幸せを作る

位用

 

  「最高に幸せな人間って、どんな奴だと思う?」


 何の前触れもなく、神が天使達の前でそう言った。


 「あー、待って待って。そんなに真剣になって考えてもらうようなものでもないから」


 神は椅子に座り、話を始めた。

 「ほら、私たちってさ、全ての生物の管理が仕事じゃん?じゃあ、その中でいろんな“一番”を知りたいなって思ったわけ。私って全知全能だから、『強さ』とか、『賢さ』とかはすぐ分かったんだ。でも、『幸せ』だけどうしても一番が分からなくて。感情の問題だから、多分人間の中にいると思うんだけど……」


 天使達は初め、戸惑っていた。しかし、確かに個体によって基準の異なる『幸せ』の一番について、“知りたい”という思いが彼らの中で強くなっていった。


 「そこで、私の分かる情報からどうやったら『一番幸せな人間』を知れるか、君たちにも聞いてみたって訳さ。どうかな?ちょっとだけ考えてみてくれないかな」


 ある天使は、「もっとも欲を満たした者だ」と言った。

 別の天使は、「もっとも神に祈った者だ」と言った。

 また別の天使は、「もっとも偉大な発明をした者だ」と言った。


 「うーん、思ったより埒が明かないね。……君はどうかな、ウリエル」

 神は、最も聡明な天使、ウリエルに意見を出させた。


 「……そうですね、恐れながら『最も幸せな人間』を見つけ出すのは、如何に貴方様であっても不可能であると思います」

 「そうか……」

 「しかし、『最も幸せな人間』をはできるかと」

 「それは……どういうことだい?」

 「そうですね_____」


 彼女の出したその提案は、神が興に乗るのに充分なものだった。


 ☆


 男は、とある国の兵士だった。様々な戦争で優秀な戦果を収め、戦争が起きるたびに階級を上げていった。

 しかし、


 「あぁ……もう無理だな……」

 「おい!諦めんなよ!もう少しで医者のいるテントに着く!あと少し……あと少しだけ持ちこたえろ!」

 「いや……たとえ医者に見せることができても、冥福を祈られるだけさ……見ろ、心臓を貫通してウッ……ゴホッゥオェッエ……ははっ、血ィ吐いてやんの……」

 男の声が段々と小さくなっていっていることに、付き添いの男は耳を凝らすまでもなく気づいた。


 「おい……!もう喋んな!もうすぐ、もうすぐだから……」

 「あーあ、生まれたときから何かに怯えてばっかりの人生だったな……次生まれるときゃぁ、もっと平和な国で、幸せに暮らしたいもんだぜ……」

 そう言って、男は目を閉じた。

 「そんなこというなよ……!……×××……⁉おい!×××⁉おい、おい⁉」


 こうして、男は死に、一つの命が空に帰っていった。


 ☆


 その国は平和だった。この100年一度も戦争をしておらず、向こう100年は一度も戦争をしないであろう国だった。


 「はぁ、今日も誰とも話せなかったな……」

 その国に住むとある少年は、コミュニケーションを得意としなかった。そのことに特に理由は無い。ただ、人と話す方法が分からなかった。

 「みんなは週末に友達と映画を見に行ったり、キャンプにいったりするのに、僕は何の予定も無い」

 楽しくない人生だな、心の中でそう吐き捨てた。


 人と話すことが上手ければ、もっと幸せな人生を送れていたのだろうか。


 少年はその問いの答えを得ることが無いまま、大人になり、やがて老人になり、たった一人でその生涯を終えた。


 ☆


 日本のとある高校の何の変哲もない休み時間。彼はいつもの仲良し5人組で集まっていた。


 「えー、お前ボーリング来れないのかよ」

 「まじか……」

 「悪いな、弟の誕生日だから、一緒に遊園地に行こうって約束しちまったんだ」

 「ん……そうか、じゃあしょうがねえな」

 「××がいないとつまんねぇよ」


 彼の弟の誕生日は一か月前である。彼は嘘をついて、遊びを断ったのだ。

 別に、彼は行きたくなくて嘘をついたのではない。むしろ、クラスの中心人物たる社交性を持った彼にとって、ボーリングなど、行きたくない訳がなかった。

ただ、


 「お金が無いんだよなぁ」


 家が貧乏な訳でも無ければ、小遣いをもらっていない訳でも無い。しかし、趣味やお菓子など、自分のことに使うお金を優先させたい彼にとって、ボーリング代2500円は大金だった。


 「お金がたくさんあれば、もっと自分の好きなことも、友達と遊ぶこともできて幸せに暮らせるんだけどなぁ」

 「ん、何か言った?」

 「何でもないよ、そういえばさ______」


 誰にも聞こえない程度に呟いて、彼はまた他愛のない話に花を咲かせ始めた。


 ☆


 「はぁ……」

 「センパーイ、溜息なんて吐かないでくださいよ。いいんですか、幸せが死に物狂いで逃げていきますよ?」

 「なんで私の中の幸せは必死そうなの?」


 彼女の家は、その国でも有数の財閥だった。生まれた時から丁寧に甘やかされて育ち、お小遣いや進学、交友関係にも困ったことなどない。しかし、あくまで自分の力で幸せに生きたいと思い、大学卒業後に家を出て実家の財閥と全く関係ない企業に就職した。


 「でも、なーんか違うんだよなぁ」


 実家を出れば、テレビで見たような甘いラブストーリーや熱い友情物語が待っているものだと思っていた。しかし、現実はただ与えられた仕事をして、仕事が終われば家に帰って寝るだけ。休日になっても家で寝るだけで、素敵な恋人とのデートなんてしたことがない。思ったよりも辛くはないが、思ったような甘さのない、しょっぱい生活を送っている。


 「はー、どうやったら幸せに生きれるんだろうねぇ……」

 「どうしたんですか、またカルトにでもハマりましたか?」

 「ちがわい。“また”ってなんだよ、一回もハマってねえよ」

 「ってか、聞いてくださいよ~、うちの弟が大学辞めるって言いだしちゃって」

 「ほう、それはまたどうして?」

 「大学の友達と起業するんですって。大学卒業してからでもいいじゃんって言ったんですけど、『目標のためには早く行動しなきゃ』って。姉として応援したい気持ちもあるんですけどどうすればいいと思いま…………先輩?」


 目標!なるほど、私の人生に足りていなかったものはそれか!

 確かに、有名な漫画の主人公とかは何か大きな目標を持って主人公している。一方、私は何となく生まれ、何となく育てられ、何となく自分の力を信じ、何となく仕事をしている。おぉ、なんて情けない。そうだよ、目標を持とう!


 ……と、決意までは立派だったわけだが。


 「今年30だしなー…………」

 「弟の話してたのになんで急に自己紹介始めてんすか、頭大丈夫ですか?」


 始めるのに早いも遅いもないというけど、遅いと遅いなりに勇気がいる。少なくとも、今から何か目標を立てても、それに熱中できるかと聞かれればNOと答える。

 「目標は高く早く……」

 もし生まれ変わったらそれを意識して生きよう。


 彼女は心にそう決めて、後輩と共に仕事に戻っていった。


 ☆


 「今日CD何枚売れた?」

 「えーっと、14枚……かな」

 「はぁ、1か月ぶりに2桁か……」

 「……そうだな」


 彼はミュージシャンだった。小学生の頃にとあるバンドに憧れて音楽を始め、高校で出会った親友達と共にトリオでバンドを組んだ。


 「そろそろ俺たちも潮時かもな……」

 「何言ってんだよ、まだまだだろ。ほら、次の曲何だけどさ……」

 「××、お前は家が太いからずっと夢を追いかけ続けられるだろうけどさ、俺とこいつは必至にバイトして食っていってるんだよ」

 「もう組んで10年だぜ?なのにまだ俺たちが立てた目標を一つも達成してねぇ」


 年末の歌番組の出演やミリオンセラー。ライブハウスのライブ代もバイトや仕送り無しでは払えない今の彼らにとって、残酷という表現が似合う目標の数々が想起される。


 「叔父さんが会社やっててさ、仕事紹介してくれるんだって。わりぃ、俺はここまでだ」

 「おい……!」

 「ごめん、俺もやめる。今からでも大学に行ってやるさ。勉強はしてたんだ」

 「二人とも……、待てよ!なぁ!」

 「じゃあな」




 いつも3人で集まっていた彼の部屋には、もう彼しかいなくなっていた。

 「くそっ!あいつら、夢を捨てやがって……!見てろ、今に有名になってやる!」


 その半年後、路上ライブ中に突っ込んできた居眠り運転の車が彼の命を奪うまで、彼はミュージシャンであり続けていた。


 ☆


 「うーん、何故だ?」

 「どうかなさいましたか?」

 「おぉ、ウリエル!いいところに来たね」


 ウリエルが神に出した提案とは、『最も幸せな人間』を知れないのなら、作ってしまおうというものだった。


 まず、最近死んだ者を適当に選ぶ。誰でも良かったのだが、死の間際に幸せについて話していた者がいたので、そいつにした。その命をマークし、転生させる。

 そして、その命がまた空に帰って来たとき『最もその生涯で幸せになるために欲したもの』を持たせて再び転生させる。それを繰り返せば、理論上は『最も幸せな人間』に近づいていき、いつかそうなる。


 「はずだったんだけどさ……」

 「なるほど、確かにこの男の生涯は前の女の生涯と比べて幸せが大きくなった感じがしませんね」

 「ねー。うーん、いったい何が駄目だったんだろう。前追加した『目標』かな、でも、あの女の子は今までで一番いい感じだったんだよなぁ。それとも、今度は『才能』を追加すればうまくいくのかな。うーん、ウリエルはどう思う?」


 聡明な彼女には、今どうするのが最善なのかは考えついている。


 「申し訳ありません。私にも考えが及びません」

 「そっか……」

 しかし、彼女はその方法を神に伝えることはしなかった。

 「って、ごめん。ここに来た要件を聞いてなかったね」

 「えっと、この先の猛禽類の進化についての決定を……と思ったんですが、少し訂正をしてきます」


 彼女は思うのだった。『最も幸せな人間』に向けて試行錯誤する神は幸せそうであると。『最も幸せな人間』は分からないが、少なくとも、そうやって考えている時間は幸せな時間であると。


 わくわくを隠しきれていなかった神を背に、ウリエルはその場を去っていった。

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