第6話『転校生は自称許嫁』

「け、結婚? 結婚って、どういう漢字書くんでしたっけ?」

「漢字がわからないわけではないはずだけど」


 背後からメノウの冷たい声がする。

 俺の精一杯のすっとぼけを味方のお前が潰さないでくれ。


「さあ、ごめんなさい。まだ漢字は勉強中でして」


 そして真面目に答えないでフラデマリンさん。


「い、いや。ごめん、話を逸らしたのは俺だけど。その、結婚という約束に覚えがないんだよね……」

「ええっ! し、しましたよ……! 五歳か六歳か、七歳の時に!」

「年齢に開きがありすぎるだろ! ほんとにしたのか!?」

「しました! ほんとにしました! 花丸様だって覚えているはずです……! 命より大事なものを、私にくださったことを!」


 命より大事なもの、って……。

 俺は果たして何をあげたんだろう。

 振り回す、とか言ってたが……。


 振り回せるってことは、棒状なのかな?

 でも、俺が命より大事にしていて、棒状なもの。

 しかも子どもの時となると、マジで思い当たらない。

 ちょうどいい木の枝かな……。

 そんなもんで感謝されるわけないから違うか。


 俺が今大事にしているものというのなら、16歳になってからすぐ免許取って買ったバイクだが……。


 俺が一体何を大事にしていて、フラデマリンさんにあげたのかを考えていると、背後から首を締められる。


 犯人はわかりきっていた。

 メノウだ。


「うげッ! な、なんだぁ……!?」

「わからない……! わからないけど、私は花ちゃんの首を締めなくちゃいけない……!」

「わからないで殺人未遂やめろぉ……!」

「や、やめてください!」


 と、フラデマリンさんが、メノウの手を俺の首から離してくれた。


「どなたか存じませんが、人の婚約者の首を締めるのはよくないと思います!」

「婚約者ヅラ早くねえ!?」


 すごいスピード感で話が進んでいて、俺は振り落とされないようにするので必死だった。


「あ~……先生も、興味がある話なんだが。フラデマリンさん。一旦、その話は後にしてもらっていいか? これから授業もあるし。続きは次の休み時間にでも」


 申し訳無さそうに話に割り込んできた椎名先生に、俺は一瞬感謝を捧げた。

 が、結局次の休み時間にいろいろ大変なことが起こるのか……。

 問題が先送りにされただけじゃねえか。


「そ、そうですね。失礼しました。皆さんも、お騒がせして申し訳ありません」


 周囲のクラスメイトたちに頭を下げる。

 一番下げてほしいのは俺なんだが……。


「じゃあ、えと。言いにくいんだが、フラデマリンさんの席は、春町の隣だ」

「なにぃ!?」


 俺の隣の席、空いてたのか!?

 やべえ、知らなかった……。

 誰もいなかったから、意識が向かなかったからなんだろうか。


 全く覚えがないのに、人生のツケを払わされているような、理不尽な気持ちになっていた。

 一体何がどうしてこうなったのか、考えて頭を抱えていると、フラデマリンさんが俺の右隣席に座る。

 っていうか、俺クラスのほぼど真ん中に座ってんのに、なんで右空いてんだよ。

 俺いじめられてたのか?



 ■



 その後、俺はなんとか授業をやりすごしていたが、授業中は平和なのかといえば、そうではなかった。


 クラスメイト達のグループがあるメッセージアプリが、ずっとスマホに通知を届けていてめちゃくちゃ震えていたのだ。


『春町くんへ。許嫁がいるということ、そしてそれが転校生だということ、どうして僕らに教えてくれなかったのですか? 彼女できるかも、とはしゃぐ僕らを見て笑っていたのでしょうか?』


 柳からである。

 敬語になってるのはなんでだ。

 混乱してんのか?


『春町さあー。あれはないんじゃないの? フラデマリンさん、めちゃくちゃ嬉しそうだったのに素っ気なさそうにしてさあ。アプローチに素っ気ない反応しても、男が思うほどかっこよくないよ?』


 と、クラスの女子からのありがたいお言葉である。

 この発言が刺さっている人間が何人かいるのか、そこかしこから「うっ」という声が聞こえてきた。


 いきなり夢で見た女の子がやってきて、婚約者を名乗り始めたら、誰だって俺と似たリアクションになると思うが。


『ていうか、あんな子がいて、メノウとあの距離感なのやばくない?』


 また一人、俺を攻め立てるメッセージに参加したしたぞ。

 しかも口々にクラスメイト達がそうだそうだと言ってやがる。


 たまらず俺は返事をすることにした。


『メノウとのことは関係ないだろ!』


 そう言ってみたのだが。

 どうやらこれは、なにか燃料になる発言だったらしく。


『いやいやいや! いくら幼馴染っていっても、付き合ってなくてあの距離感はやばいって!』

『そうそう。付き合ってるんだと思ってたけど、違うんだ?』

『あーわかる。てか、こないだレストランデートしてんの見たよ』

『なに? 二人は結局、どういう関係?』


 やばいやばいやばい。

 クラスメイト達が俺とメノウの仲にまで突っ込みはじめた。

 メノウ、助けて……!


 祈りにも似た気持ちで、メノウのリアクションを待っていると、ついにメノウがメッセージを送ってきた。


『私と花ちゃんの関係の答えは、CMの後で』


 CMなんてないよメノウさん。

 あと、幼馴染じゃないですか。

 そのメノウのはぐらかしは何の意味もなく、結局俺は、クラスメイト達からの猛攻を無視することにした。


 なんにしても、外野のリアクションを聞いていたって仕方がないからな。


 ……現実逃避とも言うのだが。

 俺の評判、ガタ落ちだなぁ。

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