第7話『春町花丸は勇者の息子である』
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で、運命の休み時間がやってきた。
一時間目と二時間目が始まる間の五分程度の時間ではあるが、通知が百とかになってるスマホを開かず、俺はフラデマリンさんの前に立とうとしたら、フラデマリンさんが先に、俺の前に立っていた。
「花丸様。少々お時間、よろしいですか?」
俺はその言葉に、ニヒルに笑って立ち上がる。
「あぁ。俺も話がある。ちょっと人気のないところに行こうか」
「人気のないところで何するつもり……」
背後のメノウか言葉尻だけを捉えて、積極的な誤解をしようとしていた。
「なんもしねえわ!! ここで話聞いてもお前らの野次で進まねえと思っただけだよ!」
そう言い残して、俺はフラデマリンさんの手を引いて、階段を登り、屋上の入り口までやってきた。
本当は屋上まで出たかったが、五分休みでそこまでするのは厳しかったのだ。
まあ、十分人気はないし、いいだろう。
薄暗い屋上への入り口で、俺とフラデマリンさんは向かい合う。
「……じゃあ、いろいろ話を聞かせてもらおうか、フラデマリンさん。キミのせいで、俺は今、針の筵なんでね」
「いやですわ、花丸様。レン、と。ぜひ名前を呼んでください」
「……フラデマリンさん」
「レン、ですよ花丸様」
「フラデマリンさん」
「もう、昔はレンレンとあだ名で呼んでくださったのに」
「嘘つけぇ! いくら覚えてねえっつっても、それが嘘だってことくらいわかるぞ!」
バレましたか、と小さく舌を出して微笑む。
悔しいが、フラデマリンさんくらい顔面レベルが高いと絵になるな……。
「まあ、いいや……。わかった、レンって呼ぶよ。それで、レン。俺は――」
「あ、ちょっとお待ちください、花丸様。ここから先の話は、万が一にもまだ漏れるわけには行きませんので。ちょっとだけ結界を張らせてください」
そう言うと、レンは指を弾いてバチンと鳴らす。
すると、まるでそれがきっかけになったみたいに、下から聞こえてきた喧騒も、外からの鳥の鳴き声も、俺とレン以外から発せられる音が、すべて消えた。
「えっ。なにこれ……?」
「基礎的な人払いと、遮音の魔法です。これで、私たちの発する声は、他の誰にも聞こえません。……花丸様は、お父様から魔法を習っていないのですか?」
「魔法って。いや、そんなもん、親父からはなにも……。ああ、やばい! どこから聞いたらいいんだ!?」
聞きたいことが満載になってしまった!!
これ積載量オーバーだろ!
片付けようと部屋を改めて見回すとゴミ屋敷だった、みたいな衝撃だ。
てか、この口ぶりだと親父も魔法使えるの!?
そんなわけなくねぇ!?
「んー……花丸様、本当になにも覚えてないんですか……? では、最初から話させていただきますね。始まりは、二〇年以上前。花丸様のお父様が私たちの世界に転移してきたところから、です。こっちで言えば、異世界転移というやつですね」
俺はもうパニックになりかけていた。
いま、なんて言った?
親父が、異世界に転移していた?
とりあえず、今は話を聞こう。
疑問をぶつけるより、答えを聞いたほうが早い。
「異世界――私たちの世界に転移してきた花丸様のお父様である満天様は、私達人間と魔物の戦争に終止符を打たれた、伝説のお方なのです」
親父が伝説の男呼ばわりされている。
ギリ悪口に聞こえるな。
「満天様は、勇者権能という特別な力を持っていました。魔王を倒す力を持った武器。無限の魔力。そして身体能力強化。これらを使い、人間を率いて、魔王を倒したのです」
えぇ……。
親父、そんなすごい人だったの……?
何やってるかわかんねえし、滅多に家に帰ってこないくせに。
「そして、満天様はその褒美として、私たちの国である、フラーロウの姫との結婚を許されたのです」
「え、それって」
「ええ。花丸様のお母様。こちらだと、春町寧々と名乗っているそうですね」
母親が異世界の姫呼ばわりされていた。
すごく恥ずかしい……。
母親が姫って呼ばれるの、なんの拷問なんだよ。
多感な時期の息子に聞かせていい話じゃねえ。
「本名はオルライ・フラデマリン。私のお母様の、お姉様です」
つまり、俺とレンはいとこ、ということだった。
……え? じゃあなに? 俺の家って王家なの?
聞けば聞くほど意味がわからなくなってきたなあ……。
「実は、我が王家と日本国は友好条約を結ぼうとしておりしまして。その架け橋として、異世界代表の私と、こちらの勇者の息子であり、王家の血も引く花丸様との結婚が望まれているのです」
なるほど。
今のレンからされた話を信じるのなら、俺という存在は適任すぎるな。
こっちの人間であり、かつ異世界人にとって価値ある血筋。
血筋が大事なのは、向こうのお偉いさんも同じらしい。
「望まれる、って。俺ぁ他人だけが望む結婚するつもりはねえぞ」
「ええっ! 私は花丸様との結婚、バッチコイなのですが!」
「お前、誰に日本語習った……?」
バッチコイ、なんて久々に聞いたぞ。
「俺はあんま結婚って乗り気じゃねえんだよなぁ。親父も母さんも、滅多に家にいねえからそもそもよくわかってないってのもあるし」
まだガキの身空でなに言ってんだ、と自分でも思うのだが。
あんま結婚してるビジョンが自分でも涌かないんだよな。
何故なら、俺はリアルで結婚生活というやつを見たことがないからだ。
親父と母さんの仲は、なんならいい方だと思うが、俺は一年で三回も会ってりゃいい方だったくらい。小さい頃はもうちょっと普通の家庭だった気がするが。
……だからメノウの親父さんが心配してんだよなぁ。
「満天様は、日本と私達の国、フラーロウの平和を願い、和平条約の締結のために駆け回っていたのです。もちろん、それはオルライ様も同じ」
「うーん。そらあ、立派なことだろうけど。息子が顔曖昧になるくらいほっとかなくても」
「えっ。花丸様、満天様とオルライ様の顔、曖昧なんですか?」
「あぁ、見りゃ思い出せるけど。なんもないとマジで出てこない」
入力してみれば体が覚えている暗証番号みたいな。
親の顔より間違いなく、銀行口座の番号の方が俺には身近なんだよなぁ。
去年会ってないかもしれないし。
「それは、なんとも……。家庭環境には、大いに問題ありなのですね……」
「あんま人から言われたくないが。まあ、そうね」
俺がグレてないのは、メノウの親父さんが悲しみそうという理由だし。
親父のことなど、一切考えていない。
「とにかく、俺と君が許嫁で。そこには異世界と日本の政略が関わってることはわかった。……で、気になってることが一つある」
「なんでしょう? あっ、Dカップです!」
「この状況で胸の大きさなんか聞くか!!」
「しかし、殿方は気になると、満天様が」
親父のことは次に会ったらぶん殴ることに決めた。
が、今はそれより気になることがある。
「そうじゃなくて。俺が命より大事なものをあげた、ってのは?」
「あっ、その件でしたか。それは、これのことです」
そう言って、レンはどこからともなく、銃剣を取り出した。
手品かと思ったが、それとはレベルの違う、魔法なのだろう。
まるでショットガンの銃身が、剣になっているようなそれは、一目見ただけで、並大抵の武器でない事が想像できた。
……俺が、これを、レンにあげたの?
小さい頃は、暇な時に振り回していたの?
どんな子どもだ。
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