2月23日 アメリカ入国
絶望の淵に追いつめられ、藁をもすがる切なる思いが、添乗員らしき男が掲げる“○○交通社”と日本語で書かれた旗をとらえました。
見ればその男の後ろに、20人ほどの日本人グループがぞろぞろと続き、チェックレーンをフリーパスで通り抜けていってるではありませんか。
係官も「早く進め」と気だるそうに手で合図しています。
団体客はノーチェックというわけか!
こ、これや!!!
ニシカワとアイコンタクトを交わすと、僕たち3人は小走りし、何食わぬ顔でその列の最後尾につきました。
この時は不思議と、瞬時に無言で通じ合ったんですよね。神の導きかのように。
前の人に遅れまいと、スーツケースを転がします。
キュルキュル キュルキュル
緊張マックスです。
キュルキュル キュルキュル
心臓がバクバクと高鳴り、口から飛び出そう。
係官の真ん前を、ライターを詰めたスーツケースが通り過ぎます。
キュルキュル キュルキュル
バックンバックン バックンバックン
もう口から半分出てきた。
横目でチラッと係官を見る。
大丈夫、「進め進め」と手を振っている。
唾を飲み込もうとしたが、喉がカラカラで上手く飲み込めない。
キュルキュル キュルキュル
税関チェックを通り抜け、自動ドアから到着ロビーへと出ました。
すぐに喜びを爆発させては怪しまれると、平静を装います。団体客の列からはスルッと離れ、そのまま建物の外まで出ました。
無事通過!!!
アメリカ入国!!!
なんという展開でしょう。咄嗟の機転で絶体絶命の窮地を奇跡的に突破しました。
天が我々に味方したのでしょうか。
神様への願いが通じたのでしょうか。
1000個のライター持ち込みに成功し、アメリカ入国を果たした僕たちは喜びを爆発させました。
「もうええか?」
「もうええやろ」
「もうええな!」
「やったー!!!」
「やったでー!!!」
「やったったでー!!!」
思わず叫んでいました。
タバコに火をつけて深々と一服しながら軽口が飛び交います。
「な、言うたやろ。何とかなんねんて」
「勝負してみんとわからんて」
「もうアメリカは俺たちのもんやで」
「大儲けしようぜ」
「ガハハハハ」
3人とも極度の緊張から解き放たれた嬉しさが身体中から溢れていましたが、大口をたたくその笑顔は全員大きく引きつっていたことを覚えています。
とにもかくにも、飲み屋の戯れ言から始まった冗談のようなプロジェクトが、正式に軌道に乗り、今遂に動き出しました。
アイム チャレンジャー。
アメリカン・ドリーム。
フロンティア・スピリット。
僕たちの頭の中には、眩しいほどのホライズンと、黄金色に輝き揺らめく大地が広がっていました。
しばし心を落ち着かせ、もう一度建物内に引き返しました。今夜からの宿探しをしなければなりません。
インフォメーション・カウンターにあったタウン情報誌の中から、一軒のホテル広告に目が止まりました。
手頃そうな金額と「日本語OK」の文字。
Brandon Hotel
地図で見ると場所はダウンタウンの外れですが、中心街まで徒歩圏内で行けそうです。
さっそく公衆電話から電話をかけると、優しそうな女性の声。話し方で日本人とわかったらしく直ぐに日本語で、エアポートバスでダウンタウンのターミナルまで来れば、車で迎えに来てくれるとのこと。
公衆電話のかけ方はバイブル『地球の歩き方』を読みながら。意外にすんなりつながりました。
こんなにトントン拍子で事が進むとは、これは間違いなく我々にフォローの風が吹いています。懐深い愛と慈悲なる自由の国、アメリカ合衆国が「WELCOME!」と言ってくれてます。
到着したのは5階建ての古びたアパートメントホテル。大通りのセブンス・アベニューからは一本横道に入った場所でした。
築何十年経っているでしょう。良く言えばレトロ。狭いロビーの建て付けや質素なソファーから、年季の入った格安ホテル感が漂ってます。
ホテルのオーナーは日系人老夫婦。車で迎えに来てくれた旦那さんは英語しか話せませんが、奥様のナンシーさんは流暢な日本語が話せました。小柄で品のいい親切な方でした。
ナンシーさんが案内してくれたのは、ツインルームの402号室。
電熱コンロの付いた小さなキッチン台、冷蔵庫、バス、トイレ、それにちょっとした調理器具と食器が揃って、ウィークリーで借りると1週間100ドル。3人で割れば1日あたりたった5ドル弱。
エキストラベッド(とは言ってもマットレス1枚)を入れると、広くはない部屋が余計に手狭になりましたが、贅沢は言えません。
ナンシーさんの人柄と、何と言ってもその安さに惹かれて即決しました。
部屋に案内してくれた時、操作方法を教えてくれたエレベーターは、蛇腹式鉄製扉を手で開け閉めして乗り込む年代物で、稼働する度にグォーンと大きな音を立てガタガタと揺れました。
ブランドンホテル、402号室。
ここが、この部屋が、イーグルスが『ホテル・カリフォルニア』の中で哀愁たっぷりに歌った、“きっと素敵な場所”(such a lovely place)になるはずです。
Welcome to the Hotel California
Such a lovely place
Such a lovely place
Such a lovely face
ハートフォードという通りの少し奥にあったのですが、今ストリートビューで調べてみても見当たりません。
ホテル名を検索しても何にも情報が引っ掛かってきません。おそらくインターネット時代が到来する前に閉業してしまったのでしょう。
ビューで見る限り廃屋も建ち並ぶようなエリアになってしまい、僕たちの“素敵な場所”は記憶の中にしか存在しない思い出の場所になってしまいましたが。
タイム ゴーズ バイ……
さてさて、薔薇色のアメリカ生活の始まり始まり。
心の中は夢と希望に満ち満ちていました。
ああ、
しかし……
喉元過ぎれば熱さを忘れる。
雨晴れて笠を忘る。
あの絶体絶命のピンチを迎えた時、あれだけ心から助けを乞うた神様に、その後感謝の気持ちを持たなかったことを後悔したのは、それからしばらく時間が経ってからのことでした。
神様はしっかりと僕たちを見ていらっしゃったのです。
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