第3話
「聖女様に関する文献を全員で調べてきましたので、どうかご協力ください」
枯れ枝のようなおじいちゃん神殿長を筆頭に頼まれた。
「聖女じゃないって言ってるでしょ」
「しかし、模様が出ている以上すべての可能性を潰さなければ……国民も納得しますまい」
「あなたたちが勝手に吹聴したんじゃないの?」
「そのようなことは決して! 神に誓ってございません! どうか私たちの言った方法で祈りを捧げていただければ!」
「どうやるのよ」
さっさと聖女であることは否定してもらわないといけないが、神殿関係者たちは悲壮な覚悟を決めていて帰ってくれそうにないので仕方がなく聞く。
「まず、神に祈ってください。なるべく神の存在を身近に感じていただきますように」
「神の存在を感じるってどうやるの?」
「ええっと、ですから神に何か願い事をする感覚で」
「神に願ったことないわ、どうやるの」
また異物を見る目で見られてしまった。
仕方がないじゃない。シェリルは母親に金で売られたのよ。男に媚売ってやっと贅沢な暮らしができると思ったら毒殺されて、元恋人の娘に生まれ変わったみたいなのよ?
神になんか祈るわけないでしょ。神がいるなら、なんで私は毒殺されたのよ。私、そんな悪いことした? それならなんでもっと悪いことした人たちは死んでないのよ。
「たとえば、王女殿下は王太子殿下の足が治ったらいいと思いませんか? そのように真摯に祈れば神を感じられるでしょう」
若い神官がふんわりと教えてくれる。
「思わないわ」
即答すると、またも変な目どころか「こいつは人間なのか?」という目で見られる。
だから、仕方がないじゃない。分かるわよ、治った方がいいことくらい。でも、どうせまた王太子である兄は狙われるだけだ。今度はもっと確実に命を奪われる方法で。足よりも命を狙われるこの状況を改善しなきゃいけないでしょ。
まぁ、とりあず「お金持ちになりたい」みたいな雰囲気で神に祈ればいいわけね。
以前私が自傷した神官に文句を言ったせいか、マーサによって腕を火傷した使用人が用意されていた。
しかし、祈っても何も起こらない。
なんでよ。せっかくお金持ちになったんだから贅沢して美味しいもの食べて毒殺されずに幸せに暮らしたいですってお祈りしてるだけじゃない。全部シェリルだった時、できなかったことよ? 個人ごとじゃなくって世界平和でも祈れって? 私が幸せじゃないのに世界の平和なんて祈れるわけないでしょ。
「やっぱり私は聖女じゃないのよ」
「神が語りかけてくる感覚はございましたか?」
「ないわよ」
そんな感覚あったら悪魔か、自分の頭のおかしさを疑うわね。
なんなら今すぐ本物のアデルと頭の中で話し合いたい。
そんなやり取りをしていたら、外の騒がしさが止んだ。
どうしたのだろうか。さっきまで押しかけて来た民衆が騒がしかったのに。今日は比較的早く帰ったのだろうか。
「皆、聞いて欲しい」
王太子である兄の声が聞こえた。
思わず窓に駆け寄ろうとして、マーサに止められる。私は寝込んでいる設定だから、この部屋にいる人以外に見られると困るのだった。
「妹が聖女かもしれないというウワサが出回っているようだが、それはまだ分からない。妹はあの事件以降ずっと気を失っている」
うんうん、そういう設定よね。
どうやら兄が民衆を説得してくれているようだ。
「ほら、私の足はこんなに悪いままだ。杖がないと歩けないし、皆見ただろう? ここまで自分で登ることもできない」
私はどんな状況か分からずにマーサを見た。マーサが窓の外を確認して教えてくれた情報によると、兄は城壁の上で話をしているようだ。あそこに拡声できる魔道具があるらしい。
「もし私の妹アデルが聖女で、すでに目覚めているのなら私の足はきっと治っていただろう」
あれだけ騒がしかった民衆が今は黙っている。
足の悪い王太子。アデルになった私は知らなかったが、有名な話だ。
あの足でさえなければ完璧なのに。そう言われているらしい。
私は唇を噛んだ。
兄はアデルを可哀想なものでも見る目で見てきたはず。それなのに、今は自分の弱点の足の悪さを晒して妹を守っているようではないか。わざわざ、高いところに騎士に抱え上げられて登って無様な姿を晒して。男はプライドが高いからそんなことしないでしょ。
「神官たちが手を尽くしてくれているから、もう少し待ってはくれないだろうか。聖女は他の人物である可能性もある。あの日、現場を見た者は証言に協力して欲しい」
兄の演説は続いている。
しかし、入って来た侍女の言葉で私たちの意識はそちらに持っていかれてしまった。
「マティアス様が目を覚まされました」
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