第3話 地獄の序章
1988年11月25日。
この日こそ古田順子が悲劇的な運命に見舞われる第一日目となるのだが、そのきっかけは計画的に行われたものではなかった。
それは同日夕方、宮野が原チャリで湊の家にやってきてひったくりに誘ったことから始まったのだ。
25日は給料日、先月同様金を持っているターゲットがウヨウヨいる月に一度の稼ぎ時なのである。
湊は足がなかったのでツレからバイクを借りて宮野の後に続き、彼らが「ひったくりロード」と呼んでいるひったくりの穴場スポットに向かっていった。
待ってろよマヌケども、今日も根こそぎいただきだ!
宮野たちが悪事にいそしんでいた頃、順子はアルバイト先の工場で労働に励んでいた。
この日は週二回のバイトの日、放課後四時間の勤務である。
順子は勤務が終わったら一目散に家に帰るつもりだった。
今日は金曜日、午後9時から毎週楽しみに観ている長渕剛主演のドラマ『とんぼ』の最終回が放送される。
絶対にそれまでに家に帰らなければならない。
午後8時過ぎ、アルバイトを終えた順子は「おつかれさまでした~」といつものようにはじけるような笑顔で工員たちにあいさつするや、いそいそと自転車に乗って家路につく。
バイト先から自宅までは約三十分くらい、間に合わないことはないと思うけど一分でも遅れてはならない、急げ急げ!
午後8時30分、何人かのマヌケからひったくりを成功させた宮野はさらなる獲物を求めて埼玉県三郷市戸ケ崎にある用水路のような川近くまで来ていた。
後には舎弟の湊が従っている。
さて、一人で歩いてる女はもういねえか。
鵜の目鷹の目の宮野の視界に、自転車をこいで川沿いの道を走る女子高生の姿が目に入った。
高校生じゃ金持ってなさそ…、ん?あれは…!
そう、いつか犯ってやろうと思っていた八潮南高校三年の古田順子だ!
こりゃいいめぐり合わせだぜ!これを逃す手はねえ!
バイクを停め、後ろからついてきた湊に話しかけた。
「オイ湊、あそこの自転車乗ってる女分かるか?」
「えっと、あのブレザーの制服着てる女っすか?」
「そう。あの女後ろから蹴れ。あとは俺がうまくやっからよ」
「犯るんすか!?分かりました!」
実はここへ来たのも、前から狙っている古田順子がこのあたりを通ることが多いことを事前の下調べや知り合いのヤンキーから聞いて知っており、あわよくばと思ってのことだったのだ。
取り調べでも裁判でも認定されていないが、宮野はずっと前から順子に目をつけていたという複数の証言がある。
その機会が偶然訪れたのだ。
湊の方は全く知らなかったようだったが。
一方、自分が悪魔たちにロックオンされたと気づかない順子は三郷市内の自宅に向かって自転車をこぎ続ける。
後から湊のバイクが近づいてくるとも知らず。
牛乳屋さんのトコまで来たから、あと二十分くらいで到着かな?
ギリ間に合いそう。
それよりもうお父さんウチに帰ってるかな?この前小言言われた時に言い返しちゃったけど悪いことしたな…、でもあれはお父さんがあんまりうるさいから…わあっ!!
後から来たバイクの奴に腰を蹴られた。
バランスを崩した順子は転倒、ドブに転落する。
「痛たたたた…」
ナニ!?ナニ!?何でこんなこと…、やば!こっち見てる。
さっき自分を蹴り倒したバイク野郎はバイクにまたがったままこっちを見下ろしており、順子は否応なしに身の危険を感じた。
「大丈夫?」
いつの間に来たのか、すぐ近くに声をかけてきた男が現れた。
「大丈夫です」とは答えたが、やけに目つきの悪い男だ。
立ち上がって自転車に乗って立ち去ろうとしたのだが、「あいつは頭おかしいみてえだ。俺もさっき脅されちまってよ。送ってってやるよ」と言い、乗って来たバイクを押して一緒に並んで歩き始める。
そして、まだ向こうにたたずんでいるさっきのバイク野郎に「変態!」と怒鳴ると、そいつの所にまで近寄っていって何かを言っていた。
脅してるのかな?いや、なんか普通に話しているような。
戻ってくると「行こうぜ」とか言ってまた一緒に並んで歩きはじめる。
どうしよう、とっとと帰りたいのに…、それにこの人危なそう。
この流れは何かおかしいと順子も薄々感じていた。
そしてある倉庫の近くにまで来た時に男が本性を現した。
背が自分より低い男とは思えぬかなりの力で暗がりに引っ張り込まれたのだ。
「!!!」
「オレは組幹部だ。おめえ狙われてるぜ。やらせてくれたら助けてやるけどな」
男の凄みはハンパじゃなかった。
何を言っているかよく分からないが、有無を言わさず言うことを聞かせる迫力に順子は声を出すこともできない。
その男、宮野裕史はバイクを路駐し、順子の乗っていた自転車にカギをかけて放置。
恐怖で固まった彼女をひったててタクシーでホテルに向かい、本懐を遂げる。
男にも女にも人気者の順子には今の彼氏以外に過去に付き合った元カレがいたようで、おそらく男性経験が全くなかったはずはないと思われるが、望まぬ男に望まぬ形で蹂躙されたのだから汚されたことには変わりはない。
これまでの人生で最悪の一夜にされてしまった順子は深く傷ついて涙ぐんだ。
しかし、これは始まりに過ぎなかった。
これから生まれてこのかた17年間流した涙の総量を上回る涙を流し、やがてそれも枯れるほどの地獄を味わうことになる。
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