第12話 遺棄
「オイ、息してるか?」
「煙、今動いたんじゃね?」
1989年1月5日午後1時、普段から仕事を手伝わされている暴力団幹部経営の生花店の事務所にいた宮野、小倉、湊、渡邊のところへ湊の兄から「順子の様子がおかしい」という電話が来た。
湊の兄は監禁末期になると順子の面倒を押し付けられていたのだ。
順子が食事を与えられず、栄養失調になるまでやせ衰えてたのはこいつが面倒くさがって弟の部屋に入りたがらなかったせいでもある。
毎日いじめやリンチを受けていたのは知っていたが、いつの間にか二目と見られない無残な姿にされていたのにビビッてもいた。
渡邊を生花店の事務所に留守番として残し、宮野、小倉、湊の三人が湊の部屋に着くと、順子はピクリとも動かない。
息をしているか、火をつけたタバコを鼻に近づけたが、動いたような動いてないようで微妙である。
脈と取ってみたら、ということで手を触ってみたら冷たい。
そして固くなって動かない、硬直してる。
死んでやがる…。
昨日ボコったからか?
確かに「こんな奴死んでもかまわねえ」と思ってやってたけど、まさかホントに死ぬとは…。
部屋に順子用の水の入ったペットボトルがあったが、空になっていた。
まだ生きている間に飲み干したのだろうか?
「あははは…、死んじまいやがった」と小倉と湊は放心状態で笑ったという。
だが同時に、「これがこいつの運命だった」と割り切ろうともしていたが、実際に自分たちのせいで人が一人死んだことにこの人でなしたちも冷静ではいられなかったようだ。
「死体どうにかしねえと」
宮野も少しは動揺していたが、死体の処理をどうするかを真っ先に全員と相談を始め、コンクリ詰めにして捨てることに決まった。
ヤクザがよくやっている死体処理方法だというくらい彼らでも知っており、実際に暴力団事務所で当番を務めた時にもコンクリ詰めされた人間の話が聞こえてきたことがある。
だが、話を聞いただけで具体的にどうやるかは知らず、見よう見まねでやるしかない。
まずは順子の遺体を毛布で包み、ボストンバッグに入れてガムテープを巻きつける。
次に、宮野はかつて働いていたタイル店へトラック、セメント、ドラム缶などの物資や道具を調達しに行った。
「はあ?セメントとドラム缶って、ヒト殺したのかお前?」
「いや、組のヒトの家の壁壊しちゃって、修理するのに必要なんですよ」
「じゃあドラム缶はナンに使うんだ?」
「えーと、たき火っすよ、たき火。寒いじゃないですか」
シンナーの後遺症で顔色が普通じゃないのも手伝って怪しまれ、色々突っ込まれたが、何とか目的の物を調達するのに成功した。
トラックで物品を運んできた宮野は他の二人にも手伝わせてコンクリをこね、順子の死体が入ったボストンバッグをドラム缶に入れてコンクリートを入れ、途中で建材店から失敬したレンガを入れて固定。
ドラム缶には黒いゴミ袋をかぶせてガムテープで固定した。
コンクリ詰めにはしたが、後はどこへ捨てるかだ。
「もういいんじゃないっすか?で、どこ捨てます?」
「中川に沈めっか、ほら近くにあんだろ」
「やめてくださいよ!オレん家近いから化けて出てきますよ」
生前に痛めつけていた時も殺してしまった後も、順子をかわいそうだと思っていた者はこの中にいない。
恐れていたのは警察に捕まることと彼女が怨霊となって化けて出てくることだ。
生前に「『とんぼ』の最終回を見れなかったことが残念」とポツリと漏らしていたことを思い出し、その最終回を録画したビデオを探し出して一緒にコンクリ詰めにしてやろうか、と誰かが提案したが、時間がないし足がつきそうだからやめようということになった。
最終的に東京都江東区若洲の埋め立て地に捨てることが決まり、宮野ら三人は同日午後8時頃、トラックでドラム缶を運び、同埋め立て地に遺棄。
遺棄現場は有刺鉄線に囲まれた工事現場で雑草が生い茂り、家電製品などもろもろの不法投棄が多かったので、そこにコンクリ詰めのドラム缶が加わっても違和感がない。
事実、それから三か月近く、近くを車でよく通る者でも「変なドラム缶がある」と思ってはいてもそれ以上怪しむ者はいなかった。
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