3月3日 荒野の街

 何かに例えるとしたらニョロニョロだ。

 ニョロニョロとはムーミンに出てきた謎の生き物。ヒョロヒョロ細長くていつも群れでいて、ただそこにいるだけの存在。

 その姿に似た緑の巨大ニョロニョロ軍団が、見渡す限りの荒野一面に、小高い山の上にまで広がっていた。

 声も出さず、両手を天に向けて、ただ堂々と立ち並んでいた。




 さあバスの旅、スタートです。


 アメリパスの表紙には所有者の名前、住所、性別、誕生日などが記載され、右端に有効期限を記す欄がありました。

 「月」の欄には1〜12が、「日付」の欄には1〜31の数字が並んでいて、使用開始時、期限日付の数字にパンチで穴を開けてくれます。

 僕たちの場合だとこの日3月3日から乗車開始ですから、「3」と「10」(日を跨ぐ運行もあるので乗車するのが期限内ならOK)のところに穴が開けられるはずでした。

 ところが、運転手がパンチして戻してくれたパスを見ると、「11」に日付の穴が。


 ニシカワと顔を見合わせてニンマリ。

 ドライバーのおっちゃん、勘違いしたのかな。

 へへ、1日得した。黙っとこ。


 サンディエゴを定刻00:01に発車したバスは、3人の大きな期待感を乗せて一路東へ。

 距離感が掴めないのでどこまで行けるかわかりませんが、パスの半分4日間はとにかく東へ行けるとこまで行こうとの考えです。

 座席シートはアメリカ人サイズだから、ゆったりと広め。知らず知らずのうちに眠りに落ちていきました。


 カリフォルニアから州境を越えてアリゾナ州に入り、午前9時半、州都フェニックスに到着。

 手元の時計は8時半。さすがにデカいアメリカ大陸。時差がでました。

 アメリカ大陸には4つのタイムゾーンがありますが、今パシフィックタイムからマウンテンタイムに入ったので、時計の針を1時間先に進めます。

 ここでバスを乗り継ぎ、今日の目的の街ツーソンへと向かいました。


 アリゾナは北接するネバダ州と共に、東をロッキー山脈、西をシエラネバダ山脈に挟まれた、大陸で最も降雨量の少ない砂漠地帯です。

 砂漠といってもエジプトなどの砂地の砂漠帯ではなく、僅かな草花や低木などが点在する荒れ地がどこまでも広がっています。

 ツーソンはそんな荒野に囲まれたアリゾナ州第二の都市で、国立公園や砂漠博物館などもありましたが、僕たちはオールドツーソンを目指しました。


 オールドツーソンは、西部劇のロケーションセットを模した遊園地。

 酒場や保安官事務所、監獄や教会などが建ち並び、園内を駅馬車が走り、ガンファイトなどのアトラクションも行われていました。

 アメリカ版京都太秦映画村といったとこでしょうか。

 ツーソンのバスディーポからはタクシーしか交通手段しかなかったので、自由が効くからとの理由で半日の格安レンタカーで向かいました。

 その途中で冒頭の光景に出くわしたのです。


 緩やかな丘を登りきった時、視界一面に今まで見たことがない広大な景色が広がりました。

 遮るものが何もない見渡す限りの大地を、今僕たちが走っている道が遠くまで真っ直ぐに続いています。

 周りを見渡すと乾いた土の色と、アクセントをつけるような大小様々な岩石。こんな環境でも生きていける剥げたような色合いの僅かな植物たち。


「うおーっ」

 雄大な荒涼たるその景色に、3人同時に声を上げていました。


 その中にニョロニョロたちが立っていました。

 それは薄い緑色をしていたので風景に溶け込み、最初すぐには目が捕らえませんでした。

 しかしすぐにその異様な姿に気づいたのです。

 一体何本生えているのでしょう。大小様々なそれが、見渡す限りの荒野を埋め尽くしていました。


 ニョロニョロの正体はサワロサボテン。サボテンと一言で言っても多くの種類があり、サワロサボテンはアリゾナ、カリフォルニア、メキシコの一部の狭いエリアだけに棲息している世界最大のサボテンです。最大のものは全長15メートル、重さ10トンに達するとか。

 円柱状の太い幹がそびえ立ち、まるで両手を空に伸ばすかのように枝?を上に伸ばしています。

 最初は比較する対象物がないのでその大きさがよくわかりませんでした。

 しかし路肩に車を停めて荒れ地の中に踏み入り、大きなものの根元に立ってみて、その巨大さがよく実感できました。

 植木鉢サイズのサボテンしか知らない者からすると、サボテンの概念を遥かに越えるその巨体に、開いた口が塞がりません。

 そんなものが見渡す限りの荒れた土地に、どこまでも立ち並んでいました。

「こを見れただけでアメリカに来た甲斐があった」と日記に記してあるので、よっぽど驚いた景色だったのだと思います。


 あとあれも見ました。

 子供の頃、テレビで観た西部劇映画。主人公のガンマンが悪者を倒して街を去っていくシーン。

 風が吹きすさび砂埃が舞う道。主人公の足元をコロコロと転がっていく、まん丸の枯れ草の固まり。


 あれ。


 あんなものは映画の中の作り物だと思っていました。

 いえ、本物でした。本当にありました。

 僕たちが乗った車の前方をコロコロと横切っていきました。

 タンブルウィードというらしいです。特定の植物を指すのではなく、枯れると風に転がりやすいものが何種類かあり、総称としてそう呼ぶようです。

 こんなこともちょっとした感動。




 夕方にはバスディーポに戻りました。今夜も0時過ぎのバスに乗るまで、ここで時間を潰さないといけません。

 待合室でボーっとしてると、日本人が声を掛けてきました。オールドツーソンで出会っていた東京の学生2人組です。


「僕たちこの隣のホテルなので、良かったら部屋に来ませんか」


 僕たちの行動予定を話していたので、わざわざ探しに来てくれたようです。

 同じ境遇の旅する者同士。行く先々で日本人旅行者に出会うと声を掛け合い、どこそこに行った、あそこは良かった良くなかった、飯はあのレストランが美味かった、◯◯には気をつけろ等。 

 情報交換したり、ちょっとした助け合いのようなことを自然とやっていました。


「◯◯には気をつけろ」って気になりますか?気になりますよね。

 スマホやインターネットがなかった時代は、口コミが最大の情報収集の手段でした。

 中には眉唾ものの話があったり、決めつけや思い込みがあったり、人から聞いた話をさも体験談のように話す人もいたり。

 真偽のほどはわかりませんが、同じ日本人旅行者(旅の先輩?)から聞いて印象に残っているのが幾つかあります。


「ゲイに襲われそうになった時の対処方法」

「嫌ならアイム ストレートと言え」

「YMCAの相部屋が一番危険」

「葉っぱは値切って買え」

「粗悪品には要注意」

「コカインはやめとけ」


 真偽のほどは知りません。



 実は昨日もバスディーポで札幌の一人旅の人に声を掛けられ、その人の部屋で一緒にビールを飲んで時間を潰させてもらいました。

 袖触れ合うも他生の縁。今日も断わる理由なんてありません。彼らの部屋にお邪魔し、シャワーを借りて、ビール片手にブラックジャックをして過ごしました。

 ラッキー、3ドル勝っちゃった。



 しかし、しかし、しかし。

 バスの旅初日から頭をガーンと殴られた気分でした。

 ロサンゼルスから移動を開始して、この先に何が待ち構えているのかと、ワクワクが止まりませんでした。


 ツーソンは小綺麗な街並みのようですが、全く記憶に残っていません。

 何と言っても、あの緑の巨大ニョロニョロ軍団が無言の大行進をしている、どこまでも広がる荒野の光景が、今も脳裏にはっきりと焼き付いています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る