第8話『プレゼントは勇者の剣』
「これは、勇者権能の一つ。花丸様の生み出した武器。魔王を倒す力を持った、ターコイズです」
「えー、と……」
それがもともと俺の物、というのも信じられなかったが、それよりも。
「その、勇者権能ってやつは、俺も持ってんの? 無限魔力と、身体能力強化を?」
「ええ。そのはずですよ」
実感したことねえ。
無限魔力とやらは、魔法を習ってないから使い所がないので、実感できないのも当たり前だが。
身体能力強化があるなら、俺はもうちょっと運動神経がよくてもいいんじゃねえか?
「花丸様は勇者としての鍛錬を積んでないようですし……。実感がなくても、不思議ではありませんよ。満天様も、我が国に転移してきたばかりの頃は、勇者権能を使いこなすために、鍛錬を積みに積んでいたそうですから。……私は、ターコイズのおかげで、落ちこぼれずに済んだのです」
「落ちこぼれる、って。ただ事じゃないな」
「ええ。人がその心を武器にする、心造兵器を生み出す才能が、私にはなかったんです。王家の人間なら、当たり前に持っているのに。だから、花丸様からターコイズをいただくまでは、王家の人間として認められずにいたのです」
と、傷ついたがもうその傷は癒えた……そんな過去を話すように、懐かしそうに、レンは優しげな口調で語った。
「オルライ様も――花丸様のお母様も、心造兵器を用いて、満天様と戦ったそうです。王家たるもの、民を守る力を持てが、フラデマリン家の家訓ですから」
しかし、レンにはその力がなかった。
だからこそ、彼女はあの時泣いていたのか。
そして、俺は使わないからと、言うなれば勇者の剣をレンにあげた。
「心造兵器を渡すなんて、自分の心を渡すようなもの。しかも、勇者の心造兵器ともなれば、その力は他のものより一線を画します。そんな大事なものを、ただ私の涙を止めるためにくださった。だから、これは私にとって、花丸様からいただいた、婚約指輪なのですよ」
「あっ、いや。俺はそこまでの気持ちは込めてない……」
さすがに言うのが申し訳なかったが、しかし幼い頃の俺は、本当にただ、レンの方が役立てることができると考えただけだろう。
「ええ。どうやら、花丸様は、私のことを覚えていないようですから、きっとそういうことなのでしょう。それでも、私にとって花丸様は――そう。白馬の王子様、というやつなのてす。」
寂しそうに、ターコイズを抱くレンに対し、俺はなんと言えばいいのかわからなくなってしまった。
しかし、白馬の王子様って、メノウにも言われたな……。
あいつのは茶化しだったが。
「もちろん、覚えていなくとも構いません。私は、花丸様だからこそ、この話に納得したのです。覚えていらっしゃらないと言うのなら、また私の存在を刻むまで」
「そ、そうか。なんか、ごめんな」
「いえいえ。……と、言うわけで。花丸様、ちょっとだけ、失礼します」
そう言うと、レンは何故かターコイズを握り、構えた。
そして
「ハァッ!!」
と、まるで気を放つかのように叫ぶと、俺の体を切り刻んだ。
「うわぁッ!?」
やっぱり怒ってたんだ!
俺が思わせぶりなことするから!!
何してんだぁかつての俺!
と、腕で形ばかりのガードをしたのだが、それはすべて途方に終わった。
ガードに意味がないから、ではない。
確かに体を切ったはずのターコイズだったが、俺の体は切れていないし、痛みもなかったのだ。
「あ、あれ……?」
「ご安心ください、花丸様。ターコイズは、あなたの心が生み出した武器。持ち主が私になろうと、ターコイズで花丸様を傷つけることはできません」
「えっ、じゃあなんで脅かすようなマネを」
「これでもう、私のことを忘れないでしょう?」
にこやかに笑ってはいるが、どうやらしっかり怒っているらしかった。
……刻むってこういうことじゃねえだろ!
と、文句の一つも言ってやりたくなったが、思わせぶりなことをした上に忘れたのは俺なので、言う気になれなかった。
この子のこと、というより、このことを忘れないだけになりそうだが。
走馬灯で最初に思い出すのがこれになりそう。
「で、ここからが本題なのですが」
「ええっ!? まだ本題じゃないの!」
「そうですよ? ここまでは、前提です」
おいおい、五分休みで済むレベルの話じゃねえのか。
さすがにやばいかなも思った俺は、ちらりと右腕に巻いた時計を見る。
すると、それの何が気に入らなかったのか、レンがターコイズの切っ先を俺に向けてきた。
「花丸様? 私との話より、大事なものがありますか?」
「今はあるよ! 授業! つか、許嫁云々って教室でぶちかましてんだから、戻らないとどんな噂立てられるかわかんねえぞ!」
「……事実だからいいのでは?」
「俺は承諾してないって話、しましたよねぇ!?」
「うーん。しかし、これは国家同士の重大な計画ですので。もし花丸様が断るのなら、国際問題になりますが……」
「俺の両肩に平和がぶら下がってんの!? てか、そんなんで俺が承諾して嬉しいか!」
「結婚してみたら愛情が芽生えるというパターンもあると、お祖母様から聞きました」
「絶妙に反論しにくいことを……!」
世の中にはそういう愛の形もあるらしいけど!
でも、俺たちそれでいいの!?
「まあ、冗談はともかく。どちらにしても、早めにお耳には入れておきたい話なのですよ」
「……わかった。手短に頼む」
仕方ない。
多少次の授業に遅れるくらいはもういいや。
それよりも、とっととこの話を片付けてしまおう。
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キスと姫と魔王と約束〜無能勇者のチートの行方〜 七沢楓 @7se_kaede
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