第4話
※地震表現があります。苦手な方はご注意ください。
婚約者であるマティアスのお見舞いがどうだったかって? 断ったわよ。
お兄様が来た後で知恵熱が出て大変だったんだから。私に新規の情報を与えるなら量を調整してよね。
おかげで珍しく大嫌いな机に向かう羽目になったじゃないの。また毒殺される危険性があるんだから命まで懸かってる。
さて、侍女のマーサに聞き取りをしたアデルの周辺情報を整理すると。
アデルの父であり国王レグルス、彼はシェリルだった頃の元恋人ね。まだ会えてないけど、あれから二十年か。どんな男になってるんでしょうね。宰相と王弟に悩まされて老けてないかしら。
アデルの母であり王妃イザベラ、彼女はシェリルの宿敵と。
どうやら王妃イザベラはアデル出産後から体調があまり思わしくなかったそうだ。騙し騙しやってきたが、ここ最近は公務に支障が出ることも多かった。それで王妃の実家の力が弱まって宰相や王弟の派閥が力をつけ始めている。
宰相はイーライ・フリント。
その宰相の息子が私の婚約者ってわけね。ちなみにマティアスは剣の腕もなかなかで頭もいいが、庶子らしい。
侍女のマーサが嫌そうに教えてくれたが、私はカチンときた。頑張って顔には出さなかったつもりだ。
庶子の何が悪いってのよ。悪いのは他に女を作る男でしょ。
シェリルだって庶子だったわよ。市井で暮らしていた十歳くらいの時に今まで顔も見せなかった父親と名乗るバーンズ男爵が急に迎えに来たのだ。
母親は金の入った袋と引き換えにシェリルを簡単に男爵へ引き渡した。それこそパンみたいに。そこから男爵家に引き取られて産みの母親には会っていない。生きてんのかしら、あの人。
シェリルは金で売られたわけだ。
実の母親が急に自分を金で売ったのだから、シェリルは家族の愛なんて信じられるわけがない。信じられるのは目に見えるお金だけだ。
子供がいなかった宰相もマティアスをそんな感じで引き取ったんじゃないの? わざわざ見てくれだけの王女アデルと婚約・結婚させて、宰相が権力を手にできるようにするために。
そう、私はまだ見ぬマティアスに同情していた。たった一つ、庶子だったという共通点だけで。
ただ、彼と会ってみてその同情は無駄であったと分かった。
視察の日に婚約者であるマティアスと会った瞬間、すぐに分かった。
あぁ、彼も私を蔑んでいる。
彼の外見はあまり宰相には似ていないそうだ。
黒髪にグリーンの目。とても理知的な美しい男だった。でも、シェリルだった時に向けられたのと同じ色が彼のグリーンの目には確かに存在した。
あれはバカを蔑む目だ。私はよく知っている。
視察は歌劇場だった。オペラの鑑賞をするだけの誰にでもできる公務。こんなん必要なの?というもの。これが王女アデルに日常的に割り振られているものらしい。
見てくれだけの王女なら、民衆へのマスコットにちょうどいいのだろう。
マティアスはアデルを蔑んでいながらも、きちんとエスコートを果たしてくれた。
鑑賞を終えて歌劇場を出ようかと立ち上がった時に、急に揺れを感じた。
ぐーっと横に揺れて一瞬立っていられなくなる。マティアスはできた男だった。すぐに私に駆け寄って腕を取る。
「外に避難しましょう」
短くそう告げて、私を抱え上げて建物の外にすぐ連れ出した。歩きにくい靴だったから助かったけど。
そして何をするのかと思ったら、彼は建物の中に戻って行った。私はただ彼の姿を視線で追ってぼーっとするしかなかった。皆揺れに驚いていたが、特に外にも被害はないようだ。
マティアスは他の人達と協力して、避難の誘導をしている。何度か裕福そうな老人を背負って外に出てくるのが見えた。歌劇場に来るくらいだ、大抵裕福な人々である。
マティアスってこういう人助けを積極的にする人には見えなかったけど、違ったのね。
「姫様、先に馬車へ」
「えぇ」
さすが王女だ。たくさんいる護衛騎士に促されてその場所を離れようとした時だった。後ろで悲鳴が聞こえた。
「う、上から!」
なんとなく、嫌な予感がして護衛騎士の制止を振り切ってそちらへ走った。
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