純粋な狂気の産物…

とみき ウィズ

第1話




四郎と明石が隙間に手を入れて床板を持ち上げた。

ドライバーを差した反対側に隠された蝶番が付いていたのか、床板が幅1メートル、長さ1メートル程の跳ね上げ式の扉になっていた。

四郎と明石がゆっくりと床板を持ち上げて動かしてロッカーに立て掛けた。

真鈴が床に開いた空間を照らすと、床下に通じる梯子状の物を見つけた。


「床下があったか…かなり広そうだな。

 降りてみよう。」


四郎が真鈴からマグライトを受け取り梯子を下りて行った。


「四郎、どうなってる?」


俺は床下に降りた四郎に尋ねたが返事が無かった。


「四郎、どうしたの?

 私達も降りるわよ?」

「待て真鈴、お前と彩斗は降りるのは止めておいた方が良いかも知れぬの。

 …子供達も他の殺された動物たちも全部…ここにいるの…」

「はなちゃん、それなら尚更降りて確かめないと駄目じゃないのよ。」

「…そうか…覚悟して降りろよ。

 何かを見ても気をしっかり持て、自分を見失うなよじゃの。」


はなちゃんはそこまで言って沈黙した。


「判った、気を引き締めて降りるよ。

 彩斗、行こう。」


俺はマグライトをもう3本リュックから出して真鈴と明石に渡して残りの一本を点灯した。

順に梯子を下りてゆくと、地下には辛うじて立てるほどの背が低い天井だがかなり広い空間があった。

四郎は地下室の奥をマグライトで照らしたまま立ち尽くしていた。

俺達からは何か複雑に絡み合った様な物が見えたがそれが何かはよく判らなかった。


「四郎、返事しなさいよ、子供達の遺体があったの?」


真鈴が四郎の横に立ち部屋の奥を照らした。


「…何よこれ…何なのよこれ…何!何!…嫌!嫌ぁああああ!嫌だぁあああああ~!」


真鈴が四郎の横で絶叫し、しゃがみこんで頭を抱えてうずくまった。



俺は抱いているはなちゃんを下ろして、真鈴に近寄った。

真鈴は髪の毛を両手で掴み、ぐしゃぐしゃにしながら震えて嗚咽を漏らしていた。

俺と明石は四郎と並んで立ち、地下の奥にある『何か』をマグライトで照らした。

何やら白い…複雑な…小さい手が見えた…足も…そして、針金を頬に刺して無理やり口角を引き上げて異様な笑顔を浮かべさせられている………子供の顔………


角材や針金で繋ぎ合わされた、子供の、そして犬や猫や鳥などをちりばめた異様な複合体が…マグライトに照らされて地下室の一角を占めていた。

白く見えたのは腐敗や悪臭を封じるためなのか石灰の粉が大量に振りかけられていた。

全裸、もしくは申し訳程度の服の残骸を纏った子供達が、異様に醜悪に体を折り曲げ、引き伸ばされて…或いは男女の営みの卑猥で醜悪なパロディの様に組み合わされて…何か判らない異様なオブジェが…そこに…あった。


真鈴の様に泣き叫ぶ事が出来たらどんなに幸運だろうか。

嘔吐が出来たら嘔吐しても構わない。

しかし、それを見てしまった俺の心はそんな反応さえも許さないほどの、ショックというには遥かに生ぬるい失神する事さえ、いつもの思考暴走さえ許されない何かが俺の心を覆った。


「くそ…なんて事を…」


絶句して立ち尽くす四郎の横に立った明石が噛み締めた歯の中から言葉を押し出した。

何故だか地下は異様に寒く、俺達の息が白く、マグライトの光に浮かび上がっていた。


そして俺には更に違う風景が見えた。

10歳くらいの華奢な体を持った2人の子供が、曇りない瞳でその異様なオブジェを組み立てていた。

時々2人で声を交わし、口をへの字に曲げて考え込んだり相手が曲げた腕の角度に難癖をつけて曲げなおしたり、お互いに笑顔を交わして腕を軽く叩きあったり、2、3歩後ろに下がって全体を見直したり。

狂気…純粋に煮詰められた狂気を見せつけられた。

2人の子供は俺の方を向いた。

純真そのものの笑顔を俺に向けた。

恐らくあの子供はあの2匹の外道なんだろうと俺はぼんやりと感じた。

あの2匹の外道の心の姿は10歳程度の子供だと言うのか…


「ねぇ、彩斗はこの頭、どっちに向けた方が良いと思う?」


男の子が目を見開いて舌を限界まで引き出された少女の頭を掴んで力を込めてボキボキと音を立てながら右に左にと捻り上げていた。


「特別に彩斗に決めさせてやるよ。」


もう1人の男の子が笑顔を向けた。


「俺は…俺は…」


その時にはなちゃんの鋭い声が聞こえた。


「彩斗!闇に引き込まれているぞ!

 しっかりせい!」 


四郎が俺の前に立ち塞がり、俺の両腕を掴んだ。

ああ、びんたが来るな、と思った瞬間、四郎が俺を抱きしめた。

四郎は俺をぎゅっと抱きしめた。

そして、俺の耳に口を寄せて囁いた。


「大丈夫だ、彩斗。

 お前は大丈夫だ、戻って来い。

 彩斗、俺達がいるぞ。」


四郎が俺の体を抱きしめて俺の後頭部に手を当てて何かから守るように俺を抱きしめてくれた。

初めて俺の目から涙が溢れた。

俺は号泣しながら四郎の体にしがみついた。

涙を流しながら、声を上げながら四郎の体に必死にしがみついた。


「よしよし、それで良い。

 それで良いんだ彩斗。

 お前は戻った。

 もう大丈夫だ。」



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