第6話 湊の両親は知っていた
湊の両親は順子が二階にいたことに全く気付かなかったわけではない。
実は何度か会い、話までしていたことが分かっている。
もっともそれは両親の証言が正しかったらの話で、会ったのはすべて順子がむごい虐待を加えられるようになって姿形が変わる以前のことだ。
まず監禁初日の11月25日深夜、湊の母親は次男の部屋があまりにもうるさいのでドアを開けて注意したことがあった。
その時部屋の中に何人もの少年がいたのが認められたが、少女が混じっていたかどうかまでは微妙であったようだ。
誰がいるか確認する前に「勝手に入ってくんじゃねえ!」と湊家の次男・伸治にドアを閉められてしまったからである。
そして二回目は11月30日午後9時頃。
この時勤務先の病院から帰って自宅にいた母親は玄関のドアを開けて入って来た順子に出くわしている。
順子は「こんばんわ」と頭を下げたが、母親にとっては初めて見る女の子であり、しょっちゅう家にやってくる息子の仲間たちと違っていかにも育ちがよさそうな彼女を心配して「もう遅いから帰った方がいいよ」と言ったが、後ろから入って来た息子を含む少年たちに押されるように二階へ上がって行ってしまった。
母親は少女の身を少々心配したが、実は自分たちがそれどころではなかった。
共働きで病院に勤務する両親は日頃の激務に加えて、次男である伸治の家庭内暴力に悩まされており、深く追求する余裕がなかったのである。
そして翌日、母親は伸治に「昨日の子ならもう帰った」と言われ、ろくに疑いもせずにそれを鵜呑みにしたようだ。
だが12月初めころの夕方、トイレの汚物入れに自分のものではない生理用品があるのを発見、少女が知らないうちか、あるいはまだ我が家にいることを確信する。
二階に上がって次男の部屋を開けるや、果たしてくだんの少女が家によくやってくる渡邊という少年と一緒にいた。
「あなたまだいたの?ここにはヤクザみたいなのが来るから、危ないよ。さあ、立ちなさい。立ちなさいって!」
だが、少女は動こうとはしない。
どこから来たのかと聞くと「三郷市から来ました」とは言うが、名前は頑として言わなかった。
そこへ次男、夫である湊の父親が相前後して帰って来て、母親は夫と話し合った結果、少女を食事だけでもさせて家に帰そうということになる。
そして、この日家にいた渡邊も加えて、少女と湊親子は一緒に夕食を摂った。
食事中、母親が「もうおうちに帰りなさい」と諭しても少女は無言だったが、見かけどおり育ちがいいらしく、食後は食器をかたずけて洗い物までやってくれたという。
これを見たバカ息子二人の父親は「女の子っていいな」と呑気な言葉を吐いていた。
しかし、少女は夕食の後も帰ってくれない。
次男と渡邊と一階でゲームを始めてタバコまで吸っているではないか。
この時、母親は息子に気づかれないよう二階へ行って少女のカバンを探り、アドレス帳を発見。
そこに彼女の名前と思われる「古田順子」の四文字と、自宅の住所と電話番号と思しきものを見つけ、その電話番号にかける。
相手はやはり「古田です」と名乗ったからビンゴだったのだが、母親は自分の名前を名乗らず、向こうに「どちら様ですか?」と聞かれると電話を切ってしまった。
余計な詮索をして、後で次男に暴力を振るわれるのを恐れたためと思われる。
そうは言っても今は自分一人だけでなく夫もいるのだ。
母親は父親とともに少女を根気よく説得。
彼女は納得したらしく、帰ることに同意してくれた。
帰り際、「送って行こうか?」と聞いたら「大丈夫です」と答え、タクシー代も持っているらしいのでそのまま送り出したという。
その時、次男が「オレが送ってく」とも言って渡邊と一緒に彼女に同行したので母親は厄介払いできてもう一安心となったようだ。
だが、彼らは帰ると見せかけて近くの公園で時間をつぶしていた。
小倉も加わり、両親が寝静まるのを待つ。
そして両親の居室がある一階が暗くなったのを見計らって、再び順子を連れて自宅に戻り、例のごとく電信柱を伝って二階に入り監禁生活が再開してしまった。
湊の両親が順子の顔を見たのはこれが最後である。
これ以降彼女がまだ二階に存在していたことに気づくことはなかった。
順子が息子たちにいじめ殺され、コンクリート詰めにされて捨てられたことが発覚する翌年三月末まで。
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