第三章 その王女、聖女につき取扱注意

第1話

「嫌よ」


 大臣や主だった貴族たちが勢ぞろいした会議で、私はそう発言していた。にこやかに私の発する言葉を待っていた彼らの表情がピシリと固まる。


 しばらく経ってから、王弟であるカミーユ・アシュクロフト公爵が口を開く。


「王女殿下は聖女様だったはずですが、魔物の討伐で傷ついた者たちを癒したくないということですかな?」


 おえー、シェリルだった頃から嫌らしい目を向けてきていたカミーユ第二王子が今じゃあ王弟殿下よ。偉くなった上におっさんになったわよね。まぁ、それは私の元恋人で現父親の国王にも言えることなんだけど。


 私が聖女であることは残念ながら確定してしまった。


 そして最近になって徐々に増え始めていた魔物被害。これは聖女である私をそこに送りこまんとする会議なのだ。建国の伝説でも魔物被害が多くなった頃に聖女と勇者が出現したそうだから。


 私は当然のように拒否を口にして、王弟は私を含めて王族の評判を落とそうと声を上げたのだ。まぁ、もともとあいつ厭味ったらしい第二王子だったしね。やっぱり兄弟の二番目って病みやすいのよね~。愛情の差かしら、性格悪いわ。


「やはり所詮見てくれだけの王女殿下だ」

「癒しの後方支援でさえ断るとは」

「しかし、聖女様といえど癒しの力を使うたびに倒れているのであれば、あまり意味がないのでは?」

「一日に回復できても一人ということか? では、よほどの重傷者のみか? それとも貴族が優先されるのか? 無駄な争いを生みかねない」

「そもそも、力の使い方もこの前まで分かっていなかったではないか」


 王弟の言葉によって他の貴族たちも一斉に懸念を口にし始める。


「聖女様のお力は未知数ですから。訓練次第ではございませんか」


 唯一の擁護ともとれる発言は宰相からだ。

 長い銀髪を一括りにしたメガネの男性に私は視線をやった。マティアスとはほとんど似ていない男だ。唯一あのグリーンの目くらいか。


「覚醒したばかりの力は扱いにくいのは当たり前ではないでしょうか。場数を踏めば聖女様のお力も安定するかもしれません。これまで聖女様がお力を行使したのは、たったの四回です」


 擁護どころか、私が魔物の出る地域に行くのをすでに承諾したような発言だ。誰が場数踏みに行くって言ったのよ。

 しかし、彼の声には力があって不思議と説得力が出る。何人かの貴族たちはすでに騙されてそうかも?なんて顔をし始めた。


「しかし、王女殿下は先ほど嫌だと発言されたではないか。彼女は聖女としても貴族・王族としても義務を果たすつもりがないようだ」


 王弟がまたも遮った。宰相が変えかけた空気を元のように悪く戻そうとしている。


 私はちらりと兄ノワールや両親の方を見た。ノワールはもう杖をついておらず、宿敵だったイザベラも姿勢よく座って話を聞いている。相変わらずイザベラは綺麗でムカつくわ。


 そしてシェリルの元恋人で今は国王のレグルスは……意見が出切るまで待っているようだ。アデルの体に入ったせいか、シェリルだった頃のような想いは不思議とない。彼の恋人だったせいで毒殺もされたしね。今見てもレグルスはカッコいいけどさすがにこの体の父親にすり寄らないわよ。



 私が力を使ったのは四度。マティアスと火傷した使用人、兄ノワールそして母イザベラだ。


 手に口付けをして癒しの力を使うと、淡い光に包まれてノワールは豪華なイスに座ったまま呆然としていた。口を開けて呆けていてもいい男だった。


 やがてハッとして、ノワールは私を引き寄せて抱きしめた。

 一体どういうつもりだろうか。これは感謝なのか。それともお荷物で見てくれだけの妹がやっと役に立ったという喜びなのか。


「今日は気絶しないのか? 大丈夫か?」


 体を放してからノワールは私をまじまじと観察する。どうやら倒れると思って支えてくれたようだ。


「顔色も……大丈夫だな。マティアスの時は出血が酷かったから力をたくさん使ったのか? いや、しかし使用人の火傷は……」


 治ったはずの自分の足に見向きもせずに私の頬をペタペタ触るノワールを見て、私の胸にはなんとも形容しがたい石のようなものができた。


「お兄様、足はどうですか」

「ん? あぁ、足は別に動かしにくいのが普通だから」


 私の視線を受けて、座ったままだった兄はいつも通り杖を手にして立とうとした。その杖を私はさっと取り上げる。


「アデル」

「治っているはずです」


 ノワールは杖なしで恐る恐る立ち上がり、目を見張った。彼の目にはわずかに光るものが見える。


「お兄様はまた狙われて大変かもしれませんが……」

「アデルは、本当に聖女だったんだな」


 私の言葉はノワールの悲痛な声に遮られた。


「え?」

「私は、アデルが聖女でなければいいと思っていたよ」

「どういう……?」

「神殿から発表はあってしまったけれど、聖女だったら大変だからだ。国民は治してくれと押しかけ、神殿は囲い込もうとする。王弟はアデルを余計に狙うだろう。宰相もどう出るか分からない。マティアスがいても、アデルの婚約者の座を狙う者も増えるだろう。今までの生活の方が安寧だったと後悔するかもしれない。それに……アデルの力はきっとアデル自身には効かないだろう? 効くならあんなに高熱で苦しまなかったはず」


 せっかく足が治ったというのに、ノワールは悲し気な顔だった。


 彼の声と表情と話す内容で、私はまた頭を殴られた気がした。力が自分に効く効かないなんてどうでもいい。


 ただ、この目の前の人は……ちゃんと両親から愛をもらって育ったのだと分かったから。無条件に愛されたからこそ、足が治った喜びよりも妹アデルを気遣う言葉が出たのだろう。


 羨ましい。両親に無条件で愛されるなんて。

 誰かにとっては常識であることが、シェリルにとっては当たり前ではなかった。シェリルもちゃんと愛されていれば、性格がねじ曲がらなかっただろうか。

 実の母には売られ、引き取られた男爵家では少しでも金のある男をひっかけろと鞭で打たれながら教育を施された。それしか私に価値がないみたいに。


 両親から愛を感じていれば、私はこんなに自分を無価値だと思わなくて良かっただろうか。



 会議中にも関わらずぼんやりしていたが、国王であり父レグルスの言葉で我に返った。


「聖女様を魔物の被害が甚大な地域に送る件だが」


 私は手を上げた。

 本来ならば国王の言葉を遮る真似は不敬だ。でも、私は聖女なので発言権は大いにある。兄ノワールの心配そうな視線を受けながら私は口を開いた。


「私が嫌だと言ったのは、一人で赴くことについてです。貴族・王族・聖女の義務とおっしゃるのなら、皆さまも義務を果たしてくださるのですよね?」

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