第3話
王族まわりって怖いわぁ。シェリルだった私も軽い気持ちで王太子に近付いて、結局毒殺されたしね。
ノワールの顔を見ていると懐かしさがこみ上げる。これはシェリルの記憶のせいなのか、王女アデルの体だからなのか。
「分かりません。何も覚えていません」
王女ならこんな言葉遣いよね、と考えながら話す。「知らないからもうどっか行って」なんて言えない。顔がいい男にはもちろん言わない。
「調べさせてるけど、証拠が出るかどうか……でも、まさかマティアスと婚約しているアデルにまで毒を盛ったかもしれないなんて」
私、この顔に弱いわぁ。だっていくらアデルの兄といっても、とにかく顔がいいんだもの。仕方がない。元恋人の息子でしょ? よく似ている。
「アデル、まだ熱が? 顔が赤い」
「大丈夫です。ところで、毒とは?」
「そうだ、アデルは何も覚えていないのだったね。王族は狙われやすいからね。特に私は」
王太子が各方面から狙われやすいのはさすがの私でも分かった。ただ、子供は私とノワールしかいない。つまり、私たちが死ねば……どうなるんだ? 王弟あたりに王位継承権が移る? しがない男爵令嬢だった私に急に王位継承権の話なんて分からない。
「私のこの足は落馬が原因だけれど。興奮剤を盛られた馬が暴れて私は落馬した。犯人はトカゲの尻尾切りで黒幕は逃げおおせているけどね」
「では、王になりたい王弟殿下が犯人ですか?」
大抵それしかないよね。王弟ってあいつでしょ? シェリルだった頃は第二王子だったあの嫌な男。
「そう、王弟である我々の叔父かフリント宰相だろう。証拠は全く出ていないけれど。でも今回アデルまで狙われたなら……叔父かな……」
フリント、フリント……さっき聞いた名前だ。婚約者の名前ってマティアス・フリントじゃなかった? その親ってこと? もう登場人物多くてすでに私の頭はいっぱいなのだけれど。なんたって、知っている世界から二十年経っている。
「アデルはマティアスと婚約してる。だからフリント宰相はアデルを狙わないと予想しているんだ。だって、私を殺せば継承権は自動的にアデルに回る。将来マティアスは王配になって、宰相は外戚として実権を握れるからね。アデルに今、毒を盛るメリットはないんだ」
流れるように「私を殺せば」なんて日常会話で出てくると思わなかった。王族こわぁ。王弟と宰相こわぁ。
「正直、そうなればアデルは女王になって子供を二人ほど生んだ後に殺されるだろうけど」
せっかく美人で贅沢できる王女様になったのに、またも殺されそうな件。
「今回は毒なのか質の悪い風邪なのか分からないけど、気を付けて。あとはマーサにでも説明させる」
兄ノワールはそれだけ言うとさっさと立ち上がる。王太子って忙しいのよね。そんな中で来てくれたとも言える。
「一週間後にアデルは視察の公務が入っているけど行けそう?」
「どんな公務? 今の私でもできる?」
「できる。マティアスが同行するし、報告書もマティアスが書いてくれるから」
「それなら大丈夫よ」
兄が出て行ってから行儀は悪いが椅子の背もたれに体を思いっきり預けた。心はシェリルだからいいじゃんこのくらいと思うのだが、体はアデルのものであるせいか姿勢に違和感があってあまりリラックスできない。この王女、姿勢がいいわね。
あの年かさの侍女はマーサという名前だから、遠慮なくいろいろ聞いていかないとね。
それにしてもラッキーだった。アデルが宿敵イザベラみたいに賢くて何でもできる王女だったらすでに詰んでたわ。
侍女たちのコソコソお喋りで知ってるのよ。
アデルの別名は、見てくれだけの王女。シェリルと同じだわ、これは笑える。アデルは残念ながら兄ノワールや母イザベラほど賢くなかったのだ。あの二人がおかしいと思うんだけどね。それで一部には蔑まれて「見てくれだけの王女」と言われている。そう思ってないのは侍女マーサだけかも。
兄だって公務について聞いた時、可哀想なものでも見るような目を私に向けていた。きっとあれは見てくれだけの妹を憐れんでるのよ。こんな簡単な公務しかできないのかって。
だって全部婚約者のマティアスがやるんでしょ? 私はニコニコ手を振って愛想振りまいとけってことね。ふ、余裕よ。得意だし、そもそも専門分野よ。
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