第5話
「なんで私が聖女なのよ!」
今度はマティアスの指示などなしに光を見て気絶していた。疲れたわけではなく、現実を受け入れたくなかったからだ。
起きてみたら神殿は私が聖女だったと発表していた。最悪である。
「姫様が聖女様だったなんて! こんな素晴らしいことはありません!」
侍女マーサは感動で泣いている。私は別の意味で泣きたい。
「なんでマーサが泣いてるの」
「だって、姫様はずっと悪口を言われてきましたから」
マーサは感情が高ぶっていて口が滑ったようだ。言ってしまってからハッとした顔をする。
「姫様……」
「『見てくれだけの王女』は価値がないってこと?」
「……そのように思う輩もおります」
分かっている、マーサがそんなこと思っていないことくらい。
でも、そんなにダメなのだろうか。見てくれだけの王女って。そんなに価値がない? 王女だから見てくれだけじゃダメなの? シェリルの時も王太子に近付いたら「見てくれだけの癖に」って言われてたけど。
そう言う奴らは決まって「努力が足りない」と言う。努力でどうにかなるもの? シェリルだった頃はどんなに頑張ったって勉強はできなかった。もともとの頭の出来で無理なのよ。見てくれだって生まれつきでしょ? なんでいけないのよ、生まれ持ったものを活用してるだけでしょ。あっちは頭、こっちは見てくれを活かすのよ。
そうこうしていたら、兄ノワールが訪ねてきた。
聖女って分かった途端訪ねてくるわけね、ふぅん?
「アデル、大丈夫かい? また気を失ったと聞いた」
「もう大丈夫です」
ノワールの表情が心配そうに見えるのがより腹立たしい。
「なら、良かった。マティアスも回復して家に帰ったそうだから」
あぁ、マティアスね。話の途中で気絶しちゃったからね。
ノワールはそれだけ話して踵を返す。本当に落ち着かない兄だ。そんなに王弟や宰相を警戒しているのだろうか。じゃあ、来なきゃいいのに。ノワール自身どころか、元婚約者だった令嬢も狙われたそうだから。彼女とは婚約解消になったと聞いた。
「聖女なら足を治せ、と言わないのですか」
杖をついて歩くノワールの背中に思わず声をかける。
どうせ、それが目的で来たのだとおもったのに。私からこう言わせるつもりだったのだろうか。見てくれだけの王女で可哀想な存在だと思っていた妹が、いい加減お荷物ではなくやっと自分の役に立ちそうな時が来たのだ。
ノワールは扉に近付いていたが、アデルの側まで戻って来て優しく笑う。
「そんな顔をするんじゃない」
どんな顔をしているというのだ、私が。
これから聖女として都合よく搾取されそうで絶望した顔でもしているんだろう。どうでもいい人間にキスしないと治せないらしい聖女。唇じゃなくていいのが唯一の救いかしらね。
意外と私はロマンチストなのだ。キスするなら好きな人がいい。シェリルだった時だって王太子とキスはしていなかった。
とりあえず、聖女として搾取されるわけにはいかない。タダより高いものはないと思い知らせなければならない。
「アデルは……治すたびに気絶しているじゃないか。今のところ体に異常はないようだが、これからもそうかは分からない。それなのにこの足を治せとは言えない。建国の聖女様だって若くして亡くなっているのだし……」
私は湧き上がりそうな涙を耐えるために唇を噛んだ。
どうしてこの兄は、妹を心配しているような言葉をかけるのだろう。本心じゃないくせに。演技のくせに。
「こんな足の国王がいてもカッコいいだろう? 歴史に残るし、皆の希望になるじゃないか」
ノワールは今度こそ部屋から出て行った。私はまだ何も言葉を返していないのに。
私が聖女であれば、一番得をするのは宰相ではないか。
だって、聖女である私を王にしたらいいと大っぴらに言えるから。いや、でも私を殺しにくくなるから宰相には都合が悪いのか。私がバカで無力な方が実権握りやすいもんね。ダメだ、訳わかんなくなってきた。
とにかく、兄ノワールが危険であることは変わらない。
王弟だって私が聖女だと知ったら……どう出てくるか分からない。
「姫様、大丈夫ですか?」
マーサが心配して、私を無理矢理ベッドに寝かせる。
兄だって危険なままなのにあの足でどうするのだ。というか、私のこの訳の分からない力は自分にも効くのだろうか。
不安で上掛けを思い切り頭まで引き上げる。視界が暗くなると安心した。
自分の性格が悪いことなどとっくに分かっている。シェリルだった頃から。でも、変えられない。聖女になったからって変えられないのだ。
ほとんど誰も信用できず、お金しか信じていないし、どうでもいい人なんて治したくない。聖女としてタダ働きなんて御免で、搾取なんてされるつもりはない。
大体、神がおかしいのよ。こんな性格の悪い女に聖女の力を与えるなんて。頭おかしいんじゃないの。私が健気に頑張る女の子になれるわけないでしょ。そんなことするくらいなら死ぬわよ。聖女になったからってホイホイ自分からどんどん治すわけないでしょ。人選ミス甚だしいわ。
私は勢いよくベッドから起き上がった。
「ムカつく。頭おかしいんじゃないの。人の心配なんて」
「姫様?」
マーサを無視して、王女らしくない速度で部屋を横切る。
とっくに見えなくなっているはずのノワールの背中を八つ当たり気味に追った。
私はやっぱり、見てくれだけの王女だった方が良かった。こんなことで悩みたくない。
気を抜くと殺されそうなのに、どうするのがいいのか全然分からない。私がもっと賢かったらいろんなことを一人で考えて立ち回れたのに。今回は毒殺されずに、贅沢して遊んで暮らしたいだけなのに。なんで聖女の力なんて与えるのよ。
今まで一度も入ったことがないはずの王太子の執務室の扉を勢いよく開ける。
「アデル?」
「お兄様、私は見てくれだけの王女ですので。ちゃんと私を助けてくださいね」
ノワールが妹を大切に思っているかなんて分からない。
でも、足を治して用済みとされるのであればさっきまでの態度をすべて疑っていられる。やっぱり、家族愛なんてないんだと信じられる。私はバカだから、自分一人では対処できない。
跪いている間に抵抗されるかもしれなかったから、私はノワールの手を引っ張って口付けた。
やっぱり私はこの淡い色で眩しい光を好きになれなかった。
自分には全くふさわしくないからだ。
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