第7話

 カリスト領に向かうため、準備を待っている間のこと。城の前では神殿関係者たちも一緒になって荷物を積み込んでいた。神殿からカリスト領に派遣されるのは、神官と神殿騎士とシスターだ。

 やけに視線を向けてくるシスターがいたので、私は近付いた。


「あなたもカリスト領に行くの?」

「はい、聖女様。負傷者の手当てに参ります」

「じゃあ、私の馬車に乗って私の話し相手をして」

「え?」


 聖女ならいいでしょ、このくらいの職権乱用。

 シスターは急な声掛けに驚いている。


「しかし、聖女様にはお付きの方が……」

「彼女、勤務態度がなってないのよ。カリスト領にも行きたくないみたいだし、やめて城に残ってもらえばいいわ」


 突如として始まった私のワガママにシスターも後ろの侍女も驚いている。


「恐れながら殿下。私は行きたくないなどとは」

「廊下で話しているのを聞いたわよ」


 この侍女、王弟派閥の人間なのよ。嫌じゃない、そんな侍女がずっといるの。


「カリスト領についていくの大変ねって言われてあなた大変だって返したでしょ? 大変なら来なくていいのよ。城で待っていたらいいわ」


 私でも本音は大変だと思うわよ? というかそもそも私自身が行きたくないわよ?


「カリスト領の人々の方が大変なのに、そんな発言をする侍女は置いていった方がいいと思うの。向こうで迷惑をかけるだろうし。にじみ出てしまうもの」


 いやいや、私でもどの口がそれ言ってるんだって思うんだけどね。でも、王弟の息のかかった侍女に側にいてほしくないから! シェリルを殺したかもしれない宰相の息子と一緒に行動するので手いっぱいだから!


「それはっ! 社交辞令で大変だと返しただけで」

「でも、口にしたじゃない。私は聞いていたのだし。そんな迂闊な侍女を連れて行けないわ」


 マーサは年だから付いてこさせるわけにはいかない。いくらなんでも私は悪魔じゃないのだ。癒しの力があるからってマーサをこき使うなんてしない。近くの護衛騎士に命令した。


「ねぇ、この人を摘まみだして。この人はついてこなくっていいわ」


 護衛騎士は王弟派閥の人物だったようだ。いや、単に丸腰の暴れてもいない女性を摘まみだすのを躊躇しているのか。


「ねぇ、聖女の私に無礼を働いたから摘まみだしてくれない?」


 面倒になって今度は神殿騎士に言ってみると、すぐに対応してくれた。頼るべきは神殿騎士であることが発覚した。聖女って言ったのが良かったのかもしれない。


 アワアワしているシスターを私が乗る馬車に乗せる。

 しばらく経ってからマティアスが入って来た。シスターを見て目を丸くする。


「殿下。どういうことですか」

「あなたバカなの? 病み上がりなんだからこっちの馬車の方がいいでしょ」


 私の言葉にマティアスはさらに目を大きくする。すぐに我に返って、馬車の扉を閉めた。


「なぜ、母だと分かったんですか」

「見れば分かるでしょ」


 そう、私が連れ込んだシスターはマティアスの母親であるノイシャだった。なんとなくマティアスに似ている美人だなと思った上に、こちらを熱心に見ていたものだから気付くなという方が無理だろう。


 王族が乗る馬車は豪華で快適なのだから、病み上がりならこっちの方がいい。癒しの力を使っても失った血が戻るわけではないし、寝込んでいた間の筋力がすぐ戻るわけでもない。彼女も足元がおぼつかないわけではないが、長旅になるとどうなるか分からない。


「お心遣いありがとうございます、聖女様。伯爵家に勤めておりましたので、侍女の代わりもある程度はできると自負しております」


 驚いたままのマティアスではなく、母ノイシャはすぐに私に礼をした。

 うわぁ、あの宰相って勤めていた使用人に手を出したの? ないわー、よくある話だけどないわー。


「あぁ、いいのよ。あの侍女が嫌いだっただけだから。楽にして目立たないようにしてちょうだい」


 私が油塗られてダサい模様が浮き出た時にすぐどっか行ってた侍女なんだから。このくらいなら見てくれだけの王女兼聖女のワガママで通るでしょ。

 私だって病み上がりにくらいは優しいわよ。


「殿下は私をずっと避けていらっしゃったので……お気遣いをいただけるとは意外です」

「何よ、毎日会う必要なんてないでしょ。私だって忙しいのよ」


 馬車の座席に深く腰掛けてさっさと眠る準備をした私に、マティアスはそれ以上何も言わなかった。

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