幼年ひらめき雇用制度

水上透明

幼年ひらめき雇用制度

「あの調味料のふたの形はよかったね。」

「あの記号は矢印に次ぐハンヨウセイだと思うな。」

今は休み時間。みんなして雑談する。自販機のココア片手に。

 時代今、コンピュータと一体となって頭脳労働する時代。

創作がはんらんし、より新鮮で柔軟、斬新なアイディアを求める時代。

小学校は、‘幼年ひらめき舎’という雇用ガッコウになった。

保育所の内に文字と言葉を覚えるようになって、

「文字と言葉を覚えたら、表現を提供してください。」そう、ガッコウに入学するなり上司であるセンセイにいわれた。

企画、立案、デザインのひらめきの部分を頭の柔らかい若いひとがつとめて、お給料が出る。

そのお給料から国の将来保証税というものをはらうって形で、少子高齢化で年金制度が破綻するっていう危機を回避したらしい。

よくわからないけど。

ちょっと前までは、年金がもらえなくなるって大人があわててた。

 始業ベルが鳴って、ココアの缶を捨てる。そしてコンピュータ仕立てのキョウシツへ。みんなキョウシツの中央に立つ円筒のコンピュータのまわりを囲むイスに座り、コンピュータにつながったヘルメットをかぶって始業する。

あの催し物はどうしたら成功するかだの、この商品のデザインはどうすれば売れるものになるかだの、コンピュータの表示する案件を見つつ、考え、ひらめく。それはみんなに共有され、どの案がいいとか、それはこうしたほうがもっといいとか、意見がでる。そうこうしていると、コンピュータのAIが要領よく審査をして採用するひらめきを決めていくっていう流れ作業だ。

それが今のぼくら一般9才の毎日。

でも不登校生がひとりいるんだ。

みんなはもうお給料がもらえてうれしくて通うのが普通なのに。

ぼくは今日の帰りに公園でスケボーしているその不登校生の子と偶然あった。

「きみも来ればいいのに。」

「ふん、給料だって、子供だからって大人よりもずっと少ないもんなんだぜ。それで国のお金をなんとかできてるってすんぽうだろ。

労働基準法違反だって、子供には訴える知識も力も無い。要は国は無知をかせぎにしてんだよ。」

ぼくはぽかんと聞いていた。

「なんで大人のお父さんやお母さんはぼくらにそのことを何も言わないの?」

「大人は、将来の自分の年金ためって、子供に黙ってるのさ。」

その子はため息をついてつけたした。

「大人じゃ常識だ。」

「僕には新しい。」

「それを知るってゆうんだよ、バーカ!」

「君はなんでそんなこと知っているの?」

「じいちゃんに聞いた。今のガッコウに反対する運動をしてろうやにいれられた。言論の自由の侵害だ。」

ぼくはぞっとした。

「そんなことが許されるの?」

「そーゆーシャカイなんだよ。」

ぼくはその子の話が信じられなかった。

「しんじられない。」

「オレ、じーちゃんと一緒に運動していた友達のじいちゃんで、タイホから逃れてホームレスしてるひと、知ってる。オレ、友達だぜ。会ってみろよ、連れてく。」

その子が、公園のはしへ僕をひっぱっていく。ガッコウのセンセイが、近づかないように、と、厳しく言っていたテント街のほう。

ぼくはちゅうちょしたけど、その子はおかまいなし。

「トモじいいるー?」その子はぶっきらぼうに呼ぶ。

「おー、のぶか。」スケボーのその子はのぶという。

すりきれた黒のレインジャンバーを着た、無精ひげのおじいさんがひとつのテントから出てきた。

「なんかー、歩く無知のような同級生がいるんだけどー、みてると頭にくるから-、言ってくれる?ひとことふたこと。」

「うん?のぶ、はっはっは、またガッコウさぼったか。」

おじいさんが僕のほうをちらりと見る。

「それで、君はガッコウに行っているんだな。」

「はい。」

「お友達と楽しくやれているかい?」

「とんでもない、‘ドウリョウ’です。ドウリョウとはコンピュータとのつながりで、シゴトを一緒にこなして、まじめにやってます。」

「ふうん、味気ないもんだな。おれの時代といったら、ゲームやマンガ、テレビの話しをしあったり、サッカーしたり、一緒に楽しい時間をすごしたもんさ。」

ぼくはちょっとうらやましくなって、「ぼく、知ってます。ゆとり教育時代というものですね。」とやや、やっかんで言った。

「ゆとり教育でも基礎の勉強の時間はちゃんととられてあったさ。

ところでまじめなシゴトくんは、そのドウリョウとけんかもしないのかい?」

「意見がぶつかって、雰囲気が怒りっぽくなることはあります。」

「どうするんだい?」

「そのまま、きまずくなったまま、次のシゴト。」

「よくない、よくないなあ。ちゃんとぶつかって、相手のこと自分のこと考え合って、仲直りまでできなきゃ。人間関係色々やって、それで成長するもんだ人間の中身が。」

「じゃあぼく、大人になっても中身は子供のまま?」

「知識もな。」のぶが容赦なく付け加える。

「だから今のガッコウは・・・。おれの時代は社会科で、世間、世界、制度、歴史を学んだもんだ。社会を担う大人の人間になるための勉強。」

はああ、とおじいさんが憂いげにためいきをつく。

「まず、人権無視の制度を認めた法が問題だ。法とはなんである。社会というものが成り立つためのものさ。法の善し悪しで社会は決まる。そのもとに生きる人間の考え方も変化する。今のシャカイはだめだ。人権無視さくしゅ詐欺師だ。」

「そんなこと、今まで知らなかった。ひらめきとは違うね、おじいさんからでてくる考えのそれ、なんていうの?」

「年長の知恵っていうのさ。」

「年長の知恵。」

「でもイマのシャカイでの年長の扱いはひどいもんさ、知恵や知識はコンピュータに保存したから、おれらはまだ働けるっていうのに定期がきたら、「あなたは頭がカタくなりました。」でゴミのようにポイと解雇。そして最低限生活できる年金あげてくらせればいいでしょってシャカイだ。

人生まだどれだけあるっていうんだ。

何して生きていろっていうんだ。

イマのシャカイは人間性を考えていない。

なあ、君、コンピュータにつながれて、プラスチック(無機質)な思考ばかりになったら人間性社会が死ぬ。プラス・チック(的)な思考で生きる人間になれよ。なんでもできる。所詮、楽しんだり落ちこんだりと感情のある、ヒト科の動物なんだ。無機質シャカイに殺されるんじゃないぞ。」

ぼくはカミナリが落ちたように、おじいさんの言った言葉に感電した。

「ぼく、しらないことばかりだ。」

のぶがにやりとわらう。「それでもおまえ、ガッコウ行くかい?」

「うん!」ぼくは言った。

今度はのぶのほうがぽかんとする。

そして次の日、今度はぼくがのぶをひっぱって、ガッコウへ行く。

1時間目のシゴトで、のぶにもヘルメットをかぶせてコンピュータにつなぎ、ぼくもつながる。

ぼくらの思考がドウリョウのみんなに共有される。

ぼくと同じように、事実を知ったみんなはぽかんとする。

そのみんなの前で、僕は提案した。

「年長者の知恵による考察で意見をだしてもらう、年長知恵だし再雇用制度を提案します。」

ぽかんとしていたみんなはざわつきはじめる。「ぼくたちのしらないことばかり。」「昔はそれを‘学校’でまなんだんだ。」「イマのガッコウはどれい労働みたいだ。」「大人はずるい。」「だから法律って教えてくれないの?そもそもイマの法律って・・・」

「「ぼくたち、わたしたちの勉強時間を返して!」」

最後には大混乱になった。

コンピュータのAIの審査速度が今までに無いくらい遅くなる。

センセイ、おろおろする。

「みなさん、落ち着いて、落ち着いて!冷静な思考で!」

ピーーーーーーー

コンピュータはエラー音を出して、AIは審査結果をだした。

「このままでは無知な大人社会となり、どのみち社会運営が破綻すると予測されます。

年長知恵だし再雇用制度、サイヨウ。」

ぼくの提案は採用された。

AIに年長者の考察も必要だと認められた。

そうして、僕たちに学校時間が帰ってきた。

ひらめき労働は‘総合的な時間’として、ちょこっとのこったけど。

今までまじめに働いて税金おさめてきたのに年金もらえないなんていうことになったら大人がかわいそうだし、いいかなって思った。

「のぶ、放課後サッカーしよう。」

「おう!あ、そういやオレのじいちゃん釈放された。運動一緒にやっていた人たちも。トモじいと再会してさっそく労働組合立ち上げるって。」

「労働組合?」

「まだまだ無知だなーおまえ。」

「まだ労働についてのページまで勉強すすんでないもん。これからだよ。のぶは無知をばかにしすぎんな。」

「はは、悪い。悪い。これからだな。これから。」

そう、知識があればひらめきの幅も広がるし、ぼくらはこれから、そうやって大人になってゆくはず。

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幼年ひらめき雇用制度 水上透明 @tohruakira_minakami

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