Who killed Schneewittchen?

ウヅキサク

Who killed Schneewittchen?

 葬式の鐘が鳴り響く。悲嘆の声が地を覆う。

 白雪姫がこの世を去った。美貌の少女は消え失せた。ガラスの棺に収められ、死しても美貌は色褪せぬ。

 死に装束の胸元を、哀れに赤く血で汚し、口に微かな笑みを浮かべてガラスの棺で少女は眠る。

 ――白雪姫を殺したのは誰?


《継母》

 それはアタシ。真っ赤に熟れた毒リンゴで、アタシが白雪姫を殺したのさ。

 でもね、言い訳を一つだけ。

 アタシがあの子の身体を殺すよりずっと前から、あの子の心は殺されていたのさ。世界で一の美しさ、それは世界一の災厄すらも惹きつける。

 美貌に惑う愚か者。美貌を欲する愚か者。美貌に狂う愚か者。ああ、哀れなことにその愚か者には、あの子の実の父親すらも含まれていたのさ。

 その美しさ故狂気に絡め取られた可哀想な白雪姫。哀れで可愛い美の化身。森の中に住まうあの子に、アタシは毒リンゴを投げつけた。お前を取り巻くその災厄は、お前の美しさが招き寄せたものなのだと。

 ……あの子は死んで自由になった。ああ、そうさ。少なくとも、あの子は二度と苦しむことはない。あの子の死体に誰が何を語ろうと、何をしようと。たとえ誰が狂おうと。一つ、これだけは確かなこと。

 ――さて、アタシはそろそろ行かなくちゃ。白雪姫の葬式へ。そしてアタシは真っ赤に焼けた鉄の靴を履き踊るのさ。白雪姫を殺した罰。かけがえのない美を失わせたその罪のため。

 ああ、これは当然の報いなのさ。アタシにはこれくらい残酷なのが丁度いい。

 だって、アタシが白雪姫の美貌に嫉妬して、それが永遠にこの世から消えてしまえばいいと、そう望んだのは紛れもない事実なのだから!


《七人の小人達》

 わしらは森の中の白雪を連れ帰ったのさ。殺され、腹を割られたイノシシの子を前に、水晶のような涙を流していた美しい少女を。

 あの子はバラ色の指先を泥で汚し、イノシシの子を葬るための穴を一人で必死に掘っていた。

 わしらは白雪を家に連れ帰った。わしらが仕事をしている間、白雪は家を掃除し、洗濯をし、そして食事を作る。

 あんなに美しい少女が家で待っていると思えば、そりゃあ仕事も捗るってもんさ。あの子の美しさは、わしらの生活に潤いを与えてくれた。

 年端もいかぬ娘の時分であんなにも清く美しいのだから、時が経てばもっと美しく可憐な女へと成長したろうに。

 わしらが仕事から帰ってきたとき、あの子は机に伏して息絶えていた。

 まるで何かを求めるように、白く細い腕を窓に伸ばして。

 机に流れる絹の黒髪、青ざめた柔い頬、色褪せぬ赤い唇、固く閉じられた長い睫。

 命絶えたあの子の姿は、ああ、まるで作り物の人形の様な美しさだった。

 わしらはあの子の血を拭い、

 絹の寝間着を死に装束とし着せつけて、

 あの子を収める墓穴を掘った。

 知識のある者が牧師の役を名乗り出て、

 付き人の役を仰せつかり、

 暗い夜に松明を灯した。

 ああ、美しい白雪。憐れな白雪。

 あの子の可憐な笑顔が最早この世から消え去ってしまっただなんて。こんな悲劇があるだろうか?


《王》

 私の白雪。私の光。私の希望。私の可愛い小さな小鳥。

 私は今宵の葬式で喪主としてお前を悼む言葉を述べるが、白雪を失ったこの私の海より深い絶望と悲しみは、到底言葉では表しきれぬ。

 お前がいなくなって、私は全てを捨てても惜しくない思いでお前の所在を探し求めた。

 それがようやっと見つかったと思ったら、まさかあの女によって殺されていたなんて。

 私はお前を愛していた。何に変えても惜しくないほどに愛していた。可愛い娘。美しい白雪。この世で一番美しいひと。

 お前に持ち上がっていた隣国の王子との縁談も、本当は今すぐに握りつぶしてしまいたい気持ちだったのだよ。お前を他の男になど渡したくはなかった。私の掌の中で、更に美しく成長していく姿を永遠に慈しんでいたかった。

 白雪の身体は隣国へ行く。隣国の王子は死んでいても構わないと白雪と契り、我が国を支えることを約束してくれた。今宵の葬式が済んだ後に、白雪の身体は海を渡る。他所の男へ奪われる。

 ……ああ、確かに、私のこの愛は、父親から娘への愛としては少しばかり大きすぎるやもしれん。私は白雪を心の底から愛していた。美しく可憐なあの少女を。凡庸な容姿の前妻よりも。美しいが人を寄せ付けぬ今の妻よりも。

 ……私の愛に疚しい感情が交ざっていなかったかと……それは、確かに、私の愛が一片の混じりけもない純粋なものであったと、そう、言い切れはしないが、しかし、私の白雪への愛は本物だった。本物だったのだよ。

 ……お前を守ってやれなかった、愚かな父を許しておくれ……。


《狩人》

 おれはあの子を殺せなかった。

 悲嘆に暮れるか弱い子供。なんの罪科なく命を狙われ、長い睫の下から透明な涙を零す憐れな子供を、どうして殺すことが出来ようか。

 だからおれはイノシシの子を殺した。

 まるで神がこの子を生かそうとしているかのように、丁度現れた小さなイノシシ。きっとこれは、神の思し召しなのだ。

 だからおれはその場でイノシシの子を撃ち殺した。隣で姫が悲鳴を上げて顔を覆った。無理もない。年端もいかぬ少女なのだ。

 おれはイノシシの腹を割き肝を取った。

 これでもうあなたは安全だと、姫に告げた。

 姫は大きな目一杯に涙を溜めておれを見た。今まで見たどんな絵画より、どんな精巧な人形より美しかった。

 この美しい少女を生かすのは神の御意志。そう思った。そうに違いないと。

 美しいあなたは生きるべきなのだ。

 神はそれを望んでおられる。

 だからこのイノシシをこの場にお遣わしになったのだ。姫の身代わりとするために。

 白雪のために、この子は死んだの?

 姫は小さく囁いて、俺は勿論頷いた。

 美しい姫の身代わりとなれるなら、これも本望でございましょう。おれだって、あなたが生きるために死ぬなら本望だ。

 ……。

 ああ、しかし。

 白雪姫は棺に眠る。おれの担ぐ棺の中で。

 神よ。どうして姫の命をお奪いになったのですか。


《王子》

 私は棺覆いを運ぼう。

 彼女の死してなお失せぬ美貌が衆人に晒されぬよう。

 私の妻が、誰かの欲情をかき立てることが無いよう。

 かつての私が一目見た彼女に焦がれたように。

 絹の黒髪。雪の肌。幼くあどけない顔の中、どこか扇情的なほどに艶めかしい赤い唇。一目で心を奪われた。

 彼女の美貌を掌中に収めたい。

 そのためであれば、命を投げ出すことすら厭わないと誓った。

 彼女を愛し、彼女に愛されたかったのだ。だから友好的とは言えなかった彼の国を助け、手を取り合い、幾度も支援をおくり、そして縁談を取り付けた。

 彼女が森に追われた前の晩、初めて彼女と言葉を交した。

 口を尽くして彼女の美貌を褒め称え、語り尽くせぬ彼女への愛を語り尽くし、そしてどれだけ逢いたかったかを心を込めて彼女に伝えた。

 一目見たときに恋い焦がれたと。

 あなたと共に生きたいと望んだと。

 美しいあなたを一番近くで見つめる男でありたいと。

 あなたの隣に誰か他の男が並ぶなんて、考えたくもなかったと。

 私の愛は、彼女に届いていただろうか……。


《母》

 愛しい白雪。わたしの宝。この世で一番愛しい我が子。

 わたしの祈りのせいで、お前に要らぬ苦しみを与えてしまった。どうか母を許しておくれ。

 王族同士の結婚に愛などというものは望めない。だからこそ、お前には凡庸な容姿のわたしのように、辛酸をなめて欲しくはなかった。

 ああ、しかし美貌も過ぎれば災厄となるなんて! 周りを狂わせ災禍を引き寄せるだなんて! ただ幸せになって欲しかった。笑っていて欲しかった。わたしの願いはそれだけだったのに。

 憐れな白雪。愛し子よ。

 母は賛美歌を歌いましょう。どうか迷わずわたしの元へ来られるように。

 せめて死んだ後にも苦しむことが無いように。

 祈りを込めて歌いましょう。

 どうか。どうか。神様。

 死をもって、白雪が安らぎを得られますよう……。


《鏡》

 鐘の鳴り出す僅か前。

 小さな影が鏡に問う。

 ――鏡よ、鏡。……この国で一番美しいのはだあれ?

 女王様は美しい。しかし白雪姫はその千倍も美しい。

 ――義母さまはなぜ白雪を憎んだの?

 それは白雪姫の美しさ故。

 ――なぜ小人さんたちは白雪を助けてくれたの?

 それは白雪姫の美しさ故。

 ――なぜお父さまは変わってしまったの?

 それは白雪姫の美しさ故。

 ――なぜ狩人さんはイノシシを殺して白雪を助けてくれたの?

 それは白雪姫の美しさ故。

 ――それでは、なぜ王子は白雪を愛してくれたの?

 それは白雪姫の美しさ故。

 ――すべて、白雪の美しさゆえ。

 鏡は嘘を話さない。小さな影は目を伏せる。

 その手に握るは林檎の欠片。喉から飛び出た毒林檎。

 

 空を仰いで全ての人が、溜息ついたりすすり泣いたり。

 みんなが聞いた。鳴り出す鐘を。

 かわいそうな白雪姫のお葬式の鐘を。

 美貌の少女を弔う鐘を。


『鏡よ、鏡、白雪姫を殺したのは――……』

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