第6話

「聖女の力が覚醒してから、たまに知らない光景が見えるのです。ピンクブロンドの女性が血を吐いて倒れ、若かりしお母様がシェリル・バーンズという名前を叫ぶのを」


 聖女になったのは不本意だが、利用することに抵抗はない。

 だってどんなに嫌がっても聖女なんでしょ? それなら利用しないと損じゃない。「実はシェリルの生まれ変わりみたいです」なんて言ったところで信じてもらえないだろうし。私だっていまだに信じていない。


「それでマティアスを避けるのはなぜ? 宰相を犯人だと疑っているの?」


 イザベラは話が早くて助かる。あんまりペラペラ変なこと喋ると、つじつまが合わなくなりそうだから先回りしてくれるのはいい。


「はい。若かりし宰相様らしき人もたまに見ます。ただ、ピンクブロンドの女性を睨んでいるだけですが。でも、何もないならあれほど睨むのも変かなと」

「そう。それも聖女の力なのかしらね」

「まだ調べていませんが、あの女性は亡くなったんですか? お母様のお友達でしょうか」


 我ながら白々しい質問だ。


「彼女は陛下のお友達よ」


 ほほぅ、そういう表現になるのかぁ。便利な言葉よね、お友達って。

 今の私はアデルで娘なのだから納得だ。娘に「あれはお父様の愛人候補」だの「秘密の恋人」だの言えないわよね……。無理矢理侍っている男爵令嬢と言われなかっただけマシか。


「亡くなったわ。毒殺よ」

「犯人は捕まったんですか?」

「いいえ。実行犯は公爵家の使用人だったけれど、自殺していたわ。黒幕は捕まらなかった」

「その使用人が黒幕ではないんですか」

「違うわ。シェリルは男爵令嬢で……当時王太子だった陛下の側にいたから激しい嫉妬の対象だったの」


 他人の口からシェリルのこと聞くのって、なんだか恥ずかしいわね。


「なぜ、男爵令嬢がお父様のお側に?」


 やだ、少し楽しくなってきちゃった。


「彼女は……裏表のあまりない人だったから。露骨に媚びてはいるけど基本的に自分に正直な人よ。だから陛下は気が楽だったんじゃないかしら。庶子だったから平民の生活にも詳しかったようだし。学生の時の気の迷いでもあるわね」


 へぇ、イザベラから見たシェリルはそんな存在だったのか。

 もっとアバズレだのマナーのなっていない下位貴族だのと罵るのかと思っていた。贅沢するために全力で媚びていただけなんだけど。それもある意味、自分に正直なのか。


「シェリルを殺したかもしれない容疑者候補の中に宰相もいるわ。他にも容疑者候補はたくさんいたけれど。彼は権力志向の強い人だから、妹か親戚を陛下の婚約者にしたかったのではないかしら。でも、悔しいことに決定的な証拠は結局出なかった」


 私は賢くはないが、脳内がお花畑なわけではない。

 宰相がシェリル毒殺の犯人かもしれないと聞いて、マティアスと平気で顔を合わせられるわけがない。死んだのはシェリルなんだし、今のところ敵じゃないんだから仲良くしましょう、なんてできない。


「王弟殿下が犯人ということはあり得ますか?」

「王弟と宰相が手を組んでいる可能性もあるけど、あの頃から接点があったかは分からないわ。それに、王弟殿下が狙ったならシェリルを殺すよりも不貞をでっちあげた方が危険も少なくて早かったはず」

「その方とお父様の関係は本当に友人だったのですか?」

「私は人の心が読めるわけではないわ。でも、陛下は側にいるのを許すほどだから彼女のことは嫌いではなかったようだし、私もそれほど嫌いではなかったわ」


 へぇ、そうなんだ。

 ひとまず、イザベラにそこまで嫌われていなかったことが確認できてなぜか安心した。アデルのこともお茶会に呼ぶくらいだから嫌っているわけではないのだろう。外見好きなのに中身嫌われていたら……ちぐはぐで嫌よね。


「聖女の婚約者の座は譲りたくないだろうから、マティアスはあなたと敵対することはないと思うけれど……カリスト領に向かうための護衛騎士はすでに選んであるから心配しなくていいわ」

「護衛騎士?」


 急にマティアスの話に戻った。カリスト領というのは魔物が出る地域で、私はそこに向かうことになっている。


「あなたを守る護衛騎士よ。マティアスだけに任せるわけないわ。神殿騎士もついてくれるそうだけどそれは聖女としてのアデルを守るため。騎士団からも腕利きを出します」


 最初は意味が分からず、目を瞬いた。

 イザベラは表情を変えないが、その綺麗な目には心配がのぞいている。蔑みはない。


 じわじわと胸に温かい感覚が広がっているが、そこからどうにか顔を背けたかった。


「私が不在の間に、王弟殿下や宰相は動くのでしょうか」


 イザベラにとってこれは意外な質問だったらしい。やや目を見開いている。


「宰相は動かないと思うわ。あなたの評判が高まると一番困るのは王弟よ。だから護衛騎士もつけるの。王弟とその派閥から妨害が入らないようにね」


 王弟、こわぁ。兄ノワールや母イザベラが狙われることばかり考えていたが、よく考えたら私が一番危ないのか。


「あなたは王女で、会議で決定したことなのだから国のために行かないといけません。アデルはこれまで多くの公務を行っていたわけではないから、聖女になったからにはここぞとばかりに働けと言ってくる者もいる」


 いや、働きたくないし働く気はないわよ。カリスト領に行くことになったけど、癒しの水とかお札とか作ってるんだからそんなにやることないんじゃない?


「王妃としては、行って役割を全うして国民たちを安心させて帰って来なさいと言います。でも、母親としてはアデルではない他の誰かが聖女であれば良かったと思います」


 イザベラはノワールと同じことを言った。アデルは見てくれだけの王女でも、母からも兄からも愛されていたらしい。シェリルだった私とは全然違う。


 シェリルだった私とアデルの違いとは何だろうか。やっぱり地位だろうか。シェリルはよほど運が悪くて、生まれる先を間違えただけなのだろうか。


 家族愛があると知ってしまったら、シェリルの人生は一体何だったんだろうか。

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