うちの可愛い白ウサギ

はる夏

第1話

 道の駅で買ったドライフルーツの大袋を開けると、中にウサギが入ってた。

 ざっくりとした織り目の麻袋で、1kg入りでいくらだったか。イチゴにリンゴにイチジク、オレンジ、いろんなフルーツがごっちゃり入ったお徳用ので、サンプルを試食したら美味かった。

 中身はランダムだって知ってたけど、まさかウサギが混じってるなんてビックリだ。

 しかも、ただのウサギじゃねぇ。

 耳を入れての全長は手のひらより小さめ、丸い頭部に丸い胴体、手足はちょこんと短い2頭身。耳を入れたら2.5頭身。土産物によくあるキーホルダー付きのマスコット、アレによく似たウサギだった。

 耳は白、髪も白、カボチャみてぇなパンツも白で、尻からぴこんと出てる丸い尻尾も白。白ウサギだ。


「ぴゃー!」

 麻袋に手を突っ込み、掴み出すと、ウサギはじたじたと暴れて逃げようとした。

「食べないでっ」

 どうやらこのウサギ、喋れるようだ。まあ、ヒトと同じような顔してるし、普通のウサギじゃねぇんだろう。

「『食べないで』はこっちのセリフだ、コラ。ドライフルーツ、どんだけ食った?」

 うりうりと指先で頬をつつき、白くてほわほわの頭を撫でる。ウサギは「ぴゃあっ」と悲鳴を上げて、小さな両手で耳を隠した。

 いや、ちっとも隠せてねぇけど、一応隠してはいるんだろう。


「ほら、食わねぇから、逃げんな」

 ダイニングテーブルの上にウサギを置いて、それから小皿にドライフルーツを盛ってやる。ウサギは上目遣いでオレを見て、それから恐る恐る、ドライイチゴを両手に持った。

 こりこりシャクシャクと小さな音が耳に届く。ウサギがイチゴも食うって、初めて知った。ニンジンとかセロリみてぇな野菜ばっか食うんじゃねぇんだな。

 短い脚を投げ出して座り、白い耳をふりふりしながらイチゴを食ってる様子は、すげー可愛い。

 立ち上がっててちてち歩くと、丸い尻がぷりぷり揺れるのも可愛い。そしてちっこい尻尾も可愛い。

 人形遊びとか、シュミじゃなかった筈なんだが。あのパンツの下がどうなってんのか、確かめたくてたまんねぇ。


「どうした、ウンチか?」

 ひょいと掴んで手のひらに乗せると、「ぴゃあっ」とまた悲鳴を上げられた。

 白いカボチャパンツを下ろしてやろうとしたけど、それは両手で邪魔される。

「せくはら!」

 って。ずれかけたパンツをうんしょうんしょと引き上げながら、舌足らずに言われても、ちっとも迫力に感じねぇ。むしろ可愛さが胸に突き刺さって、深刻なダメージを受けそうになった。


 ウサギのケージってどうしたらいいんだっけ? っつーか、コイツにケージって必要か?

 飼うのは決定事項として、エサ皿ってどうなんだろう? いらねぇか? トイレは?

 ペットボトルのキャップに水を注いで渡し、ウサギがそれを抱えるようにして飲んでんのを眺めながら、ネットでウサギ用のトイレを検索する。

 どうやらケージの隅に取り付ける三角タイプと、側面に置く四角タイプがあるらしい。あと、中にシートや砂を敷いたりもするって。やっぱりケージは必要なのか。

「おい、お前のトイレ、どれにする? ケージもあんまバリエーションねぇんだなー」

 ウサギの目の前にケータイを掲げ、画面をスワイプしながら見せてやると、ウサギは「オリ!?」って飛び上がり、麻袋の中に逃げ込んだ。


 あー、コイツこうやって袋の中に入ってたんだなと分かった。妖精なのか小人なのかそれ以外なのか分かんねぇし興味もねぇけど、あんま頭は良くなさそう。

「コラ、待て」

 麻袋に手を突っ込んで、ウサギを容赦なく掴み出す。オレに掴まれたウサギは、さっきと同じくじたじたと暴れてたけど、それも可愛くて口元が緩んだ。

「えーと、トイレのしつけには。尿を浸み込ませたー、ティッシュか何かを入れとくといいのか、それか便か。なるほどなー」

 トイレについての説明書きを読みながら、掴んだままのウサギのパンツに指をかける。


「おもらししてねーのかな」

「してない、してないっ」

 喚きながらオレの手から逃げようとするウサギ。ぷりんとパンツをめくると、「きゃー!」と甲高い悲鳴が上がった。

 ちっこいカボチャパンツの中に、更にちっこくて丸い尻。そして尻から生えた尻尾。何もかも白くてちっこくて可愛くてヤベェ。

 マジでおもらしはしてねぇんだろうか? 顔を近付けて嗅ごうとすると、今度は「ぎゃー!」と叫ばれた。


「オレ、トイレは普通のでできるのっ」

 そんなことを言いながら、全身で暴れてオレの手のひらから抜け出そうとするウサギ。

 普通のトイレって、ヒト用の普通のトイレだろうか? 便座にコイツが仁王立ちして、ちー、とやらかす図を想像したけど、考えるまでもなく無理そうだ。落ちたらどうする?

「嘘つけ」

「嘘じゃない、のっ」

 舌足らずに喚きながら、ついにオレの手から抜け出すウサギ。白い影がぴょーいと飛び跳ね、ダイニングテーブルの端へと駆ける。


「危ねぇ!」

 オレが叫ぶのと、床にドスンと何かが落ちたのと、ほぼ同時だった。

 あのウサギが落ちたにしては重い音。白い何かがぶわっと動いて、つられるように目をやると――そこには。頭から白い耳を伸ばした、白い髪、赤い目の、大きなウサギが立っていた。


 ちっこい時は可愛いだけだったけど、デカくなった今は、可愛いよりもキレイだ。

 白く長い耳がぴるぴる動く。大きな赤い目はきょどきょどと周りを見回してて、ビミョーにへっぴり腰っぽいのがおかしい。可愛い。

 まん丸だったカボチャパンツはぴちぴちのホットパンツに変化してて、白い太ももが罪深い。

 もっと罪深いのは胸元だ。ほわほわの毛皮がぐるっと巻きついてて、乳首を絶妙に隠してる。フェイクか自前か、どっちでもいいけど、隠されると暴きたくなるのは仕方ねぇ。


「ね?」

 ちびの頃よりも少し低くなった甘い声でウサギが言った。

 何が「ね?」なのかと思ったら、トイレらしい。

「トイレ、普通のでできるから、ね?」

 そんなことを言いながら、部屋の奥にじりじり下がってくウサギ。

 そっちはトイレじゃねぇ。ついでに言うと、出口でもねぇ。ベランダに出る窓は明るいが、幸か不幸か閉まってる。

「そっちはトイレじゃねーぞ」

 ニヤニヤしながらテーブルを回り込むと、「おかまいなくっ」って言い捨てて、ウサギがダッと飛び跳ねた。窓に。でっかくなっても、やっぱあんま頭良くねぇんだなと思った。


 べちんと窓ガラスにぶつかって、「ぎゃん」と悲鳴を上げるウサギ。

「はは、おい、大丈夫か?」

 悪いと思いつつも、可愛くて笑える。素早く駆け寄って抱き締めると、更に「ひゃあっ」と叫ばれた。

 白い毛の生えた耳がオレの頬をかする。それはぴるぴる動いてて、生温かくて、本物の耳なんだなって分かった。

 我慢できずに、すぐ目の前にある柔らかそうな耳をぱくりと唇で挟む。口の側を柔らかいモノが何度もかすめてたら、そりゃあそうしたくなるだろう。


 細かな毛の生えたウサギの耳は、羽二重餅みてぇに柔らかくて温くて、でも舐めても味はしなかった。

 代わりに、「やあん」って甘い声が聞こえた。

「耳、だめっ」

 ダメと言われて、正直にやめる程オレも無粋じゃねぇ。

 ウサギの体をしっかりと抱き締め、耳に遠慮なく舌を這わす。外側、内側。毛のあるとこより毛のねぇトコの方が敏感みてぇで、びくびくと跳ねるのが面白ぇ。

 片手を動かし、尻尾を掴むと、更に甘い悲鳴が漏れた。ウサギは両足で、びょんと力強く跳ねて逃げようとしたけど、それを力づくで抑え込み、更に尻尾を揉んでやる。


「や、やあ、ダメなの」

 甘い声で訴えながら、ウサギががっくりと膝をつく。

 動物の尻尾は背骨と繋がっててどうこうって話を聞いた事あるけど、それはウサギも同じなんだろうか? 急所? っつーか、性感帯?

 背中を反らし、オレに半分体重を預けて仰け反ってるウサギは、今にも快感に負けそうだ。

 思わずごくりと生唾を飲んだ時――ふっと腕の中が軽くなって、でかいウサギの姿が消えた。


 何が起きたかは、瞬時に理解できた。

「ぎゃーっ! ダメ! ウサギの敵っ!」

 甲高い声と共に、元のちびに戻った白うさぎが逃げて行く。ぴょんぴょん、ぴょんぴょんと、2本足で跳ねてる割にすげぇ素早い。

 けど、やっぱ学習しねぇようだ。ぺしんと窓ガラスにぶつかって、「きゃんっ」と鳴きながら尻もちをついた。

 ちっこい両足を上げた格好で、ころんと転がってんのが可愛い。さっきもやったっつーのに、訳分かんねぇって感じでビックリしてて、何が起きたか分かってなさそう。


「ははは、逃げちゃダメだろ」

 笑いながら素早く手を伸ばし、転がったままのちっこいウサギを捕まえる。「ぴゃっ」って鳴かれたけど、構わずそのまま立ち上がり、元のダイニングテーブルの上に戻してやった。

 ちっこいままならテーブルの上の方が観察しやすいし。また逃げようとして大きくなるんなら、それはそれで歓迎だ。勿論逃がすつもりはなかった。

「さーて、お前の家を用意しねーとな。あとトイレと……」

 指先で頭を撫でながら、ふたたびケータイを取り上げると、白い耳がぴるぴる震えた。

「家、オリ!? おっ、おかまいなくっ」

「なんでだよ? じゃあどこで寝んの、お前? オレのベッドで一緒に寝るか? それなら別にいいけど、トイレトレーニングはできてんだろうな?」


 白いカボチャパンツをつまんで中を覗くと、「ぴゃー!」と甲高く叫ばれた。

「ちかん! ちかんです!」

「人聞き悪ぃなー」

 くくっと笑いながらウサギを掴み、耳から尻まで撫でまわす。すげー可愛い。あと楽しい。

 ちっこくても尻尾はやっぱ性感帯なんだろうか? くりくりと撫でてやると、じたばたと手の中で暴れられた。

「帰る、もう帰る!」

 ぴぎゃーと鳴きながら言われたから、どこに帰んのかと思ったら、「野生に帰る」とか言い出した。ウソつけって感じだ。こんな野生動物いる訳ねぇだろ。

 まあ、動物じゃなくて妖精か小人か何かか知らねぇけど、そんなことはどうでもいい。


「逃がす訳ねーだろ。っつーか、帰るなんて言わねーでここにいろよ。ドライフルーツだけじゃなくて、ニンジンもたっぷり食わしてやるから」

 ドライアップルを持たせてやると、じっとり上目遣いでオレを見ながら、ウサギはサクサクそれを食った。食い物につられてんのが可愛くておかしい。

 足を伸ばしてぺたんと座る様子は、ウサギのマスコット人形みてぇ。

 冷蔵庫からも、ニンジン1袋を出して見せてやると、それはお気に召さなかったらしい。葉っぱの方が好きだって言われた。

「へえ……」


 そんな話は初めて知った。ウサギってニンジン大好きなイメージあったけど、案外そういうんでもねぇんだな。

 じゃあ葉っぱの部分は食わせる代わりに、オレのぶっといニンジンはいつか、下の口から埋めてやるってことでいいだろうか。いいよな。

 世の中には知らねぇことが、まだまだいっぱいありそうだ。ウサギはニンジンの葉っぱの方が好きとか、ドライキャロットもいいとか、カボチャパンツのウサギもいるんだとか、色々。

 パンツに隠された秘密も気になるけど、取り敢えず今は、もっと撫で回して可愛がって世話をしてぇ。風呂とか、トイレとか。


 オレの視線に気付き、びくびくと目を逸らす白ウサギ。小さな手で懸命に耳をこすってるけど、なんか不安を感じてんだろうか? 食べやしねぇっての。可愛くてニヤける。

 いつかでかい方のウサギもたっぷり可愛がってやりてぇけど。今はこのちっこい方の可愛さを、存分に堪能しようと思った。


   (終)

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