宇宙の墓場同好会
春木みすず
宇宙の墓場同好会
「あ……死にたいかも」
春も深まったある金曜日の夜、私——天野満宵(あまのまよい)はふとそう思った。
世間一般では違うかもしれないが、私にとって、死にたいという感情はさほど珍しいものではない。子供の頃からずっと、心の中にその感情は確かに存在していた。
嫌なことがあった時だけでなく、真っ赤な夕焼けを見た時や、ずぶ濡れで死んだ子猫を見つけた時、その感情は不意に訪れた。だが、それは実行に移すほど強く私を揺さぶることは一回も無かった。言うなれば、「一億円欲しい」と思うのと同じような感じだ。例えが合っているか分からないが。
しかし今回に限っては、私はこれまでに無い程揺さぶられていた。
『満宵って、俺のこと、愛してないでしょ』
久しぶりに会った恋人の駿斗(はやと)は、そう言って私と別れたいと言った。私はそれを了承して二年ほどの付き合いを終え、私たちはただの他人同士に戻った。
▽
彼とは大学のサークルで出会った。一緒に活動することの多いメンバーだったので、二人で飲みに行くくらいの関係性になるのにそう時間はかからなかった。
元々人の感情に疎い私が、彼から好意を持たれていることに気づいたのは、彼が二人で花火を見たいと誘ってきたことがきっかけだった。
『花火、見たいって言ってたよね』
『……よく覚えてたね』
『だって、満宵のことだもん』
顔を赤らめてそう言う彼を見て、私はようやく駿斗の気持ちを悟った。
正直、迷いはあった。何故なら、私は子供の時から、他の人間とは違ったから。
同年代の友人が話しているアイドルグループに全く興味が持てず、ドラマも見る気がしない。将来の夢も特にない。喜怒哀楽がかなり希薄で、映画を観て泣いたことも一回もない。
だから、周囲との違和感に気づかれないよう、普通の人の行動を真似して、いつもその時々で『望まれた自分』を演じていた。
『……どうしよう……』
違うという自覚があったからこそ、不安だったのだ。彼を愛することができるのか、それとも、今まで通り私は空虚なままなのか。
そしてそれ以上に、私の空虚さを、彼に知られるのが怖かった。
でも、花火大会で告白された時、私は結局OKしてしまった。
『満宵は、自分の世界を持っているところが凄いと思う』
そう言ってくれたこの人なら、私を理解してくれるんじゃないかと思ったからだ。
でも、どうやらあの時の私の決断は失敗だったらしい。
学生時代は、まだなんとかなっていた。時間もあったし、互いの心の余裕もあった。
時々、私がスマホばかり見て彼を怒らせてしまったり、彼の眼鏡が変わったことに気づけなくてがっかりさせてしまったりということはあったが。
しかし、働き始めると状況は変わった。コロナ禍真っ只中に、別々の職場で働く私たちは、ほぼ会うことができなくなった。
彼の仕事は高校教師。最もコロナが恐れられる職場と言っても過言ではない。一緒に遊びに行くなんてことは感染リスクを考えると難しかった。
電話も、勤務時間が合わなくてなかなかできなかった。彼の仕事が立て込んでいて時間が取れないこともあった。
私が電話する日ということをうっかり忘れて彼を怒らせてしまってから、電話をしても、交わす言葉はどこか棘が混じるようになった。
冷たい言葉にどう返せばいいか分からず、気づけば彼の連絡に返信しないまま寝落ち、なんてことも珍しくはなかった。
▽
大人しく別れ話を了承したのは、彼の言葉に全く反論できないことに気づいたからだ。
互いに、終わりを感じていたのだと思う。この結果は至極当然のことだろう。
ただ、自分の心をいくら顧みても、別れたことに対する悲しみがひとかけらも見つからなかったことが、酷く私を動揺させた。
やっぱり私は最初から、彼を愛してなどいなかったのかもしれない。
「私、恋愛、向いてないんだな……」
生まれて約二十三年、働き始めて約一年。そんなれっきとした大人になってから、私はようやくそう悟った。そしてその現実は、私をかつてなく厭世的にさせた。
陰鬱な気分のままネットの海に沈んでいた私は、気づけばおかしなサイトを開いていた。
「宇宙の墓場同好会……?」
サイトのトップには、そんな文字が浮かんでいた。最初は、ありきたりな宗教系のサイトにうっかり入ってしまったとばかり思っていた。宇宙のパワーがどうとか言うソッチ系の話を時々耳にすることがある。しかし、トップ画面に連なる文字は思わず目を疑うようなものだった。
『文字通り宇宙を墓場にしたい、変わり者たちが集まる同好会です。入会条件は「死ぬときには宇宙で死にたい」と考えていること。あなたは、宇宙のどこで死にたいですか』
私は何度かその文章を読み直した。宇宙で、死にたい? 何を言っているのだろうか。頭の中に「?」がぐるぐると回る。
現実的に、そんな事できる訳がないだろう。ロケットを打ち上げるのに、何十億円かかると思っているのか。それに、死に場所として宇宙を選ぶなんて話、聞いたことがない。
でも、少しだけ——ほんの少しだけ、私は興味を惹かれた。サイトを読み進めていくと、何と明日土曜日の夜に、一ヶ月に一度のオンライン会議があるらしい。会議参加フォームへのURLを見つけると、私は半ば無意識にそれをクリックしていた。
正直、まだ怪しいとは思っていた。新手の詐欺の勧誘かもしれない。それでも参加を決めたのは、かつてなく投げやりな気分になっていたせいもあるが、オンライン会議だから何かあればすぐに通話を切ればいいだろうと考えていたからだ。それに、こんな気分を抱えたまま週明けを迎えてしまったら、仕事になりそうにない。
フォームにメールアドレスとニックネームを入力し、送信した。会議では簡単なアイスブレイクの後、少人数のグループに分かれて「自分の死にたい場所」を言い合うらしい。
宇宙のどこで死にたいか、考えておかないとな、と私は思った。
宇宙と聞いて、思い浮かべるものは人それぞれだろう。恒星や銀河などの天体、月面有人探査、ふたご座流星群、巨大ブラックホールなんてのもある。太古の昔から人類は宇宙を調べてきたが、その全容は未だ掴めていない。
私にとっての宇宙とは、子供の頃に見た星空だった。父に望遠鏡を持たされ、よく星の良く見える場所にキャンプに行ったものだ。満月の日には、月の表面のクレーターを望遠鏡で見て、一つ一つ名前を教わった。
父は、あの冷たく荒涼とした風景の一体どこが面白かったのだろうか。私には、まるで分からなかった。私がそう訊くと、父はいつも困ったように笑った。
▽
「こんばんは。良い夜ですね」
オンライン会議が始まると、「会長」というハンドルネームの人が最初に挨拶をした。会議は全員顔出しをせず、声のみでやり取りを行うようだ。思ったより参加者が多くて、私はちょっと怖くなってきていた。
「今夜は初めての方もいらっしゃるので、簡単に自己紹介を。私はこの同好会の会長をしている者です」
会長の声は中性的で、全くと言っていい程特徴が無かった。澄んだ美しい声なのに、明日になったらどんな声だったか忘れてしまいそうだ。
その後は会長が雑談を交えながらこの同好会の概要を説明し、少し場が和んだところで、四~五人にグループ分けされた。どうやら、ブレイクアウトルームという機能を使って参加者を少人数のグループに分けるようだ。
「ブレイクアウトルームに入ったら、簡単に自己紹介をしてから、『希望の死に場所』について順番にお話しください。自分の悩みや苦しみを吐き出してもいいですし、荒唐無稽な夢想を語っても構いません。ルールは二つだけ、相手を否定しないことと、相手の話を遮らないことです。それでは、浪漫溢れる死の世界をどうぞお楽しみください」
会長のその言葉を最後に、私はブレイクアウトルームに移動させられた。
私のグループは全員で四人のようだった。名前を確認すると、私の他には「えむ」、「saisei」、「恒」。誰が最初に声を出すか、探るような気まずい空気が一瞬流れる。
「こんばんは、saisei(さいせい)と申します。某メーカーで、中間管理職をやっております。この中だと……マヨイさんは、初めてのご参加ですか」
最初に聞こえたのは、年配の男性と思しき落ち着いた声だった。突然話しかけられ、私は上ずった声で返事をした。
「は、はい! マヨイと申します。仕事は事務職です。今回が初参加で、ええと、よく分からないことも多いのですが……よろしくお願いします」
「ふうん、新顔と当たるなんて珍しいね~。あたしはえむ、仕事はインフルエンサー。よろしく」
私の拙い挨拶にそう返してきたのは、女性の声だった。年齢はよく分からないが、私よりは上かもしれない。
「後は、恒(ひさし)くんかな」saiseiはそう促すように言った。
だいぶ間が空いてから、少年のように高い男性の声がぼそぼそと聞こえてきた。
「恒です。マヨイさん、よろしく、お願いします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
私はとりあえず挨拶を返す。
「それでは、自己紹介もしたことですし……ぼちぼち話していきましょうか。とは言っても、私は前回と変わらないですけど」
「あたしは変えてきた! 今回の死に場所も、なかなかイケてると思う」
「それは楽しみですねえ。恒くんは、前回は死に場所が上手く思いつかなかったと言っていましたが、今日はどうですか」
「……考えてきました」
「お! 恒も死に場所決めたの。じゃあ、後で発表してね」
私を置き去りにして、異様な会話がグループ内で展開されていく。どうやら、私以外の三人はそれなりに面識があるらしい。年長のsaiseiが、グループを仕切っているようだ。知っている人がいない心細さもあって、私は参加したことを後悔し始めていた。
「マヨイさんは、死に場所は決まっていますか?」
またsaiseiから話を振られ、私は場の雰囲気に圧倒されながらも口を開いた。
「まあ、一応は……。でも、希望の死に場所について話すっていうのが、ちょっと良く分からないので、最初は皆さんのお話を聞けたらなと……」
「そうですよね。分かりました」
「じゃあ、saiseiから話せば? 慣れてるじゃん」
「確かに、えむさんの言う通りですね。それでは私の方から、お話をさせてもらいます」
そう言って、彼はコホンと一回咳払いをし、落ち着いたトーンで話し始めた。
「私の希望の死に場所は、木星です」
▽
私の希望の死に場所は木星です。理由は二つあります。
一つ目の理由は至極単純で、木星が大好きだからです。
木星は、太陽系の第五惑星で、最大の惑星でもあります。木星は水素やヘリウムなどのガスを主成分とする巨大ガス惑星で、厚さ三千キロもあるアンモニアの雲に覆われています。この雲が、特徴的な縞模様を作っています。
また、猛烈なスピードで回転しているため、東西方向に時速五百キロ以上の強風が吹き荒れています。特に、『大赤班』と呼ばれる楕円形の渦は、三百五十年以上前から存在しているとも言われる、強烈な台風です。個人的には、この美しい大赤班に飛び込んで死ぬのが理想ですね。
もう一つの理由は、地球を見守りたいからです。
木星は強烈な重力を持つため、周囲の天体を引きつけています。実は、地球に近い小天体を引き寄せ、危険を取り除いてくれる、と言う説もあるんですよ。
私はそんな木星の一部になって、地球に隕石が落ちないよう、未来永劫見守っていたいんです。私の子供も、その子供も安全でいられるようにね。
以上で、私の話は終わりです。
▽
彼が話し終えると、えむと恒がパチパチと拍手をした。私もならって拍手をする。
大赤班を綺麗だと言う人は珍しくないと思うが、そこで死にたいという人は初めて見た。
「やっぱりsaiseiは木星かー。『見守りたい』ってすごいよね、私は地球なんて別に滅んでもいいと思っちゃうから」
えむが軽くそう言ったので私はヒヤヒヤしたが、saiseiは特に気にしていないようだった。
「えむさんは、あまり人間がお好きではないですものね。考え方は人それぞれですよ」
「そーね、人間は嫌い。あたしはその人間に食わせてもらってるわけだけど」
私は何か言った方がいいのか悩んだが、恒も特に反応しなかったので、そのまま黙っていた。
「じゃあ、次はあたしが話すわ」
彼女はそう言って話し始めた。
「あたしの希望の死に場所は、ブラックホール!」
▽
あたしの希望の死に場所はブラックホール! 前は宇宙の果てだったんだけど、最近変えたんだ。なんか宇宙の果てって無いかもしれないって、saiseiさんに聞いたし。
あたしには難しい事はよくわかんないけど、ブラックホールはすごく重くて、星が死んだときにできるものらしい。重力が強すぎて、光も出てこれなくなっちゃうから、真っ黒な穴みたいになってて、目では見えないんだって。
でね、なんでブラックホールにしたかって言うと……ブラックホールで死ねば、あたしが死んだことは絶対誰にも知られないから。
つい最近ネットニュースで知ったんだけど、ブラックホールの中に入った情報っていうのは、綺麗さっぱり吸い込まれて、外には出てこないんだって。だから、あたしがブラックホールの中で死ぬことができれば、あたしが死んだっていう情報は誰にも伝わらない。
いつもインフルエンサーとして、情報を発信ばかりしてるあたしだけど……訃報みたいな、見たら気分が落ち込む情報は伝わってほしくないんだ。単なるワガママだけどね。
あたしの話はこれで終わり。
▽
彼女の話が終わると、皆は再び拍手した。saiseiは興奮したように感想を言い出した。
「ブラックホールは浪漫ありますよね~! さっきえむさんが言っていたのはブラックホール情報パラドックスというものですが、こういった未解決問題がブラックホールにはたくさんありまして……」
「ちょっと、難しい話やめてくれる? 宇宙の話になるとすぐアツくなるよね、saisei」
「おっと失敬。つい癖が出てしまいました。部下にもよくウザがられてしまうんですよね」
「そうなんだ~。あたしは上司の愚痴とか聞くよりは、宇宙の難しい話の方がまだマシかな。……いや、そんな変わらないかも」
えむがフォローしているのかしていないのか分からない発言をする。私は慌ててフォローを入れた。
「私は好きですよ、宇宙の話」
「本当ですか? ああ、マヨイさんが部下ならいいのに……」
saiseiさんは哀れっぽい声を出した。何かと苦労している人のようだ。
「じゃあ、次は恒かな。話せる?」
仕事のことでナーバスな気分になっているsaiseiの代わりに、えむがそう訊いた。
「……はい」 ザザっという雑音の後、小さな高い声が返事をした。
「僕の希望の死に場所は、宇宙人のいる惑星です」
▽
僕の希望の死に場所は、宇宙人のいる惑星です。理由は一つです。
宇宙人だったら、僕を受け入れてくれるかもしれないからです。
僕は学校でいじめられました。おどおどしてて、気持ち悪いって言われました。あと、くさいって。
多分、僕は皆とは何かが違うから、人間には受け入れてもらえないんだと思います。
でも、宇宙は大きくて、宇宙が生まれてから途方もない時間が経った今でも、まだ地球に届いてない光もあるくらい、すごく広いから。
この宇宙のどこかには、きっと僕を受け入れてくれる宇宙人がいると思います。
だから、僕はそこで宇宙人と幸せに暮らしてから、幸せに死にたいです。
僕の話はこれだけです。
▽
恒の話が終わると、場には重い沈黙が流れた。拍手も起きない。
私は半ばこういう事態を想定していた。死に場所として宇宙を選ぶ理由は、ポジティブなものだけとは限らない。しかし、それでも私は心がきりりと痛んだ。何でもないように淡々と話すふりをしていても、彼の高く細い声は時折震えていたからだ。
彼とたまたま出会った大人三人は、掛ける言葉を探すしかなかった。
「……話してくれてありがとう。辛い思いをしたんだね」saiseiは重々しく言った。
「そうだったの。気にすんな……とは言えないや」えむは戸惑ったように言った。
「同情なら、しなくていいです」恒の声は明らかに自嘲を孕んでいた。
「説得力は無いかもしれないけど……同情はしてないです」
それまであまり発言していなかった私の言葉に、皆は口をつぐんだ。
「恒が受け入れてもらえる場所は、地球のどこかに絶対ありますから」
しばらく間があってから、か細い声が返ってくる。
「……そんなの、信じられませんよ。マヨイさんは大人だし、受け入れられたことがあるから、そう言えるんだ」
「まあまあ。私も、マヨイさんの言う通りだと思うよ。恒くんの気持ちは否定しないけど……少なくともこのグループは、君のことを受け入れている。そうじゃないかな?」
「……分かりません」
「ちょっと、恒。私たちはあんたを勇気づけようとしてるのよ。礼くらい言ったらどうなの」
「……」
「いいんだよえむさん。私たちは彼の苦しみをほんの僅かしか知らない。とやかく言える立場には無いよ」
「しょうがないわね。じゃあ、最後はマヨイね」
ついに来た。恒の後という気まずさと緊張で胃が締め付けられたが、私は口を開いた。
「は、はい。私の希望の死に場所は、ボイドです」
▽
私の希望の死に場所はボイドです。『ボイド』って、聞き慣れない言葉ですよね。
ボイドは、別名『超空洞』とも呼ばれています。光を発する天体が、1億光年以上にわたってほぼ存在しない、宇宙の中にぽっかり開いた空っぽな場所です。銀河団という銀河の集まりが、そのボイドを取り巻くように膜状に分布しています。銀河団の分布を石鹸の泡に例えれば、ボイドは泡の中の空洞に当たります。
その真ん中にもし人間が入れば、視認できるほど強い光は一つとして届かず——完全な暗闇に閉ざされるそうです。
私がこの場所を選んだ理由は、どこにしようか悩んで色々調べていた時に、ボイドっていう場所を初めて知って、似てるなって思ったからです。
私自身に、似てるな、って。
子供の時から、私はどこか空虚な人間でした。同年代の友人が興味を持つような物事に全く興味が持てず、目指す夢も見つからない。激しい衝動もあまり感じたことが無いですし、映画を観て泣いたことも、一回もありません。
皆さんは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を読んだことはありますか。作中で、登場人物たちは順番にそれぞれの駅で降り、彼らが逝くべき場所へ向かいます。
私の逝くべき場所は、きっとボイドです。
私自身と同じ、空っぽな暗闇なら……何の苦しみも無く、安らかに眠れますから。それが、きっと私のほんとうのさいわいなんです。
以上です。拙い話を聞いて頂き、ありがとうございました。
▽
「不思議ですね。こんな話、今まで誰にも話したことなかったんですけど……皆さんの話を聞いてからだと、何故か話せました」
私が高揚感と共にそう言うと、思い出したように皆が拍手をした。
「あまり自分のことを知らない相手だからこそ、色々と話せるときってありますよね。私も、そういった経験はあります」saiseiは優しく言った。
「ボイドかあ。初めて聞いたかも、そんな所あるんだ」えむはぼんやりと言った。
「私も、調べて初めて知りました。ちなみに、銀河鉄道の夜でカムパネルラが向かった石炭袋は、実際は『暗黒星雲』っていう新たな星が生まれるためのガスの塊なんですけど、宮沢賢治の生きていた時代ではそれがまだ解明されていなくて、ただの穴だと思われてたらしいですよ」
「へえ、そうなんですね。久しぶりに、『銀河鉄道の夜』を読みたくなりました。それにしても、初参加とは思えないほどしっかりとしたお話でした」
「そうね、マヨイは真面目なのね。でも、マヨイは別に空っぽなんかじゃないとあたしは思うけど」
「……ありがとう、ございます」
なぜか、話をしたことで少しだけ心が軽くなったような気がした。こんな非日常な場所だからこそ、本音を言えたのかもしれない。
「これで、全員話し終えましたかね。多分、そろそろ締めの時刻になると思います」
saiseiが言うと、ちょうどブレイクアウトルームの終了まで後一分の表示が画面に出た。
「あ、やっぱり。皆さん、今日のところはお別れですね」
「やだ、もうこんな時間? 結構経ってたのね」
「ありがとう、ございました」
恒が短く挨拶したので、私も慌てて挨拶をした。
「あっ、皆さん、ありがとうございました! 楽しかったです」
「私もですよ。また来てくださいね、マヨイさん」
「あたしは毎回来るから。またね」
私はsaiseiとえむに返事をしようとしたが、その前にブレイクアウトルームから元のオンライン会議に戻されてしまった。
会長が連絡事項を共有し、締めの挨拶に入ろうとした時、不意に知らない女性の声がした。どうやら、参加者の一人のようだ。
「私、今回でこの同好会を脱退します。実は、こんど留学することになって……時差の関係で、ここに来るのはもう難しそうなので」
「あなたは、ルナルナさんですね。それはそれは、留学先でのご多幸をお祈りいたします」
会長は特に残念がる様子もなく、落ち着いた声のままだった。
「はい。ありがとうございました」
「こちらこそ、今までありがとうございました。もし何かの拍子に死にたくなったら、またここにおいでなさい。飽きるまで語りつくしましょう。あなたが、星になる時まで」
「星になる時まで」皆がそう声を合わせた。どうやら、これがこの同好会における別れの挨拶らしい。
こうして、不思議なひとときは終わった。
▽
星を見に行こう。
あのオンライン会議を終えて週明けを迎え、私はこまごまとした事務処理に精を出して、それなりに忙しく働いていた。その時、溜まりに溜まった有給を消化するよう上司に指示されたのだ。何に使うか思案した時に、真っ先に思いついたのがそれだった。
久々に、星の見える場所でソロキャンするのも悪くない。今ならまだキャンプ場も空いているだろう。
そう思いついた五分後には、私は有給申請を済ませていた。
無人のキャンプ場で、私は熱いコーヒーをすすりながらランタンの灯りを見つめた。
結局、私は別れてから駿斗に連絡はしていない。連絡先も消した。
彼と過ごした二年——それは人間にとっては短くない時間だが、宇宙にとってはほんの瞬きの間でしかない。
ほんの少し一緒に過ごしただけの相手なのに、自分のことは何でも分かってもらえると、私は愚かにも期待してしまったのだ。そして、知られたくないことだけは隠し通すことができる、と傲慢に信じ込んでいた。
でも、それは大きな間違いだった。
私は二年間彼を愛している演技をしたことで、彼を本当に愛することができると思いこんだ。彼は私と二年間過ごしたことで、私の演技に気が付いた。
私たちの二年間は、一見すればかけがえのない時間だが——その実、全くもって不毛な時間だ。
宇宙の墓場同好会に参加して、私は宇宙で死にたい人たちの気持ちが少しだけ分かったように思う。
私はランタンを消して、満天の星空を見上げた。星にではなく、そこに確かに存在する『闇』に向かって手を伸ばす。
「……綺麗」
宇宙の途方もない広さと、絶対零度の冷たさが、時には人を救うのだ。
Fin
宇宙の墓場同好会 春木みすず @harukimisuzu
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