第一話 迷宮─2

《……にげて!》

「?、何!?」


 永久牢獄えいきゅうろうごく、城内。一人の少女は何処からか聴こえた囁きの一声に思考を奪われ戸惑いの言葉を上げる。



「何?っはこっちの……セリフッ!!」

 彼女の言葉に応えたのか、少女の後方から青白く光る弾子が中空に一線を描き飛来する。

「……ッ?」

 その光景に彼女は自身に放たれた物と驚き、身体をたじろかせ、土の地面に平衡感覚を失ったのか身を転倒させる。

 同時に、青白く光る弾子、光球は彼女の頭上を掠め取り高度を上げて飛び去る。

 彼女の想像を裏切る動きを見せた光球を女性は何だと見やり、それの行先を視線で捕らえた。


 彼女の眼前には四足歩行の生物、黒い毛皮の狼が今にも襲わんばかりに飛び出しており、その身を中空に投げあとは重力の儘に降り掛かる様に見える。

 だが獣の体はこちらに向かっては来ない、一拍をおき、獣の身体が静止したように彼女の視界は捉えた。

 よく見ると宙に投げられた獣の身体を光球が貫いている。



 獣の体がその儘、光球の速度に圧され、後面に突き飛ばされる。

 飛ばされた勢いで、血が。獣から噴き出た。鮮血が地面に座り込んだ彼女の頬を汚す。

 新鮮な血、鮮血故の生暖かい液体の感触が頬を伝い垂れる。獣の肉体は地面に落ちても飛ばされた勢いを僅かに残していて。

 ズシャリ、と音を立てながら肉は土の地面を滑った。

 そんな一部始終を見やる彼女はやっと自分の状況を察する。獣の脅威から助けられたのだと。



「……何やってんの?」


 不機嫌な声が彼女の耳に、この場に響き、咄嗟に立ち上がり後ろを振り返る。

 迷宮という空間は城内とは名ばかりで、青い空が広がっており頂点には陽の光を宿している。頂点から差し込まれる陽光が木々の隙間を通り、彼女の純白の髪に艶を彩らせ煌めきを反射させる。ポニーテールに纏めたそれが、振り返ると同時に柔らかく揺れた。


「ハァ……私は貴女の、用心棒じゃ無いんだけど?」

 振り返った方向からは、恐らく光弾を放って自分を助けたであろう人物、金の髪。それをツインテールの髪型にした女性が、眉間に皺を寄せた表情で歩いて向かって来ていた。

 金髪の彼女、その両手には身の丈程の大きな長杖が握られている。

「あ……ありが、とう…………」

 白髪の女性はそんな形相の彼女に震えた声色で感謝を口にした。

「……ッチ。ボーっとしないで、迷惑」

 彼女の気後れしたその様子に金髪の女性はより苛つきを覚え、紫色の虹彩を持った瞳で睨みをきかせ言葉を返した。


「ご…………。ごめ」


「ごめん!」

 男性の声。獣が飛ばされた方面の奥から白髪の少女の謝罪言を替わって言った様に、その声が聞こえる。

「そっちに行かなかった?」

 そう呟いて、木々の隙間から姿を見せたのは腰に特徴的な、野太刀を携えた一人の青年だった。

 彼は金髪の女性、トバリと呼んだその者を宥める様に優しい声で落ち着いてと言葉を掛ける。

「……エヴィ、さっきファングがこっちに来たんだけど」

 金髪の彼女、トバリは怒りの矛先を現れた男性に向けたのか、杖から片手を離し人差し指で地に落ちた獣の死体を指し示す、エヴィと名前を置くと同時に苦言を呈した。

「やっぱ来てたか……あ、でも、しっかりと殺れてるじゃん」

 矛先の盾と成った彼、エヴィはその怒りを受け流すように軽く答える。


「そうだけど……はぁ奥で何やってたの?そっち側の散策に向かったのあんた達でしょ」

「ん……あぁ、ちょっとそいつらダークファングに囲まれてさ対処している内に……。うん、匂い嗅ぎつけられたみたい……」


「はぁ?何やってんの?」

 エヴィの言葉にトバリはより怒りを露わにする。「じゃぁ、もっと攻めてくるって事?」

 ダークファングという魔物は群れで行動する生き物だ。

 それはダンジョンの中でも変わらずその習性は健在で。更に言えば迷宮の性質――侵入した者のみを襲う――上、魔物達の団結力が高い。

 外で見るどのファング共よりも群れの量・質は上位の物で厄介になる。

 トバリはそのことで彼を咎める。


「あ、いやそれ自体は大丈夫」

 エヴィがそう口にする。

「?……どうして」


「貴女のエヴィ様……?が殲滅してくれたから」

 怒りの入れ混じったトバリの疑問符に女性の声が答えた。

「かな?」

 エヴィはその女性の声に乗って答える。

「シュゼ……」

 木々の隙間。恐らくエヴィと同じ所を辿ったのであろう。茶髪。ウェーブのかかったミディアムショートの女がそこからは現れた。

「カーラは、大丈夫そうだね」

 トバリがシュゼと呼んだその女は足丈まである裾、先の部分が黒の生地で縫われた白衣を揺らし彼女らの下へ、足を向け歩いてくる。

「お疲れ、追加路はあった?」

 ゆっくりと向かってくる彼女に、エヴィは声を掛ける。

「ううん」

 そう喉を鳴らしシュゼは微細に頭を横に振り。

「なかった。多分ここからは一本道だと思う」

 エヴィの方が身長が高い故にシュゼは顔を上げてそう答えた。

 

「ねぇ?殲滅したって本当?」

 彼女らの会話に割って入る様にトバリは質問を投げ掛けた。

「嘘をついてどうするの?言ったじゃん、エヴィが殺ったって」

「正確には、シュゼンナも一緒にだけどね」

「私が住処を、エヴィが周辺のをって感じで」


「それなら……、いいんだけど」

 恐らく、シュゼの得意科目とする水薬ポーション、それで殲滅を可能にしたのだろう。そう辺りをつけたトバリは小さくため息を吐いた。


「あ、カーラの護衛ご苦労様」

 シュゼはそうトバリに言って白髪の女性に駆け足で歩み寄る。茶髪が柔らかく揺れる。

「……」

 シュゼの言葉に、トバリは何を思ったか眼をきつくさせ、歯を軋ませ鳴らした。

 小さな動作だった為に誰もトバリの積み上げた憤りに気付かない、地雷原が判り難いから気付く以前の問題でもあるのだが……、気付かなかったエヴィはシュゼに話を続けた。


「流石に巣に毒薬ぶち込むのやりすぎだったんじゃ?」

「まぁ、明日には完全に道変わってるし良いでしょ」

「てかさ」

 随分と脈絡のない口調でトバリはエヴィとシュゼの会話を区切り、割って入る。

「襲撃とかあったなら、シュゼとじゃなくて、私と組んだ方が良かったんじゃない?範囲指定型の魔術なら得意だし」


 迷宮内にいる彼らは現在、三つのチームに分かれて行動している。

 一つは最初からこちらにいた、トバリ・エクスロテイズと白髪の彼女。彼女らは、二つのチームの退路の確保の為、現在地に残っての振り分け。

 二つめがエヴィ、エヴィロア・オリンドラウンズとシュゼ、シュゼンナ・アーカーシャ。彼らはトバリと白髪の彼女から見て北側、つまりは迷宮の道が続く前側。彼らは道中の偵察の為の振り分けで。

 三つめはまだ帰ってきていないが男二人のチーム分けで、エヴィ達の反対側で行動してもらっている。


 現在このパーティは最大六人から形成される探索者チーム。彼らは大陸では名の通った魔術学園の生徒らで皆同じ学年、今回は学園が長期休暇中でそれの合間として迷宮の探索をしていた。


 トバリの若干、全容の見えない口調と、脈絡のない台詞にエヴィは疑問符を浮かべつつも軽く答える。

「?、まぁ……完全に襲撃は予定外だったから、仕方ないと思う」

 

「……そう」

 虫の悪そうな表情で彼女は返事を返す。

「……っていうか、今のチーム分け、バランスがいいからって事で決まった物だったじゃん。エヴィと私は後方支援と前線として、あの二人らは戦闘力的な面で、カーラは今日が初めてのパーティ加入だからその様子見として消去法的にトバリ……。今更、文句言われても困るよ」

 できるなら、私がカーラと行動したかった。白髪の女性の下に近づいたシュゼは続けてぼやく。

「……」

 前髪が垂れ下がりトバリの紫色の瞳を覆う。影ができて、彼女の睨んだ眼つきはその影に隠された。

 

 トバリの様子の変化に気付かないシュゼはトバリから視線を変え体の方向を白髪の彼女に向ける。

「ん、カーラ顔」

「?、あ、汚れて……」

 顔が血によって汚れている事を指摘され、白髪の女は自分の着こんでいる青色の中着の上から羽織った黒色のローブ、それの袖を握り顔を拭こうと腕を近づける。が咄嗟に腕を握られその動きは静止する羽目になった。

「あー待って待って……汚れちゃう」

 腕を握ったシュゼは、もう片方の手で自分の白衣それも黒の生地が縫われていない、本当にその恰好で森を探索していたのかと驚く程の清潔さを保ったその白い衣を握り、赤い血の付いた顔を優しく拭う。当たり前の様に、綺麗な彼女の白衣は赤い血の跡で汚れた。

 汚れを残した代わりに、綺麗になった彼女の顔を数秒見つめる。白髪の彼女は若干の羞恥を覚えシュゼから目を反らす。

「あ……ありがと」

 可愛らしい挙動。とでも言うべきか。シュゼにはそう感じる、笑みが溢れて抱きしめたいと言う欲求を我慢しないと行けない程に彼女は感じていた。衝動を抑え柔らかく頭を撫でる。

「うん、綺麗になった」



「……」

 苛つきを感じ始めているトバリを蚊帳の外に。彼女らは自分たち二人の世界――シュゼが一方的にの様に見えるが――を一瞬で構築し、その世界で楽しそうにする。


 腹立たしい。余り良くない感情が湧き上がる。


「ねぇ、さっきのって、私は護衛でしか無いってこと?」

 楽しそうな世界。それをよく無い感情で打ち付ける事によってトバリは破壊を試みた。若干くぐもった濁った声が場に広がる。

 言葉足らずな彼女の言葉は、先程からトバリが感じていた事だ。正確にはシュゼがトバリに軽く護衛ありがとうと言い放った時に強く抱いた怒りで、その感情はチーム分けの時と、白髪の女が魔物を前にして茫然と立ち尽くしてた時とで、段階を踏んで大きくなっている。

 

 「……なにが?」

 シュゼは脈絡のないトバリの言葉に疑問符と、彼女とのお喋りを邪魔された気の悪さを顔に浮かべ、トバリの質問を聞き返す。

「……私は、アンタらの御守りじゃないって話」

 (察しが悪い)。脳裏にそんな言葉を浮かばせた。

 

 「ん?だからなんの話?……ってかなんで不機嫌そうなの?…………。余り怒らせるような事したように思わないけど。ねぇカーラ」

 無理にでもカーラと喋りたいのかシュゼは優しく手を握り会話の終着点を白髪の彼女に置く。そんな言動が、トバリの逆鱗に触れてしまっているようで。

「ッ、そういうトコロだよ」

 口調を変えるまでに怒りを露わにさせてしまう。

「……二人ともやめなって」

 今までの経緯を流れで眺めていたエヴィは、空気の重さを感じて不味いと思ったのか仲裁に入る。

 

「?えっと。ん?なんで怒ってるの理由を聞きたいんだけど、急にどうしたの?」

「はぁ、なんで?カーラの事って分からない?……普通さ?」

 「訳が分からないんだけど」

 カーラ、白髪の女性の名が突然上がり、シュゼは咄嗟的にトバリの向けていた視線に居る彼女の手を握った、凄みの含まれた空気が場を支配し始める。

「ッチ……カーラ、アンタも一体何なの?子供みたいにさぁ……」


「だからカーラは、何もしてないと思うけど?」

「あんたは、子供の御守りでもしてるわけ?甘やかしすぎでしょ」

 カーラに圧を掛ける様に詰めて歩を進めて言う、中間には当たり前の様にシュゼが立つことでその歩みを止める。

「ち、ちが………………ぅ……。ごめん」

 歩みは止めたが圧は止められず。子供の或いは甘やかしている、されている、その言葉に反応した。カーラの体は一瞬ビクっと形容するような動きを見せて震える。顔はシュゼと話していた時とは打って変わって暗くなっており俯かせていた。

 煩い、そう溜息が出そうになるシュゼだが堪える。流石に怒りを見せている相手を前にそんな行動を見せたら怒りが酷くなり、状況の収集が難しくなりそうだ。それにカーラも心なしか怯えている様に見える。カーラはこう言った場面に弱い、自分が悪く言われる面が出る度に諦めた表情で受け入れる。

 

「ねぇ、一々カーラに当たるの辞めてくれない?」

 思わず言葉が漏れて、カーラを自分の身に寄せる。無意識の行動ではあったが不本意ではない。カーラの手を強く握る。

 

「……ッチ、お前も、カーラもほんとなんなの?」

 握る手が強くなる行動をトバリは見過ごさなかった。彼女の眼にはその行動は助けを求める様に映っている、物語に置き換えるなら自分が悪役でカーラがヒロイン。

 ならばシュゼは、ヒーローだろうか……。

 阿保らしい構図を幻視し彼女は怒りを深める、だが同時に頭に言葉を思い浮かばせた。

「カーラ、お前さ……」

 トバリは浮かばせたそれを制御しない、深めた憤怒の感情と嘲笑を交え、浮んだ儘に言い放つ。

「……妹の恋愛が叶わなかったからって、次はオトモダチと恋愛でもするわけ?」

 

「節操なさすぎでしょ」

 

 言い淀む事無く口にした煽り。それが迷宮の中を陰鬱と生い茂る木々を越して響き渡った。

 


「……はぁ?」

 怒りを露わにさせたトバリの煽りにシュゼは反応した。彼女シュゼの白衣に付いた獣血が蒸発を始めた。ゆっくりと跡が消えていき蒸発した血の薄い赤い霧がシュゼの怒気を現している様に見える。

 

 今まで、そう表面上だけは温厚そうにしていた彼女の姿が一変した。表情には影が立ち眼光は鋭利なものに変わる。胸倉を掴みかねない勢いでトバリに詰め寄る。 傍から見れば彼女をそのまま押し倒さんばかりの勢いだ。

「カーラが……何?もう一回言ってくれる?」

 爪を突き立てて彼女は、トバリの肩をガシリとシュゼは掴み、後ろにあった樹木に身体ごと思いのほか静かに押し付けた。だがその力は異様に強く、かなり根太いはずの大樹が大きく揺れた。手に持って居たトバリの杖はからりと音を立て手から離れる。

「ッ!……」

 

「ちょっ」

 その光景にエヴィが思わず声を漏らす。

「カーラの事……、今何て言った?」

 シュゼは声を漏らした彼に目をくれず、トバリを睨みつけている。

「お、い……」

 どうやら声は届いて無い様だ。

 

「ねぇ?もう一回言ってよ」

「……早くいえ」

 エヴィに一切意識を向けない彼女は圧を二つの意味でトバリにかけて、口調を変えトバリを脅す。その様子は暴力を振るっていないのにも関わらず拷問の様だった。

「……」

「黙るなよ……お前、あれの被害者にでもなりたかった?……いいよ、あいつらと同じにお前も殺してやるよ」

――パキリ、大樹の軋む音だろうか。

 何かが弾け悲鳴を上げた。そんなような音がトバリの耳に聞こえる。

「……はっ、やっぱりあれ、殺人だった訳……?…………。流石、かいきゅーの高い、貴族様ってところ、ね」

 痛みで声調が上擦りながらも、トバリは笑みを見せて答えた。

「減らず口が」

「……やってやるよ、人殺し」

 金の髪に隠れていた髪を頭の動きで取り払いトバリはシュゼの回答に睨み付けて返す。密着していると言っても良い程に近づいている彼女らの顔にはお互い影が生まれている、筈なのに、瞳だけは薄らと光が灯っており、その瞳で彼女らは互いを睨み合う。

「……」

「……」

 間をおいて二人は黙りこくる。

 一触即発、もうすでに触れている状態だがこの状況を説明するには程よい言葉だろう。

 後少しの舌戦ないし少しの動きを交えたら、きっと命の争奪が始まる。そんな勢いが二人の間占める……。


――ドンッ


 決して強くは無い。軽く鈍い打撃音が彼女達の頭上を発信源に鳴る。


 彼女らの真横には黒の長髪、それの一束をてっぺんに纏め、腰には長尺の、四尺刀と呼ばれる武器を携えた……男。

 エヴィロア・オリオンドラウンズが立っていた。

 彼の両手は手刀の形を取っていて、彼女らの頭上に落とし込んでいる。所謂、チョップと言うものをエヴィは少女らにかましていた。

 

「二人共、終わりだ」

 エヴィは彼女らになどと口を開くと地面に落ちている長杖を拾う。

「ここは迷宮内、分かるよな?言い争いも程々にしろ」

 拾い上げた彼は、態勢を上げて彼女らを咎める様にそう言葉を続ける。

「先に……喧嘩を売ってきたのは、貴方の許嫁様なんだけど」

 既に彼に目線が行っていたシュゼは、ゆっくりとトバリの肩から手を放して、彼の言葉に反応した。

「いや、お前は人の事が見えていなさすぎる、トバリもトバリだけど」

「……」

 名を当てられたトバリはいまだ、エヴィに視線を向ける事無く彼女の方をにらみ続けている。口は開いておらず口論に混じることも、自分のとがを弁明しようともしない。

「何それ」

 口を閉ざしている彼女の代わりにシュゼは彼との話を続けている。納得しきれていない声が耳に響く。

「はい。トバリ、杖」

「……」

「……。あと、一応言っとくけど」

 何も言わない、不機嫌そうな彼女にエヴィは言葉を掛けようとするが、

「……わかってる、頭に血が上っただけ」

 掛けようとしたが、言われようとした本人は分かっているとそう呟いて彼の言葉を聞かずして突っぱねる。

「……自分で言うんだそれ」

 トバリのやけくその駄々に彼は思わず突っ込んだ。彼の手に持っている長杖をトバリは受け取り、その長杖を地面に突き刺して自重を持ち上げた。


 

「…言いすぎて悪かった、ごめんなさい」

 受け取り、彼女は徐に立ち上がるとやけに素直な謝罪を口にした。

「ええぇ?……と」

 シュゼは脈絡も無い謝罪に一時の疑問を喘ぐ。少しだけ彼女の言葉を咀嚼する素振りを見せて、考える。

「いや……うん、受け取るけど…………。」

 だけれど、続けて彼女は考えた通りの言葉をトバリの謝罪に対して返した。

「その言葉は受け取るけど、許しはしないよ?」

 はっきりとした口調が良くトバリの耳に響く。

「それは……いや、それも、分かってる」

 キッパリと断られて、少し気劣るもトバリは仕方ないと思い直す。そして後ろを向いて「カーラも」と唖然としている少女の名を読んだ。


「?あぇ、えっと…」

 突然の状況に戸惑いの表情を浮かべていた彼女は突然名前を呼ばれて、間抜けな声が漏れる。

「……言い過ぎた、よ、だから、ごめん」

 ぼんやりと立ち尽くしているカーラに近づいて、若干気まずそうな震えた声調を響かせる。

「いや、そ…………の……いえ、私も余り、役には立っていなかったから……。この、口論も私が原因み、たいな……とこ…………ろ。いや、じゃなくて……」


「……」

 

「ごめんなさい」

 暫く無言の間が続いた後にカーラからの謝罪の言葉が飛んだ。

「いい、私の言い方が悪かったから」


「……」

 素直な謝罪を拒否したシュゼと、受け取って自分も謝ったカーラ……、対極な二人の反応にエヴィは若干苦笑いを浮かべた。(子供の御守りをしてるみたいな……)。

 口にはしなかったが彼の表情にはそんな感情が漏れ出ている。

 一件落着、今日日あまり聞かない言葉が彼の頭の中に思い浮かんだ。

 「はぁ」

 軽く溜息を吐く。

 今一、この件の原因がわからない……。多分カーラの言動にトバリがイラついてその怒りをシュゼが咎めたというのが全容になる筈なのだけど。


(そんなの誰かが我慢すれば良かっただけなのでは)


 エヴィは思考を巡らせる。例えば、カーラの行動をトバリが我慢すれば、例えば、トバリの苛つきをシュゼが無視すれば……。


「あぁ、いや……今探索が終わったよ」


 

 エヴィとはまた違った野太い男の声、探索が終わり都合よく現れたその男はこのパーティ内で比べたら大分短い髪を掻いて、彼の結論を出そうとした思考に歯止めを掛ける様な形で飛んできた。


 はぁ、ともう一度エヴィは溜息を吐き飛ばす。

(あいつ、見計らったな)

 声の主を眺めて思った。


 彼、彼らは後方、来た道の探索に行っていたグループに分けた者達だ。

(こんなに時間がかかる訳がない)。来た道の確認とはつまり何かトラブルがあった時用の逃げ道の確保に向かうと言う事だ。確認と安全確保に戦力的に問題がない筈なのだ。

 エヴィはそう辺りを付けて時間がかかった理由を考える。結論が出る、時間が掛かったのでは無い、多分、出るタイミングを見計らった。


「はぁ、ガレイン……趣味が悪いぞ」

 再度、溜息を吐いて、彼は呆れたように。

「あ……いや、その、ごめん」

 ガレインと呼んだ、呼ばれた彼は申し訳なさそうに、言葉を濁して、今日何度目かに聞いた仲間からの謝罪を発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

主人公が悪役に惚れるお話 モブキャラ @Mobukyara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ