第4話

「なんで私がこんなことしなくちゃいけないのかしら」

「民衆が聖女様のところに押しかけないようにするためです」

「聖女としてタダ働きってわけ?」

「人気取りのパフォーマンスです。これで聖女様は何もしてくれないなんて言われないでしょうから」

「魔物の出る地域まで行かされるのに?」

「王都に魔物は出ないので、聖女様のありがたみを感じにくく文句も言いやすくなるのですよ」


 マティアスの発案によって、私は王都の広場の噴水まで連れてこられていた。

 結局、どんなに嫌がっても聖女として働かされるのが解せない。馬車馬のごとく働く気は一切ないけど。私は必要最低限しか働かないわよ。


「文句は私に言わないで欲しいわ」

「これは公務だとでも思ってください。すぐ終わります。終わったら気絶したフリを」

「そういえば、あなたの母親どうなったの」

「おかげ様で神殿に保護してもらいました。いくら父でも神殿の中まで捜索はできません」

「でも神殿にい続けたら危なくない?」

「魔物の出る地域に移動する際に一緒に移動して違う街に匿います」

「あぁ、なるほど。それは名案ね」


 だから最近機嫌がいいわけね、このマザコン。こんなに分かりやすいのに宰相相手に大丈夫なのかしら。あぁ、でも宰相は今忙しいのよね。各家からの支援の調整だのなんだのに。半分は私があの会議で言い出したんだけど。


「ねぇ、そういえばあなたってそんなに喋る人だったの?」


 いつかマティアスから投げかけられたような言葉をそっくり返す。

 そもそもマティアスはここに付いてこなくていいのに。宰相から婚約者の座を失わないように王女に張り付けと言われているらしいが、最近張り付きすぎだろう。マーサでさえ「毎日会いに来られるなんて仲が良いですねぇ」なんて言い始めた。あれだけ庶子だのと文句を言っていたのに。


「殿下は……私と話すのがお好きではないようでしたから。どうもお小言のように聞こえてしまったようで。あぁ、記憶喪失になる前の殿下です」

「ふぅん」


 アデルはマティアスのことが嫌いだったのかしらね。宰相の息子なら警戒するのは仕方がないと思うわよ? もうちょっとチャラチャラしていればとっつきやすいのに、マティアスは真面目で仏頂面だもの。



 マティアスの案は、水にも癒しの力が宿るのならば王都の広場の大きな噴水の水をすべて癒しの水に変えてしまえばいいのではというものだった。

 これでいちいち神殿や城に押しかけなくても、国民は入れ物を持ってきて自由に取ればいいというわけだ。


「この噴水に癒しの力を込めた石を投げ込むんじゃダメなの?」

「その石を盗む輩が現れるでしょうね」

「あぁ、そう。でもここの水だけ変えても意味ないんじゃない?」

「これは聖女様がこの噴水の水を癒しの水に変えたというパフォーマンスです。人は自分の目で見ないと信じませんから。あとは貯水槽に行って、そこでも変えていただきます」


 腹は立つが、マティアスは賢い。

 今日、この噴水に私が癒しの力を宿すことは周知されており興味津々な人々が集まっているのだ。これ、暴動起きたらまずいわよ? どれだけ騎士が動員されてるのかしら。


「まぁ、私が最終的に楽できるならいいわ」


 毎日毎日誰かに口付けしなきゃいけないのよりはよほどいいか。


「聖女様!」


 マティアスと喋りながら歩いていると、女性の声が聞こえた。

 私たちの周囲には神官も護衛騎士もたくさんいるので近付いてこれない。しかし、その女性は大きな声で続けた。


「この子に祝福をいただけないでしょうか!」


 人垣の隙間からチラリと見えた女性の腕には赤ん坊がいる。


「祝福って何よ、どうすんの」

「適当に『神のご加護がありますように』って言えばいいんじゃないんですか」


 答えるマティアスも案外適当だ。

 神官たちがその女性をなだめている。神殿に来てくださいとでも言ってるんだろうか。でも、聖女に癒しも祝福もって今後も言われたら嫌だし。一人許すと次々出てくるのよね。


「ちょっと」


 護衛騎士と神官たちに退いてもらって、女性にできるだけ近付く。


「私、まだ力の制御ができないからあの噴水に癒しをかけるので精いっぱいなの。だからできないわ」


 若い女性の顔は私が近付いたことで期待するように輝いていたが、すぐに落胆した表情になった。

 私が今あなたと子供を祝福したらこれからが大変なのよ。なんでそんなに特別扱いがいいのかしら。私が悪いわけじゃないから謝らないわよ? その子、祝福したら大変よ。出来が悪かったら祝福されたはずなのに!って思うじゃない。


「それに、祝福なんて要らないわ」


 祝福の全否定に女性も周囲の聞こえる範囲にいる人々もギョッとしている。神官たちも商売で困るのか慌てている。


「その子は生まれてきただけで偉いし、あなたは生んだだけで偉いんだから。すでにその子は特別よ」


 そう告げてにっこり微笑む。見てくれだけの王女を舐めてはいけない。見てくれって大事なのよ。今日はいつもと違って水に浸からないように髪をしっかり結い上げているけれど、マーサも美しさに吐息を漏らしていたもの。


 効果は覿面で、近くにいた人々は皆見惚れたような顔をした。

 その隙に噴水のところまで歩いて行く。マティアスも慌てて付いて来た。


「殿下は聖女から最も遠い発言をされることが多いのに、聖女に見えることもあるので不思議です」

「冗談やめてよ」


 人が近付かないようにされた噴水の縁に手をつき、身を乗り出して水面に唇をつけた。

 淡い光が放たれて、しばらくの静寂の後で集まった人々が割れんばかりの歓声を上げる。


 立ち上がると、マティアスがハンカチを出して私の鼻と口を拭いた。


「ありがとう」

「移動するので気絶するフリをしてください。このままだと最悪囲まれます」


 そうだった。ハンカチを受け取って鼻や頬を拭きながらさぁどうやって気絶すると自然に見えるだろうかと考えているうちに、石に躓いて体勢を崩した。


「殿下!」


 後ろに倒れかけた私の腰をマティアスが強く抱き寄せる。

 集まっていた人々がさらにどよめく声が遠くに聞こえた。

 

「このまま気絶したフリを」


 至近距離でマティアスに言われて、目を閉じる。

 マティアスの目に映る自分が見えるくらいの近さだった。あのグリーンの目をこんなに近くで初めて見た。


 そして、思い出した。

 シェリルだった頃、その目は忌々し気にシェリルのことを見ていた。

 

「殿下が力を使いすぎて気を失った! 道を開けてくれ!」


 歌劇場の時のようにマティアスに抱え上げられる。

 不安定さを感じながら、頑張って力を抜いて目をつむったままでいた。


 記憶の中では、まだ宰相ではなかった若き日のイーライ・フリントが忌々し気に上からこちらを見ていた。

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