第2話
高熱が出ていたのでしばらくベッドの住人として至れり尽くせりで過ごし、数日後にやっと起き上がれた。新鮮だ。高熱で寝込むことなんてなかったから。
侍女たちに「姫様は記憶を失くしたに違いない」なんて囁かれながらもしつこく集めた情報によると、私は現在王女らしい。
自分でも何を言っているのか分からない。しかし、私は正真正銘アデル・ヘーゼルダイン第一王女なのだ。
そう、ヘーゼルダイン王国。私がいくらバカでも自分の国の名前くらいは言える。
私はよりによって生まれ変わったか、憑依したらしい。恋人だった王太子と宿敵イザベラの娘として。現在あの二人はこの国の国王と王妃だ。
つまり、シェリルだった私が死んでから二十年くらい経っている。
立ち上がって鏡の前まで行く。
恋人だった王太子もイザベラも綺麗な顔をしていたから、今の私も二人の間の子供なだけあって美人である。幸運だ。
シェリルだった頃は頭が悪そうに見えるピンクブロンドだったが、今は見事な輝きの金髪。そして王家の証である神秘的な赤の目。
自分で見ても惚れ惚れする顔立ち、手足も長い。女性にしてはやや高めの身長。色彩は元恋人で身長はイザベラに似たわけね。
それにしても私はどうして生まれ変わったか、憑依したのかしら。
本物アデルは一体どこよ?
心の中で呼びかけても返答はない。体をいろいろ動かしたが、すべて自分の思い通りに動く。制限があるわけではない。
控えている侍女に怪訝な視線を向けられたので、おかしな動きはやめた。王女様ってこんなに侍女がいて常に監視されてて大変よね。
本物のアデルがどうしているかは気になるが、まずは私がこれからどうするか。
今のところアデルの記憶がすべて見える、なんて私に都合のいいことはないので周囲から見れば記憶喪失状態だ。どうするの、これ。恋人に釣り合うためにちょっとは勉強頑張ったけど、生粋の王女様になんて化けられないわよ。せいぜい口調を誤魔化すくらい。
焦ったが、部屋で一人の食事の時に気付いた。
体にマナーの動きが染みついている。男爵令嬢マナーではなく王女マナーだ。鏡を見ながら何も考えずに食べてみたが、シェリルだった頃の私とは雲泥の差。私は憑依だか生まれ変わりだかに感謝した。
「姫様。マティアス様が明日お見舞いにいらっしゃいます」
誰よ、マティアスって。
アデルの兄である第一王子の名前でもないし、父の名前でもない。
「誰かしら、マティアスって」
「姫様の婚約者のマティアス・フリント様でございます」
へぇー、なんか強そうな名前。そうか、貧乏男爵令嬢と違ってお姫様なら十五歳でとっくに婚約者いるか。
「姫様、まさか記憶が……?」
勝手な憶測だが、彼女はアデルと付き合いの長そうな侍女だ。だって彼女だけ他の侍女と比べて年かさだもの。乳母的な存在かしら? 世話焼きだしね。隠したところでいつか見抜かれるわね。
「なんだか頭に靄がかかったみたいでうまく思い出せないの」
猫を被って困ったように微笑んでおいた。侍女は一瞬ショックを受けた表情をしたが、すぐに引き締める。
「お、お医者様を呼びましょう。高熱の後遺症かもしれません」
王女が記憶喪失ってまずいのかしら。
後遺症って言われたら婚約解消になったりする? まぁ、そのあたりはうまく誤魔化して。いやどうやって誤魔化すって知らないけどさ。
医者にいろいろ質問されたが、私に全く記憶はない。高熱による記憶喪失と診断された。
医者の診察が終わったと思ったら、杖をついた若い男性が部屋に入って来た。
驚いた。だって、彼は元恋人だった王太子にとても良く似ていたから。金髪に赤い目。ああ、でも入って来た彼の方が少しばかり背が高いだろうか。
「アデル……本当に記憶がないんだね」
その若くて輝かんばかりの男性は悲し気に目を伏せる。杖をついて片足をやや引き摺っていなければ、本当に元恋人かと思ったほどだ。
「ノワールお兄様」
アデルの三つ上の兄で王太子。ノワール・ヘーゼルダイン。
良かったわ、家族構成くらいは侍女たちから聞き出しておいて。でも、足のことは聞いてなかった。
「アデルからそんな目で見られると、堪えるね」
友好的な雰囲気だ。仲が悪い兄と妹ではなかったようだ。
兄は侍女たちを皆下がらせると近付いてきて物騒なことを囁いた。
「アデルまで毒を盛られた?」
までってどういうことよ。もしかして、引き摺ってる足と関係あるの?
見上げると、ノワールは悲しそうな顔をしていた。
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