第6話

 ちゃんと考えないといけなかった。

 後天的に備わった聖女の力が命を削るものではないかどうかを。

 口付けが発動条件なんて聞いてそればっかり頭にあったから、きちんと考えていなかったのだ。気絶していたのは演技だし、今のところ疲労困憊することもないからまだいいが。


「聖女様、お疲れでしょう。そろそろ休憩になさいますか」


 癒しの水を作りながらぼんやりしていると、神殿騎士の一人が声をかけてきた。

 最近、よく声をかけてくるうちの一人だ。ただ、彼は抜きんでて容姿がいい。どこの貴族令息が神殿騎士になったのか知らないが、綺麗な銀髪に青目の男。この前のヘラヘラした騎士のように見た目で門前払いできない。


「まだ大丈夫よ」

「左様でございますか。大変失礼しました」


 そっとタオルを差し出してくれるので、ありがたく受け取る。顔がいい上に気が利くのよね。言い寄られているわけじゃないから別にいいんだけど、王女で聖女ともなると変なのが寄って来る。今までは城にいたから安全だったわけね。


「ねぇ、今日は水の樽の量が多いんじゃない? 倍はあるわ。負傷者はそれほど運ばれていなかったはずだけど」

「実は、聖女様の癒しの水を魔物にかけると弱体化することが分かったのです。そのため負傷兵に使う以外にも前線で使う量が増えまして。聖女様にはご負担をおかけして申し訳ございません」

「それは早く教えて欲しかったわ」


 報連相どうなってんの?


「申し訳ございません。聖女様が封印を施した魔物で実験したのが本日でして、私どももつい先ほど知らされました。神官方はまだ実験をしていて……」

「分かったわ」

「魔物との戦闘が容易になるのは聖女様のおかげです」

「なんでもいいけど、今度からそういう情報は教えて頂戴」

「かしこまりました。聖女様の邪魔になってはいけないとなかなかお話ができませんでした」


 神殿騎士はキラキラとした目で私を見てくるが、手を振って追い払った。

 つまり、私の労働は倍に増えたわけだ。魔物の討伐が楽になるなら負傷兵も減るけれど、いきなり倍になったのは解せない。


***


 マティアスは交代の時間になり、廊下を歩いていた。

 同じく護衛の交代のため、神殿騎士カルヴァンが前から歩いてくる。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です、マティアス様」


 様などいらないのに。むしろ、カルヴァンの方が侯爵家の三男で実家の爵位は高いのだ。「もう神殿に入った身だから関係ない」と言われたが、やはり気になるものは気になる。


「香の取り換えについては何か分かりましたか」

「あの日、香を入れる当番だった者と物資の確認担当だった者を尋問しています。聖女様を害したのですから知っていることはすべて吐かせますよ」


 長い銀髪を綺麗に頭の上で一つに結んでいるカルヴァンは、笑顔で物騒なことを口にした。銀髪は父を思い出すので、マティアスはこの男がやや苦手だった。しかし、彼はアデルの婚約者であるマティアスが気になるのかやたらと友好的に話しかけてくる。


 マティアスから見てもカルヴァンは綺麗な顔立ちをしている。王族の護衛騎士にも一切引けを取らない。アデルは美醜にうるさいところがあるから、この男の見た目は気に入るだろう。


「その者が犯人でなかった場合は?」

「聖女様の癒しの水があるのですから、怪我は簡単に治ります。知らなかったのならそれはそれで。疑いが晴れて良かったですね、というくらいです」


 怪我さえ治せばいいだろうという考えだ。

 この男は聖女信者である。アデルではなく、聖女の信者。

 最初は聖女らしいとはお世辞にも言えないアデルに戸惑っていたようだが、この前封印の力を見た後からはアデルを完璧に聖女だと崇めている。この男がメインで香の件の捜査をするらしいが、やり方はかなり物騒だ。


 聖女の能力には、癒しの力と封印の力がある。

 建国の聖女がその二つの能力を持っており、邪竜を封印しようとして力を使いすぎて亡くなり、勇者が邪竜にとどめを刺したのだ。


 この話はマティアスも神官から聞かされた。

 アデルは封印の力を使っても気絶はしていなかった。体調不良もない。それに建国の聖女は口付けで癒しの力を発動させるわけじゃない。


 だから、きっと大丈夫だ。アデルは建国の聖女と等しいわけではないから、封印の力をたったあの一回使っただけで命を削ったなんてことはないはずだ。

 もう少し早くマティアスがあの小型の足の速い魔物に追いついていれば。魔物がまっすぐアデルを追う前に誰かが魔物を倒していれば。こんな心配をしなくて済んだのに。


 癒しの力は命を削るわけではないと聞いているが、神殿側が嘘をついている可能性もある。シスターをやっている母にも頼んで資料を探してみなければ。


 そこまで考えて、マティアスは呆然とした。

 なぜ、アデルのためにここまで自分は必死になっているのか。愚かな見てくれだけの王女だったはずだ。今では母を救ってくれた聖女でもあるが。そりゃあ、魔物に追われていたらもちろん助ける。あれは当たり前のことだ。


 マティアスは思わず、以前アデルがくれた癒しの力が宿ったイヤリングをポケットの上から押さえた。母にはこのイヤリングの片方しか使わなかったので、もう片方を何となく持っていたのだ。


「しかし、マティアス様も大活躍だったのですね。聖女様をお守りして。まるでおとぎ話に出てくる勇者様のような動きだったと聞いています」

「それは過度なお世辞でしょう。おとぎ話で勇者様の動きなんて分かりません」


 マティアスだって魔物を見たこともなかったし、魔物と戦ったこともなかった。それなのに、あの日は体が勝手に動いた。自分でもなぜなのか分からない。

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