はマティアス様ではないですか」
「知らないわ、少なくとも私はそんなこと。それにマティアスは騎士でも何でもないし」
「騎士でも何でもないちょっと訓練を受けただけのマティアス様が、魔物に立ち向かえたのはどうしてですか? どうしてシャンデリアの落下から聖女様を庇えたのですか?」
「知らないわ。偶然でしょ」
「偶然なんてありませんよ」
『この神殿騎士、何か知っているのかと思っていたら大して知らないのね』
カルヴァンとのヒソヒソ話を打ち切って、建国の聖女が浮いている方向を見る。最初は白い靄だった彼女は今ではピンク色の髪をなびかせ、白いローブを纏った綺麗な女性の姿になっていた。これが建国の聖女の本来の姿なんだろうか。おとぎ話で見たのは金髪だった。
「聖女様、私を勇者にしてくれませんか?」
「え?」
「マティアス様ではなく、私を勇者にしてください」
「え……どうやって?」
「聖女様ならご存じのはずです。そこまでは文献には載っていなかったので」
知らないわよ!
カルヴァンは相変わらず私の後ろから囁いた。
『ははぁ、なるほど。この神殿騎士の目的はそっちなわけね』
建国の聖女がうんうんと頷いた時、邪竜の咆哮が周囲に響いた。
「よし! 隷属がもうすぐ完了するぞ!」
宰相の上擦った声が聞こえた。
邪竜の腕に嵌められた腕輪からは白い輝きがだんだん失われている。
「ははっ! この竜さえいれば大陸統一も夢ではない! こんなちっぽけな国の宰相の座に固執する必要もないな!」
『すごいわよね、邪竜を前にすると皆欲にまみれた姿になるのよ。大神官だろうと宰相だろうと神殿騎士だろうと、そして勇者であろうと』
邪竜が叫びながら体を揺らして、地面が揺れる。
パキンと隷属の腕輪は弾け飛んだ。邪竜の尻尾が勢い良く宰相を襲う。
「腕輪が!」
『壊れちゃったわね。あの時と一緒だわ』
宰相に尻尾が当たって岩壁まで飛ばされたのが見えた。邪竜はまだかろうじて体に絡みついている封印の鎖を、体を捻って取ろうとしている。その拍子にこちらに尻尾が襲ってきた。
「きゃあ!」
「聖女様!」
引っ張られて、岩陰まで引きずられた。マーサが聖女らしいと選んでくれたワンピースはもうボロボロである。
「殿下、大丈夫ですか? あれは一体何ですか?」
てっきりカルヴァンに引きずられたと思っていたら違う声がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます