もう一度、僕は君に救われる
ひろ
第1話夢へもう一度歩き出す
才能がなくても、努力でどうにかなると思ってやってきた。
でもそんな事はなくて、才能のない者は、ある者に蹴落とされていくだけだと思い知った。
特に僕の進む、小説家になる道は。
普段は行かない、隣の市まで電車で来た。
特に用事などはなくて、家に居ると重たい気持ちがどんどんと蓄積していくからだ。
夢を諦めた今の僕には、もう何も希望はない。
小説を書くことだけじゃなくて、もう他のことも何もしたくない。
西の向こうの海に沈みそうな夕日を背に、僕は夜が迫る方へと海沿いの道路をただ歩いた。
良い景色を見れば、気持ちが少しは晴れると思っていたけれど、この景色とは真反対の暗い自分が際立って逆効果だった。
しばらく歩いて、砂浜に下りられる階段に腰を下ろす。
夕日は完全に沈んで、目の前の海は真っ暗になっていた。
もういっそ、このまま帰られなくなればいいのに。
そんな、全てを投げ出したい気持ちだった。
「きみ」
自分がどんどんと嫌いになっていく。
何も能力のない、平凡な自分に。
「おーい、大丈夫?」
「え?」
斜め後ろから降ってくるその声に、気づくのが数秒遅れる。
そして振り返って見上げた先には、制服姿の女子が立っていた。
しかも、知り合いでもない見知らぬ女子。
困惑して、何も言えずにいると、
「何か落ち込んでるみたいだね、話聞くよ?」
「い、いや、誰?」
僕はそう当然な反応をする。
「そうだね……私は西野桜、よろしくね」
そう自己紹介をされても、まだ何が起こっているのか理解出来ない。
「えっと……」
「あー、ごめんねいきなり。ただ歩いてたら明らかに落ち込んでそうな人がいたから気になってさ」
僕は変な人に話しかけられたのだと、今の状況を把握する。
「とりあえず大丈夫なんで、じゃあ」
僕は関わるべきではないと判断し、この場を去ろうと立ち上がった。
その時、彼女は階段を下りてきて、僕の隣に腰を下ろす。
「そお?大丈夫じゃないように見えるけど?」
そう言って、僕の顔を覗き込んだ。
「いや、本当に――」
「ううん、大丈夫じゃない、私には分かる」
僕の言葉に被せて、彼女は言った。
彼女の声色と表情が真剣になる。
そして気づいたら、僕はまた彼女の隣に腰を下ろしていた。
「その、目指してる事があって……上手くいかなくて」
「それは何?」
「いや、それは……」
恥ずかしくて、言いたくなかった。
上手くいっているなら言える。
でも、そんな訳がないから。
「大丈夫。笑ったりなんかしないし、かっこわるいなんて思わないよ」
そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
でも何だか、彼女に甘えたいと思ってしまった。
「その、小説…書いてて、それが上手くいってなくて……」
「そっか、小説家になりたいんだ」
彼女は両手を後ろについて斜め上を見上げながら、何だか少し嬉しそうな表情で呟くように言った。
「で、何年続けてるの?」
「中一の初めからだから、三年少しとか…」
それだけ続けていて、まだ成果が出せていない自分が恥ずかしい。
「へぇ、中一の最初…てことは高一?」
「うん」
「私もだよ、同い年だね」
てっきり口調とか雰囲気から年上だと思っていたから驚いた。
一瞬同じ高校かとも思ったけれど、僕の学校の女子制服ではなかった。
「でさ、その小説書いてることって今まで誰にも言ってないの?」
「ま、まあ」
「そっか」
もちろん、これも恥ずかしいから。
「唐突に聞くけどさ、今諦めようと思えば諦められる?」
「え?」
彼女は軽く微笑みながら、でもとても真剣な眼差しで僕に訪ねてきた。
そんな事の答えを出すのに、三秒も要らない。
「そんなの、諦められるわけがないよ」
「じゃあ、悔しい?」
「あぁ、もちろん、悔しい……」
拳を力いっぱい握ると同時に、目頭が熱くなる。
今まで何度も見てきた、新人賞の選考で落ちた事を知らせる画面。
それらが一気に頭の中に映像として浮かび上がってきて、自分には無理なんだ、諦めるしかないんだという事に悔しさが募っていく。
だけど、もうどうしたって無理なのだ。
やれる努力はした。
それでも結果を出せないなら、もう……そこまでなんだ。
「悔しいんだよね?ならさ――」
そんな時、ふいに彼女はそう言って勢いよく立ち上がった。
そして横に座っている僕を見下ろして、
「まだ努力が足りないんだよ」
そう言った。
「は?なんでっ」
その言葉に、僕はつい苛立ってしまう。
辛くても諦めずに努力し続けた事を、否定された気がしたから。
「だって――」
彼女はそれでも、穏やかで真剣な口調のまま続ける。
「自分のやれる事を本当にやり尽くしたのなら、悔しくなんてないんだよ」
その瞬間、突如に湧き上がった怒りは鎮まり、ハッとした。
「自分が出来る最大限のことをして、努力して努力してを繰り返して、自分の中にあるものを全部使いきってもなお無理だと分かった時ってさ、悔しいなんて言う感情は湧かないんじゃないかな」
「そう……なのかな」
「そうだよ、だって悔しいと思うのって、まだ自分には出来る、希望があるって思ってるから湧いてくるものだと思う。だから本当に自分には無理だって思った時って、案外清々しいんじゃない?」
確かにそうなのかもしれないと、純粋に思った。
もちろん幸せという訳ではない。
でも、もう自分には無理なのだとけりをつけて、また別のことに前向きになれる気がした。
そうだ。
今の自分はただ、怖くて逃げているだけなのだ。
「確かに、あんたの言う通りなのかも」
「でしょ?それにさ、酷なこと言うかもだけど、たかが三年だよ。プロになる道を目指すのなら、まだまだ努力がいるんだよ。つまりさ、まだ可能性があるってことじゃない?」
彼女は少し得意げな表情をしながら、僕の目を見た。
そんな彼女に、僕の心は強く揺さぶられる。
そして、奮い立った。
「そうだね。そういうことにしとく」
気づいたら、僕は笑みを浮かべていた。
「もう、大丈夫そうだね」
「うん。自分がただ、怖くて逃げていただけだって気づいた。だからもう逃げない」
「そっか、それはよかった」
よくよく考えてみたら、見知らぬ人に急に話しかけられて、励ましてもらったなんておかしな話ではあるけれど。
「ね、せっかく出会ってこうして話をしたんだしさ、友達になろうよ」
そう言って彼女は、ポケットからスマホを取り出す。
「あぁ、別にいいよ」
最初は迷惑な変人に絡まれたと思ったけれど、ほんの数分で、今や挫折から救ってくれた恩人だ。
ただ、少しだけ面倒くさい性格はしていると思うけれど。
彼女のスマホに自分のスマホをかざし、連絡先を交換する。
「あっ、それと、あんたじゃなくて、桜ね?」
少しむっとした表情で、彼女は言う。
「分かったよ、その……桜」
女子を下の名前で呼ぶことに慣れていなかった僕は、少し恥じらいながらも何とか口にした。
「う、うん、よろしい」
自分で要求しておきながら、桜も少し照れ臭そうに動揺する。
それに一瞬、可愛いなと思ってしまった。
「そ、そういえば、君の名前聞いてなかったね」
話題を無理やり変えるように、桜は言う。
「あぁ、たしかに」
桜から君と呼ばれるのは何だか変にしっくりと来ていて、その事に気づかなかった。
僕は自分の名前を伝える。
「小鳥遊 雄大……じゃあ、ゆう君で」
「まぁ、いいよそれで」
勝手にあだ名を決められたが、嫌だと伝えたところで押し通してきそうだし、まぁ桜らしいという事で許した。
「よし、ゆう君も立ち直れたことだし、どっかご飯でも行って帰らない?」
「うん、いいよ」
朝から何も食べていなかった僕は、お腹が空いているという事を今になって思い出す。
それから桜と駅前のファミレスに寄って、食事を済ませた。
「ふぅー、学校が終わった後ってなんかいっぱい食べちゃうよね」
ファミレスを出ると、桜は少し苦しそうにそう言う。
そして僕は今日が平日で、学校がある日だということも思い出した。
もう一週間は学校に行っていないから、周りとは違う生活を送っている事の違和感が薄れていたらしい。
「あれは流石に食べ過ぎだと思うけど」
「まぁ、ついね」
初っ端から「これ美味しそー!」などと高めのテンションで色々なものを注文した桜は、一般的な量の注文をした僕とほぼ同じタイミングで食べ終えた。
桜らしいといえばそうだけれど、やっている事だけで言ったら明らかに高校生の女子ではなくて、何だか少し面白かった。
「ゆう君って、こっから電車でしばらく行ったところに住んでるんだよね」
「うん」
ふと、桜はそう尋ねてきた。
ファミレスでお互いの通っている学校などの話になったが故に、桜は僕がここから二十分ほど電車で移動した先の地域に住んでいて、近所にある高校に通っていると知っている。
ちなみに桜はここからすぐ近くのところに自宅があり、通っている高校も僕と同じく近所らしい。
「じゃあ、また今度そっち行っていい?ゆう君と遊んだりしたい」
「まぁ、別にいいよ」
「やったー!」
桜はそう満面の笑みを浮かべて喜んだ。
僕も面倒くさいとか、嫌だなんて事は全然なくて、むしろ嬉しい。
自分の夢を知っている身近な存在ができるというのは、とても心強かった。
「それとゆう君の夢、近くで応援したい」
「……ありがとう」
心に暖かいものが染みてきて、思わず少し涙ぐんでしまう。
心の底からの嬉しさと、高揚感で胸が満たされていく。
そして、しばらく目を逸らしていた夢と、
もう一度向き合う事が出来た。
もう一度、僕は君に救われる ひろ @tomihiro_0501
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