第11話 悪戯っ子、2人

 翌日、空いた口が塞がらない状態の花蓮のデスクに、件の二人が訪れた。

 にまにまニヤニヤ、口許を緩ませる二人の悪い表情は随分と珍しい。


「ね、せぇんぱい。何とは言わないけど、昨日どうだった?」

「昨日推しの配信日で、残業頑張ってたもんねぇ。楽しめたといいんだけど」

「お前らね……」


 肝を抜かれたなんてもんじゃないぞ、とばかりに二人を睨み付けるも、何処吹く風で彼らはテンポよく会話を続ける。


「美茜ちゃん、驚いてもらえてよかったね」


 仲良くなってからずっとやりたいって言ってたもんねぇ、と穏やかに笑う翠衣の顔を、花蓮はまじまじと見詰めた。


 思いもしなかった彼の裏の顔、『水絵睡蓮』。

 六年ほど前に某イラストコミュニケーションサービスで活動を始めたイラストレーターだ。三年前から個人VTuberとしても活躍し始め、今や有名ライトノベルの表紙を担当して一世を風靡した時の人である。

 穏和な朱色の瞳に、それを惹き立たせる深い森色の髪。如何にも優しげで、癖のない整った顔立ちとペンを持った立ち姿。ゆったりしたシャツとパンツが、シンプルながら彼のスタイルの良さを強調している。

 その容姿を裏切らぬ落ち着いた語り口と、芸術作品を次々と生み出す作業配信が彼の魅力だ。


「ん、ありがとね翠衣。おかげで楽しめたわ」

「それはよかった」

「てかさ、コラボ後のSNS見た? 意外と好評だったよね」

「男女だから炎上したらどうしようかと……本当によかった……」


 楽しげな美茜の言葉に胸を撫で下ろす翠衣。

 確かに個人勢の男女コラボにしてはコメント欄も好意的なものが多かった。元々二人のリスナーの民度がよかったのももちろんあるが。


(トレンドにもなってたけど、なんて言うかこう......兄妹っぽいんだよなぁ)


 花絵兄妹、なんてタグでトレンド入りした彼等の配信はマイナスイオンそのものだった。

 言葉が強く悪戯な妹を振り回されつつも諌める兄。そのやり取りは正しく理想の兄妹。


(正直めちゃくちゃ癒されたんだよな.....心臓口から飛び出るかと思ったけど)


 叶うのならあの衝撃を忘れた新鮮な状態でもう一回見たい。

 子気味良い二人の口から零れる音たちは昨日の夜画面越しに聞いていた声と同じもので。


「ん、花蓮?」

「ああいや、何でもない」

「そ?」

「そーだよ。ほら、もう始業時間だから準備しな」

「はぁい」


 まだからかい足りない、といった風に渋々返事をして自分のデスクに戻っていく美茜を二人で見詰める。


「水無瀬くんってさー」

「うん?」

「ミアと仲良くするようになった時最初めっちゃ私の事警戒してたよね」


 るり、翠衣の顔がこちらを向く。


「んー、まぁね」


 にへら、と微笑んだ表情は、美茜には決して向けないだろう冷たいものだった。

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推しと職場が同じだった件について 綴音リコ @Tuzurine0406

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