第四章 聖女の能力
第1話
マティアスは護衛にはつくが、あれからほぼ会話はしていない。彼は話しかけようとしてくるが、私が無視している。
シェリルは悪女じゃなかったわよ。一体、どんな話になってんの。死んだら好き放題言われるわけ? これは帰ってから調べてみないといけない。
怪我人は毎日多く運び込まれ、癒しの水やお札は作った先からなくなっていく。こんなに魔物が出ているってどういうことなの。
「まさか王女様が来るなんてな」
「聖女様だって」
「どっちも同一人物だろ」
「物資も今までの倍以上だ。やべぇな。これが聖女様効果か」
「こんなとこに王女様みたいなのが来なきゃいけないなんてな」
「どういう意味だよ」
「だって、足手まといだろ。俺たちだってここの警備じゃなくて前線に出るべきだ」
「確かにここには魔物が来ないから手柄が立てられないな」
「怪我するよりもマシだろ。交代制だし来週にはあっちだ」
「いつ終わるんだ、あの魔物の量。異常だろ」
私がマティアスと休憩で外の空気を吸うために歩いていると、そんな会話が聞こえた。ここの警備担当の騎士だろうか。
マティアスが注意しに行こうとするのを手で制して、私が彼らの前に出て行く。
「暇そうね。休憩中?」
集まって喋っていた五人は私を見て背筋を伸ばす。
「前線に行きたいならいいわよ。そんなに暇なら魔物と戦いたいでしょ。私から上に話を通しておくけど」
背筋を伸ばして固まり口を開かない五人に向かって、私は首を傾げた。
「急に喋れなくなったの? 喋っていいわよ?」
頬を赤らめているわけではないから、アデルに見惚れているわけではないようだ。
「あなたたちと同じように私だって来たくて来たわけじゃないわ。癒しの水やお札作っているだけで、戦いについては足手まといだしね」
「殿下」
マティアスが何か言おうとしたところで、悲鳴が聞こえた。
「ま、魔物がここまで!」
「え?」
何が起きたか分からなかった。でも、黒い大きな物体がこちらに近付いてくるのが見えた。
「魔物だ!」
「なんでこっちに? 群れからはぐれたのか?」
「聖女様は逃げてください!」
魔物なんて私は見たことがなかった。シェリルだった頃だって魔物の被害はごくごく少数だった。魔物があんな毛むくじゃらで大きくて、獣のようにも見えるのにすぐに違うと分かるほどの禍々しいものだったなんて。
私が動けないでいると、マティアスは私を肩に抱え上げ魔物がいるのとは反対側に走った。
「マティアス!」
「いいから逃げますよ!」
「自分で走るから!」
「動けなかったくせにですか? ひとまず建物に」
マティアスの声はグルルという声で止まった。
「まずいですね。ここは安全だと聞いていたのに」
マティアスが私の体を急いで下ろしたので振り返る。口からヨダレを垂らした大きな魔物が進行方向を塞いでいた。大きなクマのようにも見える。
「あなた、魔物と戦えるの?」
王都に魔物など出ない。つまり、私についている護衛騎士はマティアスを含めて誰も魔物との戦闘など経験していないはず。
「人としか戦ったことはありません」
「マズいじゃない」
「えぇ、ですから殿下はお一人で逃げてください。あっちに。すぐ追いつきます」
「ひ、人を呼ぶわ」
「逃げてからにしてください。あの魔物、目は悪いようですが耳は良さそうです」
マティアスはコソコソと喋ると、すぐに私の背中を魔物のいない方向へと押した。
足手まといなのは警備兵に言われるまでもなく分かっているので、私は一瞬振り返ったものの走り出す。私の走り出した音で魔物が向かってきそうになったが、すぐにマティアスが足止めした。
ねぇ、ここまで魔物は来ないんじゃないかったの。
毒殺の次は魔物に食われるなんて嫌よ。まだ毒殺の方がいいじゃないのよ。どうして、私ばっかりこんな目に遭うの。
さっきの道が建物への最短距離だった。魔物が出ないから、警備もいるからと少し遠くまで歩きすぎた。
「っ!」
走っていた私はあやうく悲鳴を上げそうになりながら足を止めた。目の前に先ほどよりは小型だが魔物と、交戦している騎士たちが見えたからだ。
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