2月27日 現実直面80セント
チチ チチチッ
……
チチ チチチッ
うん?
チチ チチチッ
鳥か
チチ チチチッ
小鳥の声が……する
ねむ……
・
・
・
ヤバッ
慌てて飛び起きた。
時計を見ると6時半になろうとしている。
「おい、起きろっ!」
「え?あっ、やべ」
「はーあぁぁ、えっ、うそっ」
3人とも寝過ごしました。今日も6時にトゥイさんと待ち合わせてます。
ニシカワが電話をかけに部屋から飛び出していきました。
昨日張り切って早起きして睡眠不足だった分、2日分まとめて爆睡してしまったようです。
目覚ましを掛けたはずですが、鳴ったかどうか、はたまた誰かが寝ぼけて消してしまったのかはわかりません。
「先に行ってるから昨日の場所まで来いって」
ニシカワが戻ってきました。
僕たちは顔も洗わず大急ぎで車に飛び乗りました。
曇天だが雨は降っていません。
昨日は中止で、今日は寝坊とは。
何やってんだ俺たち。
昨日行った会場は、幹線道路沿いのわかりやすい場所だったので、なんとか迷わずに行けました。
開場時間の8時はとっくに過ぎ、他の出店者たちが早くも店を開いています。
広い会場内を探してトゥイさんを見つけました。隣のスペースに僕たちの場所もちゃんと確保してくれています。奥さんと2ブロック分でエントリーしてくれたらしい。
すいません!
恩に着ます!
助かります!
トゥイさんたちはテントの設営も終わり、もう店を開いていました。ちらほらお客さんの姿もあります。
僕たちも大急ぎで地面にシートを敷き、売り物を並べました。
しかしこの日は風が強い。トゥイさんのテントの中のハンガーに吊るした商品が、飛ばされそうになるぐらいの風が吹き抜けました。
トゥイさんの奥さんは日本語がしゃべれません。
僕は精一杯のカタコト英語とほとんど身振り手振りで、遅れてすいません、場所取りありがとうございます、今日は風が強いですね、などと伝えました。
「○▼☆♯◆……so windy」
奥さんはそう言って肩をすぼめ、笑顔を見せてくれました。
語尾だけは聞き取れたぞ。そうか、ソーウィンディ、“風が強い”はそう言えばいいのか。なるほど。
英語のちょっとした言い回しや短いフレーズは、こうやって覚えていきました。
僕たちには風雨避けのテントなどありません。地べたにビニールシート1枚です。風は一向に弱まりません。
so windyはso windyのままで、ベリーso windyな風が時々吹き抜けます。
その度に3人で慌てて商売道具を押さえます。値札の段ボールはどこかに吹っ飛んでいきました。
やれやれと思ってたら雨が降り始めました。
あちゃー。
昨日ほどの本降りではありませんが、大粒の雨粒が落ちてきました。黒い雲が出てきました。風も止みません。
あーえらいこっちゃ、商売道具が濡れるがな。おいおい、ほんまにもう。
あっという間に分厚い黒い雲が空を覆い、雨と風が強まります。台風みたいになってきました。
状況は悪化するばかりで、ついに周りの出店者たちが撤収し始めました。
うっそー
粘りましたが結局嵐のような天候には勝てず、開店1時間ほどで、僕たちも泣く泣く店じまいすることになりました。
この間売れたのは手袋1個です。
はい、そうです。手袋が1個。
手袋というよりカラー軍手。この頃日本で出始めていた蛍光色や派手な色の木綿の軍手。それがたった1個。
ライター以外にも色々思いついた物を持って行きましたが、そのカラー軍手が1個だけ売れました。肝心のライターはまだ1個も売れていません。
本日の売り上げ、80セント。
ウソやろ……
寝坊したせいもありますが……これが現実とは。
土日6日出店できるうちの、これで2日が終わってしまった。
見たくないけど、そこにあるのは手つかずのライターの山。
どうなんの、俺たち。
この時になって初めて、自分たちの甘さに気づかされました。
夢のパラダイス計画が、ガタガタと土台から揺らいでいることを自覚しました。
半年前に行くことを決め、アルバイトで一生懸命働いて目一杯の資金を貯めましたが、航空券を買い、バス周遊券を買い、パスポートを手続きし、その他諸々、持って来れた現金は750ドルです。
この750ドルだって18万円以上の感覚で、こっちでライターを15万円に現金化できるから、余裕で30万にはなる。それだけあれば贅沢しなけりゃ1ヶ月充分にやっていけるだろうとの算段でした。
しかしその現金化できるはずの15万円が怪しくなってきました。
他の2人も似たようなもんです。3人ともクレジットカードなんてまだ持っていません。帰りの航空券は変更ができないのが条件の格安チケットです。今ある持ち金で1ヶ月を生き抜かねばなりません。
いやいやちょっと待て。円で考えずドルで考えろ。
最悪お金が入ってこなかったとして、持ち金は30日で割ると1日当たり25ドルぽっち。
・・・
最低でも飯代と宿代。
ハハハ、そんなバカな。いやいやそんなバカなことはないだろう。
1日25ドル……たった?
若さの特権は「浅はかさ」だと断言します。思慮が浅く計算し過ぎないから、思い切った行動にチャレンジができるのだと思います。
歳を重ねた現在の常識感なら、とても旅立たなかったでしょうね。
しかし歳を重ねて利口になるというのは良し悪しなのでは。
利口さは危険を回避できる代わりに、安全圏から飛び出す勇気と様々な貴重な体験機会を奪っているのだ。
苦難を乗り越えた者だけが見れる景色があるはずなのだ。
そういう風に精一杯強がって、あの頃の自分たちを正当化したい。
そういうしかない。はは。
先行きに若干の不安を感じ始めた僕たちは、ここでひとつの選択を迫られました。
来週から予定通り1週間のバスの旅に出るのかどうか。その旅に出てしまうと、次の土日が被ってしまい出店はできません。
お金の問題を優先させるか、まだ見ぬ大地を見に行くか……
僕たちの好奇心は止められませんでした。
嵐のような会場から撤収し、トゥイさんの家に戻ると、奥さんがフライものとご飯の簡単な食事を用意してくれました。
いや本当にありがたい。朝から何も食べていません。
「来週はバスの旅に出たい」
「だから一週出店は休みたい」
「荷物は預かっておいて欲しい」
「戻ってきてラストの土日は頑張る」
食事をさせてもらいながらトゥイさんにそう伝えました。
トゥイさんは寛大にも僕たちの我がままを受け入れてくれ、おまけに僕たちの持ち込み品の中から売れそうなものを買い取ってくれました。
そこまで日記には書いていなかったので、何を買ってくれたかは思い出せませんが、とにかく40ドル少々が僕たちの手に入ってきました。
手袋分と合わせて本日の日当、14ドル26セントなり。
お金儲けって難しいですね。お金って大切ですね。
しかしこのトゥイさん、仏様のように広い心の持ち主で、本当にお世話になりました。
今回この話を書くにあたって、ニシカワともその辺りを色々話しました。
「俺たちさ、散々世話になったけど、最初行く時に手土産ぐらい持って行ったっけ?」
「いや、手ぶら」
「そうよな、そんな気の利いた記憶ないよな」
「帰ってから何かお礼したっけ?」
「うーん、確か葉書は1回出したかな」
「それだけ?」
「そやな」
総てを若さのせいにはしませんが、あまりにも世間知らずで常識がないというか。
住所もどこかに失くしてしまい、苗字しかわからず、今となっては探しようがありません。
トゥイさん、本当に感謝してます!
さてさて、そんな非常識若僧トリオ。
ホテルに戻り、たまった洗濯物をコインランドリーにぶっ込んで作戦会議。
この日から本格的節約を実行しつつ、目一杯のエンジョイアメリカ生活に突入です。
悲壮感は全くありませんでした。
それが若さだったのかな。
いい意味で?バカだったなあ。
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