3月7日 イージーライダー
一週間乗り放題のアメリパスは、開始時に1日間違ってくれたおかげで降車期限が11日まで。4日間かけてニューオリンズまで来た僕たちは、フル活用してもその日までにロサンゼルスへ帰り着かないといけません。
かと言って来たルートを戻っても面白くない。遠回りになりますが、北周りでまだ見ぬ街を通りながら戻ることにしました。
行きよりも移動距離が長くなるのは地図を見てわかっていたし、これまでの半日移動半日観光から、移動中心になるのも承知の上でした。かなりの強行軍になるでしょう。
それでも僕たちは好奇心を優先させ、昨夜22時にニューオリンズを後にし、すぐに眠りに落ちました。
「おい、起きろっ」
ニシカワの声で目覚めて慌てました。
4時にメンフィスでバスを乗り換える予定が寝過ごしです。
乗ったバスはシンシナティ行きで、メンフィスで乗り換えてそのまま真っ直ぐ北のセントルイスまで行きたかったのですが、バスはメンフィスから方向を変えて東に向かって走っています。ロサンゼルスからどんどん離れていってます。
このままシンシナティまで乗ってしまうと、セントルイスから500キロ以上離れてしまう。
えらいこっちゃ
寝ぼけ眼で車中緊急会議。
手元の時計とタイムテーブル(時刻表)を照らし合わせると、間もなくナッシュビルに着きそうでした。
タイムテーブルは薄いリーフレットサイズのものが、バスディーポで無料でもらえました。その街から発着する路線のものが準備されています。
今持っているものにはナッシュビルからの発着分は載っていません。そこからの分は降りて入手するしかありません。
今ならググって調べることができたでしょうが、当時そんな魔法のようなものはありません。
こんなところにも現在の便利さとの違い、大きな「不」の存在を感じます。
セントルイスまでのアクセス状況がわかりませんが、それなりの大都市同士だろうからきっと繋がってるだろう。シンシナティまで行ってしまうよりは時間的にましに思えました。
僕たちは次のナッシュビルで降りる選択をしました。
ただでさえパスの有効期限に余裕がないのに、更に遠回りで時間ロスとは。
もう
何やってんの
俺たち
3人とも熟睡してしまった理由は、緊迫した警官とのやり取りから解放された安堵感もありましたが、もう一つ快適に眠れた理由がありました。
さて、アメリカになかったもので一番困ったものは何でしょう?
はい、それは銭湯。風呂屋です。
ホテルに泊まらず、夜行バス生活を続けて一番困ったのは風呂に入れないことでした。
下着や靴下はトイレの個室で履き替え、身体も濡れタオルで拭いたりしましたが、頭が痒い。頭を洗いたい。
昨日ニューオリンズに朝早く着いたので、我慢できずに遂に決行しました。
何をって?
トイレの洗面台で頭を洗いました。
頭を突っ込んでいる姿は無防備なので、3人順番に。
洗い終わるとハンドドライヤーに頭を突っ込んで乾かして。
頭を洗うのはツーソンで借りシャワーをさせてもらって以来。
いやー、本当にさっぱりした。気持ち良かった。生き返った。
後から入ってきたおっさんが一瞬驚いた顔を見せました。
すんません
怪しい者ではありません
ただの貧乏旅行者です
どうぞ温かくお見過ごしください
頭がさっぱりとしたその快適さもあって、バスの揺れにも負けず、深い眠りに落ちてしまったようです。
全く予定外のテネシー州ナッシュビルに、朝の9時に着きました。
さっそくタイムテーブルを手に入れて確認しましたが、セントルイス行きは深夜の1時過ぎに1本あるだけ。
なんてことだ
今日は丸1日ここで足止めかよ
嘆いたところで始まりません。3人とも寝過ごし、乗り換えなかったせいです。
持って行き場のない気持ちに地団駄を踏む思いです。
やれやれ、『歩き方』を開いてナッシュビルの街を調べました。
ナッシュビルはカントリーウエスタンの音楽の街とのこと。
しかしそのカントリーっていうのが、全然馴染みがありません。まあ言えば、アメリカの民謡みたいなものでしょ。
はっきり言ってこの日のことはあまり記憶に残っていません。
バスディーポから外へと出てみたのですが、興味を引くようなものもなく、音楽の街を感じさせるようなものも、ディーポ周辺にはありませんでした。
結局この日は精力的に活動をする気力も湧かず、ディーポへと戻り深夜のバスを待つことにしました。
日記には「つまらん街やった」と書いてあります。節約にも走ったのでしょう。「サンドイッチ2つ食べただけ」の記述も。
やるせない気持ちに、膝を抱えていた一日だったように思います。
映画『イージーライダー』は、麻薬売買で大金を手に入れ、ロサンゼルスからニューオリンズまで、バイクで自由の旅に出た若者二人の物語です。
ラストは保守的な大人たちに射殺されるという、それまでのハリウッド映画にはなかった衝撃的で不条理な結末。
反体制、アンチヒーロー、バッドエンド。アメリカンニューシネマと呼ばれた新たな映画スタイルの代表作です。
まだ小学生でしたから公開時に映画は観ていませんが、ピーター・フォンダとデニス・ホッパー二人がバイクで疾走する白黒ポスターを中学生の多感な時期に目にし、そのあまりのカッコ良さに、欲しくてたまらなくなったことを覚えています。
しばらくしてから挿入曲の『Born to be wild』も知り、そのカッコ良さにもしびれましたが、なんと言っても輝いていたのはあのポスター。
ノーヘルで風になびかせた長髪と長く伸ばしたモミアゲ、チョッパースタイルのハーレーに跨るサングラス姿のピーター・フォンダ。
中学になってリバイバル上映で観ましたが、中学生の頭ではストーリー構成の斬新さやテーマ性よりも、ただ映像のビジュアル的なカッコよさが胸に焼き付きました。
奇しくも主人公キャプテン・アメリカが相棒ビリーとたどったのと似たようなルートで、ロサンゼルスからニューオリンズまではやって来れました。
彼らのような結末にならないよう、この先まだ無事にこの旅を続けなければなりません。
ここは自由の国アメリカ。
その自由の国アメリカで自由を求める旅に出た二人。
ただ自由であろうとしただけなのに、最悪の結末を迎えた二人。
片や、映画イージーライダー。
ライターを抱えて自由の国にやって来た僕たち3人。
ニューオリンズを出ていきなり予定外の事態に陥った3人。
こなた、実録イージーライター?
この先イヤな予感が……
いやいや、そんなことはないよね
なんかそんな風に、胸の中がグチュグチュしてた一日だったような気がします。
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