第11話 地獄の終わり

寒い…、痛い…、苦しい…、目がよく見えない…。


今は、いつ?

もうクリスマス…終わっちゃったの?


このまえ、「明けましておめでとう」って、聞こえた気がする。

もう、お正月…?


お腹すいたな…。

いいにおい…、お雑煮かな?

いいな…、食べたいな…。


1989年1月4日午前7時、順子は三時間にわたって宮野たちから残酷な暴行を加えられていた。

徹夜マージャンで十万円巻き上げられた宮野の機嫌は最悪で、そのうっぷんを晴らされたのだ。


連日の暴力ですでに青息吐息、食事を与えられず栄養失調だった順子の顔にろうそくを垂らして立て、小便を飲ませる。

脇腹に音楽に合わせてパンチを叩き込み、苦痛でゆがむ腫れあがった顔が面白いと何度も続けた。

火傷で立てない順子を無理やり立たせて、小倉と湊が両側から回し蹴り、倒れると引き起こしてまた蹴りを何度も繰り返す。

そして、倒れたはずみでステレオに頭をぶつけて痙攣するや「わざとらしい演技しやがって」と怒った湊にキックボクシングの練習用の器具で殴られた。


今回のリンチはいつもドラクエばかりやっていた渡邊も宮野に言われて参加。

口や鼻、火傷した手足からとめどなく血を流す順子をビニールを巻いた手で殴った。

血が付くのを嫌がったらしい。

渡邊のやり方はえげつなく、倒れた順子の腹に鉄球を落とすなど遠慮がなかった。


ただ、今回のリンチで宮野はじめ誰もが以前と違うと思ったのは、順子があまりにもされるがままであること。

嫌がったり、頭を抱えて丸くなったり、泣き叫んだり、痛がったりの反応があまりないことだ。

宮野がジッポオイルを身体にかけて火をつけても、前みたく必死に火を消そうとせず、反応があまりにも緩慢なのである。


「こいつ死ぬんじゃねえか?」


宮野は初めて不安げなことを言った。

湊は「大丈夫っすよ。こいついつもこうなんで」と言ったが、何度も「死ぬんじゃね?」と聞いてきたらしい。


宮野さん、シンナーのやりすぎで頭溶けてっからな。

あんまりしつこいので湊は内心そう思ったという。


午前10時頃、さんざん順子を痛めつけた彼らはサウナに行こうということになってリンチをお開きにする。

シンナーの常習で言動がおかしくなっていた宮野は部屋から出て行く前に順子の足をテープでぐるぐる巻きにし始め、無残なリンチで彼女を血だらけにしておきながら「大丈夫か?」と何度も聞いた。


「くるしいです…」


順子はそのたびにとぎれとぎれの小声で答える。


ホント死ぬかもな、まあ仕方ねえか。


宮野たちは実はさほど心配していない。

ぐったりとして横になった順子を残して部屋を去って行った。


順子はやっと一人になれた。


…もう、いなくなったかな…?

戻ってこないかな…?


くるしい…、いたい…、気分がわるい…。

またあたしにひどいことを…、どうしていつもこんなひどいことするの…?なにも悪いことしてないのに…。


子供のころ、おにいちゃんに、よくいじめられて…、あたしもやりかえしたりしたけど…、おにいちゃんは手加減してくれてて…あたしが泣いたら…やめてくれて…。


あたしは…妹だし…、女の子だから…。

男は…女の子…なぐっちゃいけないって…。


なのに…、あいつらは、あたしが泣いても…あやまっても…、もっとひどいことする…。

がまんしてたら…、泣くまで…、だれも…たすけてくれない…。

あたしは女の子なのに…、サイテー…!


ひどい…、くやしい…、悲しい…、どうしてあたしを…?


誰かたすけて…おねがい…。

おうちにかえりたい…!

頭がガンガンする…、息がくるしい…、のどがかわいた…水!


ああ…もうだめかも。


いや…、がんばれ、がんばれ、順子。

おうちに帰って…、お父さんとお母さんのとこに戻るんだ!

おにいちゃんにも〇〇(弟の名)にも、△△(彼氏の名)にも…。

ぜったい…ぜったい…!


△△…、会いたい…!

クリスマスと…、お正月はだめだったけど…、こんな体にされちゃったけど…、まだバレンタインがあるから…、楽しみにしててね…!

…あいしてる…。


学校にも行って…、みんなと会って…、いっしょに卒業して…。

これからも…、社会人に…なっても、いっぱい、いっぱい、楽しいことするんだ…。


また…、与論島いきたい…、夏になったら…みんなと…いきたい…。

島のおじさんと…おばさん…、げんきかな…?

また…、あいたい…。


修学旅行…楽しかったな…、体育祭…、文化祭も…。


おとうさん…、み、水元公園に…よく、つれ…てってくれた…。

おかあさん…おべんとう…おいし…かった…よ、おにいちゃんと、おとうとの…あたしも、オニゴッコ…、キャンプ…でカレー、たのし…かった…な。

ごめん…、じゅん子…いうこと…きかない、わ、わるい子で…。

こ、このまえ…いいかえして…、じゅん子の…しし心配…して、く…くれてた…のに…。

ごめ…ん…、もう…かえれ…、かえれな…い…。


だめ…、かえる…おうち…。

じゅんこ…、がーんば…れ、 がんば…れ…、たのむ…がんば……。


……。





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