第10話 回復不能にまで破壊された心と体

「がんばれ…がんばれ…頼む…がんばれ… がんばってくれ」


また歌ってやがる。

よっぽど気に入ったのか?あの歌?

いや、もう頭おかしくなったんだろな。


小倉は、布団の中に潜り込んでか細いとぎれとぎれの声で『声援』を歌っている順子を見ながら思った。

先々週縄で縛ってサンドバッグにした時に歌わせていた曲である。

同時にこうも思っていた。


そりゃそうだ。

サンドバッグん時はともかく、この前みてーなことされたんだから順子はもう女として終わった。

アイツこのまま自殺するかもな。


「この前みてーなこと」とは12月20日の朝のこと。

それはこの時、宮野たちに順子が「何でもしますからもういじめないでください!おウチに帰してください!」と哀願してきたことから始まる。

宮野みたいな悪魔に「何でもします」と言うことがいかに危険か彼女にも分かっているはずだが、つらい虐待を終わらせるためにもうなりふりかまっていられなくなっていたんだろう。


結果、全裸にされて踊らされることになった。

家に帰してもらえると信じて、ガリガリに痩せ始めて体中アザや生傷だらけの体で恥じらいながら必死で踊る姿は哀れで痛々しい。

女性にとっては破滅的な屈辱だったが、まだまだ終わらない。

もう一度「何でもします」と言わされ、自慰までさせられた。

しかもその最中に「小倉くんきてえ~」とまで言わされていたのだ。


監禁以来、女として再起不能になるほどの凌辱を加え尽くし、最後にわずかに残った尊厳を全て放出させられたにもかかわらず、その後も剃毛や異物挿入などの残酷ないじめが待っていた。


夜は夜で湊の部屋に珍しく女の訪問客があった。

宮野たちの知り合いなので、こいつも当然不良少女で極悪。

「コイツがカンキン女?うわっ、なんかばっちいし、くっさい女!」と同性であるにもかかわらず順子を嘲り、「きったねえ顔してるから化粧したげる」と言って顔にマジックでヒゲを描いてみんなに大いにウケていた。


そしてやはり約束は破られ、今も家には帰してもらえないし、いじめられている。


いっそのことホントに自殺してくれたら、御の字かもな。

捨てに行きゃいいだけだから。

宮野に負けず劣らず悪魔な小倉のことだから内心で大いにそう思っていたであろう。


12月28日、リンチを受け続けた順子はずっと横たわっている状態だった。

両足に大火傷を負わされていたので階下のトイレにも行けず、二階の部屋内で紙コップや新聞紙にしている状態で、心もとっくに壊れている。

だが、壊れた頭の中でも自分を痛めつける宮野たちへの恐怖は健在であったようで、順子はこの日特に彼らが来るのに怯えていた。


ああ…、どうしよう。


便器としてあてがわれた紙パックに小便をしたところ、盛大にこぼしてしまったのだ。

彼女が恐れていた事態はすぐに発生する。

玄関のドアが開く音がして、続いて何人かが上がってきた。


ああ来た…ぜったいにキレられる…、めちゃくちゃいじめられる…怖い…。


入って来た宮野は「てめえ、俺にションベン踏ませようってか」と、順子のそそうに当然の権利のごとく怒った。


「ごめんなさい」


さらわれてから何度涙ながらにこのセリフを言ったか分からない、悪くもないのに。

でも許してもらえたためしがない。

この日は当たり前のように宮野と小倉、湊にめちゃくちゃに殴られ、裸にされて寒いベランダに立たされた。

やっと部屋に入れてもらえたと思ったら、「生傷にいい」「栄養あるぞ」とか言われて牛乳を大量に飲まされ、水も飲まされ、タールの強いタバコを吸わされる。

順子が我慢できずに嘔吐するや、またしてもタコ殴りの再開だ。

さらには太ももや膝、手にもジッポのオイルをかけて火をつけ、熱がる様子が面白いと何度もそれをやったというから人間のやることではない。

最低どころではない弱い者いじめだ。


「ゔあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙~あづいイイイ!!痛い痛い!!いだいよいだいよおおお~!いだいよおおおおおおおお~!!」と、新たにひどい火傷を負わされた順子はこの世のものとは思えないくらい悲痛な声で泣きじゃくり痛がっていた。


もうこの時の順子は以前の美しい姿が信じられないほどむごたらしい姿になっていた。

体中アザだらけ傷だらけ、手足は火傷して化膿し、顔は目を塞ぎ鼻と頬骨の高さが並ぶほど腫れあがり、「でけえ顔になったな」と小倉や湊に嘲笑される。


そして、残酷な目に遭わされ続けると、ちょっとした慈悲でも無性にありがたく感じるようだ。


その後火傷から体液が流れ続け、大量に牛乳を飲まされて嘔吐、下痢をした順子が腹を押さえ苦しんでいたところに宮野が再び現れた時のことである。

「お水をください」と懇願してきた順子に宮野が珍しく応えて水を飲ませたところ、「ありがとうございます、ありがとうございます」と泣いて感謝してきたという。


順子の涙はそれで枯れたのかもしれない。

それからはずっと横たわり、何をやっても無反応になってゆく。


そして1988年が明け、1989年の元旦を迎えた。

この四日後、いつまでも続いた順子の地獄がもうすぐ終わることになる。

すなわち、彼女の命が奪われる日だ。









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