第5話『夢の中から転校生』

  ■


 そんな他愛のない? 話をしながら登校すると、すでに教室内が浮足立っていた。

 普段そんなことしないのに、髪にワックス塗ってるやつもいる。


「おいおい……」


 俺は教室に入ってすぐ、呆れてため息が出てしまった。

 なんてわかりやすいやつらだ。


「よっすー花丸!」


 クラスメイトの一人、歓迎会の提案者、柳が話しかけてきた。


「よっす。お前、わかりやすすぎるだろ……」


 俺は自分の机にカバンを引っ掛け、呆れながら柳の頭を見た。

 普段はボサボサの髪が、丁寧にセットされている。

 最近流行りのアイドルみたいな髪型だ。

 

「第一印象は恋愛の決め手になるそうだからな。俺は彼女作りに全力だ」

「だとしても、それはずっと続けとかないといけないやつだろ。せめてクラス変わるときからやっとけよ」

「いや、面倒くさくてさぁ」


 これがモテない男の戯言である。

 それを面倒臭がらない男だから彼女作れるのでは……?


「てか、転校生が歓迎会に来るとは限らなくねえか? 人間関係面倒くさがるタイプだったらどうすんだよ」


「そん時は、クラス親睦会に切り替えるから大丈夫」


 意外に隙のない二段構えだったらしい。

 まあ、ならいいけど。


 柳とそんなバカな話をしていると、予鈴が鳴り、柳も自分の席に戻ったので、俺も席に座り、先生を待った。

 一時間目、なんだっけとか。

 転校生どんなやつなんだろう、とか。

 そういうことを考えていたら、先生が教室に入ってきた。


 その後ろには、当然、転校生がいるわけで。

 噂に違わぬ可愛らしさに、教室はざわついた。


「……あれ?」


 だが、俺だけは別の理由で、衝撃を受けることになった。

 入ってきた子が、今朝夢で見た子に、似ていたからだ。

「おぉ、マジマジのマジで可愛いじゃん、花ちゃん」


 と、背後に座っているメノウが、身を乗り出して俺に耳打ちしてくる。

 俺はちょっと、考えることが多くて「あ、あぁ。そうね」なんて気のない返事しかできなかった。


「はい、おはよう。あー、こないだバラしちゃったから、みんな知ってると思うが、転校生だ」


 と、我がクラスの担任である椎名先生(30歳女性)が告げる。


「ほら、自己紹介して」

「はい」


 言われた転校生は、背を向け、黒板に自分の名前を記していく。


「私の名前は、レン・フラーガ・フラデマリンといいます。みなさん、仲良くしてくださると、嬉しいです」


 クラスメイトのざわめきが大きくなった。

 まさか外国人とは思わなかったからだろう。


 触らなくてもわかる、絹のように柔らかそうな金髪を腰まで伸ばし。

 楽園の海みたいに真っ青でキラキラした瞳を、優しげに微笑むように細めている。

 黄金比で定まっているかのような長い手足とスタイルのいい体は、俺たちと同じ制服なのに、まるで高級ブランドのものかのように決まっていた。


 確かに、可愛い。

 いや、可愛いっつーか、美人だ。

 見るだけで得したって気分になる。


 しかし。夢の中で見ていたあの子っぽいんだよな。

 あれって、俺の妄想が生んだ夢、なんじゃないの?

 たまたまかな?


 どんなたまたまだよ、とは思うものの。

 しかし、夢で見た子が転校生として来たというよりは可能性が高いように思えた。


「えーと、フラデマリンさんは家の事情で日本にホームステイなさっているそうだ。しかも、春町の家だそうだぞ」

「……ん!?」


 あれ、椎名先生、今、変なこと言わなかった!?

 ホームステイ? 誰んちに?


「えっ!」


 俺の声で、フラデマリンさんは俺の存在に気づいたのか、俺の方を見てくる。

 目があって、数秒固まると、彼女はパッと笑顔になってこっちに駆け寄ってきた。


「花丸様! 同じクラスだったのですね!」

「花丸様!?」


 俺がその偉そうな呼称に驚いていると、フラデマリンさんは机に置いていた俺の手を両手で取って握り締めてくる。


「えっ、なになになに」

「お久しゅうございます……! 同じクラスとは思わず、気づくのが遅れてしまいました……」

「え、久しぶりって、じゃあ、やっぱりあの……?」


 俺は、幼い俺が謎の何かを渡している夢を思い出す。

 やっぱりあの子なのか?

 へえ、あれって、現実だったんだ。

 なんか長年の疑問がほどけて、俺はちょっとすっきりした気分になっていた。


「そうです! あのレンです! 約束通り、花丸様と結婚するために来ました!」


「あぁ!?」

「えぇッ!?」


 俺とメノウの声が重なり、そして、そこから波紋が広がっていくように、教室のクラスメイト達が叫び始めた。


 何故か、それがなんでなのかわかっていなさそうに、フラデマリンさんは、周囲を見回した。

 なんでわかんねえんだ。

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