エピローグ 177日目 この音が君に届く頃に。

 桜が頭上を舞い、ひらひらと散っていく。


 朝日に照らされた街。

 腕に持ったトロンボーンの重み。


 朝、道路を行き交う人たちのかすかな笑い声。

 公園の水道の蛇口から水が落ちる、ポタッという音。


 ――――押されている車いすの、コロコロという音。


「純恋、大学楽しみだな!」

「ちょっと、それ何回言う?」


 今、こうやって恋輝と話せていることさえ。


 0.3%の紛れもない奇跡だ。


 今、私の両足は動かない。

 トロンボーンは、今でも続けている。

 それも――恋輝と一緒に。


「いや、それにしても受験まで残り3ヶ月で志望校を音大に変えるとか、俺凄スゴすぎね?」

「はいは~い、すごいと思いますよ~」


 いつも通り適当に答えるけど、本当にそう思っている。


 私は高1の時から音大を志望していて、実技は大丈夫だったけど、勉強なんてほぼやっていなくて、3年間みっちりやってギリギリだったのに。


 もともと国立大学を志望してた恋輝は勉強なんて余裕だし、私が退院してすぐに吹奏楽部に入ったおかげで、トロンボーンもものすごく上手になった。


 今までサッカー部一筋だった恋輝が、突然吹奏楽部に転部したことに、同じクラスの人だけでなく、同じ学年、学校の人たちもものすごく驚いていた。




「純恋、付き合ってくれない?」


 あまりにも突然だった。


 通りすがったカップルをちらりと見てから、車いすを停めて、真正面から覗き込んでくる。


「もちろん」


 素直に答えられた。

 自然とこぼれていた。


 今思えば、あの時、あの場所で、私と恋輝が出会っていなかったら。

 もしかしたら、私はこの世界に居なかったかもしれない。


 何度、心の中で言っただろう。


 ねぇ、恋輝、ありがとうって。


 じゃあ、口に出したことってあったっけ?


 恋輝はいつも私の車いすを押してくれたり、いつも気にかけてくれたりしているのに、私は面と向かって、きちんとお礼を言った?


「恋輝」

「ん? どした?」

「ありがとう!」


 私の不意打ちにびっくりしたのか、ヒュッと恋輝が息を吸う。


 その音を聞いて、私はあることを思い当たった。


 一つのトロンボーンを預けて、膝の上で取り出したのは、恋輝のトロンボーン。


 あの時の、返させてもらうから。


 マウスピースをつけて、口に当てる。


 恋輝はさらに驚いて、後ろにあとずさる。


「聴いててねっ?」


 そう言ってから――私は、息を吸った。


 ボー……




 何回聴いたことだろう。

 何回聴かせてもらったことだろう。


 この曲が、これからもずっと、受け継がれていくように。


 この音が君に届く頃に、君がここに居るという奇跡を知っているから。


 私も今、自信をもって、君に向かって、まっすぐ吹くことができるんだよ。


 君がこの曲を吹いた時、

 きっと私がこの世界にいるかいないか、なんて考えながら不安に思っていたと思う。


 それでも、最後まで吹き続けてくれた恋輝が大好きだよ。




 ねぇ、恋輝、ありがとう。


 紅くなる恋輝を盗み見ながら、もう一度深く、そう思った。


                            ~Finish~




 ☆エピローグを読んでくださった皆様へ☆


 この度は、「この音が君に届く頃に。」を最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました!


 他の作品の筆が進まなくなった時、この物語を思いつきました。


 本当に思い付きで書いたものなので、皆さんからご要望があれば何なりとお申し付けください!


 少しでも楽しい、面白いと思って頂けた場合は、♡、コメント、☆、コメント付きレビューなどをよろしくお願いします!


 これからも執筆活動頑張ります。


 よろしくお願いします!

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この音が君に届く頃に。 こよい はるか @attihotti

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