カタリベ

泉花凜 IZUMI KARIN

カタリベ


 新宿区の学校には『カタリベ』の授業がある。

 

 週に一度、金曜日の六時限目に『カタリベ』を名乗る大人が来て、生徒たちにさまざまな物語を聞かせるのだ。小説だったり、童話だったり、絵本だったりと。


『カタリベ』の大人は、男もいれば女もいる。ただ、若い者はあまりおらず、中高年から高齢の者が多かった。


 新宿で最初に始まった『カタリベ』は、今では全国区の小中高の授業として広まりつつある。


 私は、一週間の学校生活が終わるその時間帯に、カタリベが来てくれるのを楽しみに待っていた。高校生にもなってカタリベを待ちわびるなど子どもっぽいと、他のみんなは笑っていたに違いないが。


カタリベは言った。


「物語は、人の心を救うイマジネーションなのです。

 物語なしに、悲しいことやつらいことが少なくないこの世の中を、人間が生き抜くことは不可能でしょう」


 周りは隠れて笑っていたが、この時の言葉は、大人になった私の心のコアを大きく形作らせた。




 新宿は、私が生まれ育った街だ。ここには何でもある。そしてここには何もない。人は流れ、入っては出ていき、形として残るものは新宿には有りはしない。


 私は廃校になった母校の跡地を眺めながら、子どもという存在をついに見かけなくなった地元の街の一角で、タバコを吸った。


 カタリベは、あれは、本当は…………。

 社会への、最後の抵抗だったのか。


 そんな考えをよぎらせながら、タバコをふかし、最近まっすぐ伸びなくなった背筋を空いてる手でさすった。




  完



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カタリベ 泉花凜 IZUMI KARIN @hana-hana5

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ