第9話
「もう……死にたい……」
私はその悲痛な声にうっかり同情しかけた。本当にうっかり。
いくら癒しの水やお札があるとはいえ、私だってもう痛い思いはしたくない。毒なんて飲みたくないし、紙で指先さえ切りたくない。一瞬の痛みさえもう感じたくない。だからここに来たくなんてなかったのに。
神官もシスターもそんな負傷者に困り果てて沈黙している。
私、これを解決しないと部屋で休めない感じなのかしら。それとももう立ち去っていいのかしら。護衛騎士に頼んで無理矢理拘束して、負傷者にこの布を当てることはできるけどそれやったらマズいのよね? 乱暴聖女とか傲慢王女とか言われるのかしら、めんどくさいわね。
適当に悩んでいると負傷者の男性の枕の下に紙が見えた。暴れていろいろと位置がずれたようだ。なんとなく私はそれを引き抜く。
「あっ!」
負傷者が声を上げているが無視だ。死にたいなら別にいいでしょ、手紙読まれたって。
それは女性からの手紙だった。勝手に読んでしまったが、おかげで同情心はすっかり消えた。
「なんだ。ここにいる間に恋人に振られたから死にたいってこと?」
そう聞くと、負傷者は悔しそうに顔を歪める。
手紙はおそらく彼の恋人からで、好きな人ができたから別れると書いてあった。
なぁんだ、魔物が怖くて死にたいって言ってたわけじゃないのね。一瞬でも同情して損した。
どいつもこいつも他人との間に愛があるなんて信じちゃって。愛なんて目に見えないし、掴めない。そんな愛を信じて縋るから失敗してみっともない姿を晒すことになるのよ。お金ならすぐ分かるからいいのに。
「ねぇ、この元恋人って美人なの?」
彼が答えないので、手紙を彼の顔の前まで持っていく。
「や、やめてください」
「美人かって聞いてんの」
「それは……まぁ……」
負傷者の彼は泣きそうになりながら答える。
「ふーん。で、私よりもこの恋人は美人なわけ?」
「……いえ……それは……聖女様とは比べるまでもなく」
「までもなく? で、どっちよ」
「せ、聖女様の方がとてもお美しいです」
何を言わせているのかと言いたげな神官の視線が鬱陶しいが、私は彼の前で手紙をこれみよがしにピラピラと振った。アデルの別名は見てくれだけの王女だ。つまり、見てくれは一級品である。それはドレスを着ていなかろうと、化粧をしていなかろうと関係ない。アデルの見た目はとてもいいのだ。嫌味を言う連中が外見だけは貶せないくらいに。
「じゃあ、いいじゃない。不細工なんでしょ? 振られて良かったじゃない」
「は?」
「私くらいの美人でも浮気なんてしないわよ。それなのにこの女は不細工な上に浮気してるんでしょ? 性格まで悪いわね。別れるので正解よ」
シェリルだった時だって私は浮気してないわよ。贅沢するために媚を売るのは王太子だけ、その一択だったんだから。
「魔物と勇敢に戦ってるあなたを差し置いて浮気できるなんて相当の神経よ、この女。あなたはこんなに痛い思いをしてこの女がのうのうと生きる平和を守ってるってのにね」
ついでに王都に帰った後の私の平和も守って欲しい。
「しっかり治して金稼いで帰って、相手の男に教えてやりなさいよ。そういう性格の悪い女だってね。なんなら興味あるから私もその女の顔が見たいわね」
浮気くらいもっと綺麗にやりなさいよ。
愛だの恋だのでピィピィいっちゃって。そんなもん信じるのがいけないの。愛なんてどこにもないんだから。相手が与えてくれるものでもないし、親でさえ自分の子供に無条件に愛を与えるわけじゃないんだから。そんな不確かなもの信じてはいけない。
「分かった?」
「は、はい」
負傷者の彼は私の勢いに気圧されるように頷いた。
私はべしっと彼の額に手紙と癒しの力を付与した布を叩きつける。
「シャキッとしなさいよ。あんたはちゃんと国のために戦ってるんでしょうが」
やれやれ、やっと休めるわね。
明日はお札作らないといけないんだろうからまた唇ガサガサよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます