ぼやきの聖女と建国の邪竜
頼爾
第一章 見てくれだけの王女
第1話
喉が焼けるように熱い。思わずかきむしると、胸の奥から熱い何かがせり上がって来た。思わず吐き出して見えた色は赤。
あぁ、これが死の色か。喉の熱さとは違って頭は冷えている。
せっかくの綺麗な茶器もテーブルクロスもその赤で台無しだ。でも、私の口からは唸るようなくぐもった声も出ない。目の前で王太子の婚約者であるイザベラが何か叫んでいる。周囲も慌ただしい。
分かってるわよ、あんたがやったんじゃないことくらい。
私はそこまでバカじゃないし、あんただってもっと賢いやり方をしたはず。
これは毒ね。カップに塗られていたのかしら。私に毒を盛った犯人は……心当たりがありすぎる。
身分も己の頭もわきまえず、美貌と愛嬌だけで王太子の恋人になった男爵令嬢の私を気に入らない奴らなんて山ほどいた。
仕方ないじゃない。美人に生まれたなら利用しない手はない。
勉強はできないし、頭の回転が速いわけじゃない。実家も貧乏。それなら外見を利用して何が悪いの。
王太子と体の関係があるわけじゃない。多少あざとい手は使ったけど、純粋にお話して王太子が私を気に入っただけ。ほとんど正攻法。
「シェリル・バーンズ!」
また私の口からは熱いものが溢れ、王太子の婚約者であるイザベラが叫んで私を抱える。いつの間にか私は公爵家の綺麗な芝生の上に倒れていた。
なんだ、こいつ私の名前ちゃんと言えるんじゃないの。「紹介を受けていませんから」なんて私のこといないように扱ってたくせに。
でも、私はイザベラのことを嫌いではなかった。散々いじめあった仲よ。教科書を破かれれば、ネズミの死体をお返しした。王太子から贈られたドレスを切り裂かれたら、イザベラの学園の制服にインク壺をぶちまけた。
公爵令嬢相手にそんなアホみたいなやり合い。
私の実家を潰したって良かったのに。こいつのこういうところ、意外と嫌いじゃなかったのよ。
あーあ、もうちょっとで王太子の側室になれたかもしれないのにな。今日のイザベラの呼び出しだってきっとその話だったでしょ? 王妃なんて面倒な座を私は狙ってないもの。ただ、贅沢したかっただけ。お金を使える自分に存在価値があるって思いたかったの。
寒い。吐きそうになる血は熱いのに、体はすごく寒い。この体の震えって何?
きっと、私は死ぬんだろう。毒殺かぁ、犯人捕まるかしら。その辺のメイド捕まえて終わりとかやめてよね。
まぁまぁ好きだった王太子ではなく、なぜか宿敵イザベラの顔を見ながら死を感じる。
なんでイザベラは泣いてんのかしら。公爵令嬢なんだから、こんな時も表情を変えないんだと思ってた。
寒い。喉痛い。いろんなところが痛い。寒い。
目を閉じようとして頬を叩かれた。痛いと文句を言いたいが声は出ない。そして、私は完全に目を閉じる。
もう疲れた。イザベラとのやり合いは割と楽しかったけど。
もうどこにも力が入んない。
そうやって男爵令嬢シェリル・バーンズは毒殺されたはずだった。
それなのに――。
「喉痛い」
私は知らないどこかで目が覚めた。
「姫様! お目覚めですか!」
豪華な部屋に侍女がたくさんいる。そのうちの一番近くにいた一人が顔を輝かせた。
なによ、姫様って。嫌味なの? 男爵令嬢の私が城に入り込んだら冷たい視線しか向けられなかったわよ。それともここはイザベラの家? 解毒が間に合ったの?
今度は医者のような人物が入ってくる。私は喉が痛かったので、黙って寝たままでいたが何も言われなかった。病人や怪我人には優しいのかしら。
「高熱で一時期危なかったですが、もう大丈夫ですよ。アデル王女殿下」
誰だ、それ。私はシェリルよ。
私は初めて身じろぎして、自分の視界に入るのが見慣れたピンクブロンドではなく金髪であることに気付いた。
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