第2話
面倒な神殿関係者たちがトボトボと肩を落として帰ると、私は気になっていたことを聞いてみた。
「マティアスは大丈夫なの?」
「城で療養中です。傷はないそうですが血をたくさん流されたのでずっと眠っておいでです」
じゃあ彼が回復してから報告書でいいわよね? すぐ書けなんて言われないわよね?
侍女マーサの答えに満足して紅茶で喉を潤していると、彼女はおずおずと聞いて来た。
「姫様。本当に姫様は聖女様ではないのですか?」
「違うわ」
「では、フリント様を治して下さったのはどなたなのでしょう?」
「さぁ……神様の気まぐれ?」
「そうですか……」
なぜかマーサは残念そうだ。
そんなに期待していたのだろうか、私が伝説の聖女だなんて。お誂え向きに記憶喪失状態だからかしらね。神殿関係者への態度を見ていたら、私が信心深くないから聖女じゃないって分かりそうなのに。
まだ眠っているみたいだから、目を覚ましたらマティアスのお見舞いに行こうかしらと考えていた。
そういえば、あいつ。母親の住んでるところが神殿の近くとしか言わなかったわよね。そんな曖昧な情報で助けられるわけないでしょ、私は見てくれだけの王女なんだからもっと詳しく説明しなさいよ。文句言ってやる。じゃないと、誰かに調べてって頼むにしても侍女の中にも王弟や宰相の手先がいそうなのよね……。
あんな騒動があっても、忙しい国王と体調の悪い王妃は娘であるアデルに会いに来ることはない。王族が一か所に複数名いると危ないのかしらね。
兄も来ないので何の邪魔も入らずに健康な王女生活を堪能していた。これぞシェリルだった頃に憧れた生活だ。綺麗なドレスを着て、大して働かずに美味しいものを食べて傅かれる。
しかしそんな安寧な時間はすぐに崩れた。次の日の夕方、外がやたら騒がしかった。
「民衆が姫様を出せと城門に押しかけています!」
「どうして?」
渾身の「どうして」が出た。私の目は点である。
「聖女様なら我々のことも治して助けてくれと」
「どういうこと? 神殿は何て発表したの?」
「神殿はまだ何も発表しておりません。もしかすると単なるウワサ段階のものが相当出回っているのかと」
「なんでかしらね……」
二日でそんなにあの歌劇場のことって広まるの? まさか、王弟あたりが関与しているのだろうか。
「姫様、どうされますか」
「え、どうもしないけど?」
「はい?」
「だって、私は聖女じゃないんだし。私が出て行ったらみんな興奮して大変なことになるでしょ? 私はあの事件以降気絶したままってことにした方がいいんじゃない?」
私のあっけらかんとした様子に、マーサをはじめとする侍女たちはやや口を開いてしまっている。
シェリルだった頃も散々陰口は言われたのだ。だからどうした知らないわよ勝手に言わせておけ、である。
だって、これって私のせいじゃなくない?
私だって困るのよ。聖女だって勝手に言われて、聖女なら俺たちを助けろって、何それ? 神殿が正式発表したわけでもあるまいし。
「王女殿下が聖女様なら、国民のために働くべきではないかと主張している者もいるようでして」
「え、それこそどうして?」
「その……王族であるからです」
なるほど、血税云々?
血税で食べてるんだから国民のために働けって? 大丈夫よ、みんなすでに血税の恩恵は受けてるから。
兄は足が悪いのに忙しそうに働いてるし、両親だってそうよ。あの二人、学生の頃から頑張ってたのは知ってる。父親の方はシェリルとちょっとばかり心の浮気をしていたけど、それだけ。私は彼らの努力にただ乗りしようとしてたけどね。だって、働きたくないもの。母親に簡単に売られた私にはどうせ、外見以外の価値が大してないんだから。
「それって私が万が一聖女だったら、国民のためにタダ働きしろってこと? 王族だから?」
発言したマーサではない侍女が視線を気まずげに逸らす。
「税金分の恩恵は受けてるでしょ? 生活基盤の設備や施設とか。何でそれに伝説みたいな聖女の力が上乗せされないといけないの。そもそも、大前提として私は聖女じゃないわ」
万が一聖女でもタダ働きなんて絶対にごめんよ。
女が男に尽くして搾取されているのを散々見てきた。逆もあるわね。タダ働きは搾取と尻拭いの始まりよ。
その日は門番や騎士たちが民衆を帰したようだ。
それで終わりで、神殿はさっさと聖女ではないという発表をしてくれるのかと思っていた。しかし、神殿関係者はまた来て、民衆も門の前にまた来たのだ。
さすがに図太い私でも猫かぶりが剥がれそうだ。
なんで毒殺されて生まれ変わってこんな目に遭わなきゃいけないの。もうちょっといい人生用意しといてよ。
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