第7話

※地震表現があります。苦手な方はご注意ください。


 あんなのは吊り橋効果よ。ちょっと流されただけ。

 シャンデリアの下敷きになりかけるなんて非日常なことがあったから、ちょっと色々参っていただけ。


「今日は無理せずとも休んでいいと思いますが」

「行くわよ。王弟に屈したなんて思われるのは嫌だもの」

「おかしなところで負けず嫌いを発揮されるんですね」

「昨日のシャンデリア落下については何か分かったの?」

「点検担当だった者の尋問、いえ取り調べは終わったと聞いています。王太子殿下の元婚約者の家の名前が出て捜査が混乱しているようです」

「王弟は野放しじゃないの」


 翌日、王女兼聖女としての公務を行うためにマティアスが迎えに来た。


「今日は白なんですか、殿下はそういう聖女らしいと言われるものがお嫌いなのかと」


 城下のお祭りに顔を出すので、いつもより動きやすい格好だ。マーサが「今日は貴族ではなく国民に聖女様である姫様を見せるのですから」なんて張り切って白いワンピースを着せられたのだ。似合うから良いけれど。


「マーサのせいよ。今日の予定は何だったかしら」

「まず、噴水の水をまた癒しの水に変えていただく必要があります。そして神殿側が選んだ方々に癒しの力が込められた石を直接渡していただくパフォーマンスがあるようですね。その後は屋台でも何でも見て回れます。目立ちたくなければ途中で変装をしましょう」


 マティアスは昨日何もなかったかのようにいつもの通りだ。昨夜は別人だったのかと思うほど、何の甘さもない。この人、昨夜マーサのノックがあった直後に「殿下がご無事で本当に良かった」って耳元で囁いたのよ。まるで大切な人に囁くみたいに切なげに。

 私はそれが耳に残って眠れなくて大変だったのに。腹が立つので私もいつも通りに対応する。


 噴水の周りはこの前よりも凄い人だかりだった。警備の騎士たちも大変そうだ。

 この前と同じように水面に口をつけて、歓声を浴びながらすぐに神殿に移動する。


 地震が頻繁に起こっているので、国民の不安を和らげるべくこのお祭りで聖女を担ぎ上げるようにしたようだ。シャンデリア落下の件があって忙しい中、兄も今朝私に会いに来て「昨日あんなことがあったのに行くのか」と心配してくれた。

 衆目の中でいちいち口付けしなきゃいけないわけじゃないから、石を渡すくらいならまぁいいかと私も引き受けたのだった。


 神殿が選んだ、病気やケガをした子供たちに癒しの力を込めた石を一人一人渡す。

 子供たちは辛いんだから神官が総出でさっさと配ればいいじゃないと考えたが、子供たちはキラキラした目で聖女である私を見ていた。癒しの石を渡すと宝物のように胸に抱く。


「聖女様が渡すことで皆元気になるのですよ。こういう効果も必要です」


 神官がそう口にした。

 私にもこんな風に目がキラキラしていた時期があっただろうか。遠くて思い出せない。いつから私はお金しか信じなくなった? 母親に売られたと分かって、自分が誰の特別でもなかったって分かった時よね。じゃあ、目がキラキラだった時期は私にはほぼない。


 あんなキラキラした子供たちがつまらない大人になっていくのよ。皮肉ね。

 あんなにキラキラしていたら、目にするものすべてが美しいんだろう。自分で自分のことが大好きで、特別であると疑っていないのだから。


 私は特別じゃない。聖女である自分だって嫌い。シェリルだった頃もアデルとして生きる今でも。ただ、私はそれでも生きていていいって思いたいし誰かに言って欲しい。誰も言ってくれないから自分で言うしかないんだけど。心の中でぼやくしかない。


「殿下、お疲れですか」

「あぁ、ちょっとね」

「人がどこも多いですからね。昨日の疲れもあるでしょうし、城に戻りましょうか」

「そうね」


 神殿から出ながら、マティアスにそう話しかけられた。後ろでは神官たちが皆で見送りに出てきている。


 あまり眠れなかったせいか、体がふらついて転びかけた。

 隣にいたマティアスがすぐに支えてくれる。


「地震だ!」


 え?と思う間もなく、大きめの揺れが来た。


『シェリル・バーンズ。逃げなさい』


 立っていられない。そんな中で、私の頭には低い女性の声が響いた。私ってやっぱりシェリルだったわけ? 今更何なの?


『そして、決して誰も愛してはいけない』


 そんな言葉が続いた。意味が分からない。

 私はお金しか信じていないし、愛していない。昨日のマティアスの件だって、彼が珍しく気を利かせてダイヤモンドのブレスレットとイヤリングをくれたからよ。だからちょっといいなって思っただけよ。


 昨日とは違う長い揺れが続いて立っていられなくなり、私は地面にしゃがみこんだ。隣でマティアスも同様にしている。


 私の目の前で地面に大きく亀裂が入った。

 みるみるうちに広がった裂け目は私の元まで一直線に届く。少しずれて、マティアスと私の間にそれは走った。狙ったように走ったその亀裂めがけて私は揺れで放り出される。


「殿下!」


 マティアスが亀裂に落ちそうになった私に手を伸ばす。指先がマティアスの手に引っ掛かったが、うまく掴めなかった。


「殿下!」


 マティアスが身を乗り出す。落ちるわよ、と言いたかったが私はそれよりも先に亀裂の中に落ちて行った。


『だから逃げろって言ったのに。仕方ないか。やっと声が届いた状況がこれじゃあね』


 そんな声がまた聞こえた。

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