第4話『デートの感想』
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「で、この前のデートの話だけど」
朝の通学路で並び歩いていたメノウが、突然そんなことを言い出した。
直近で二人で出かけた時の話をしたいのか?
俺は思い出しながら「こないだのレストランのことか?」と一応聞き返してみる。
「そうそう。パパから頼まれた、偵察のやつ」
俺とメノウは時折、親父さんから頼まれて近隣の飲食店に偵察に行くことかある。お代はなんと、親父さん持ちだ。
喫茶店を経営している身としては気になるのだろう。
まあ、俺に飯を食べさせようとする口実なのではとも思うが。
そんなありがたい会のことを、俺たちはデートと呼んでいた。
「あの店、うまかったよな。どこの料理だか謎だったが。野菜に包まれた肉の正体聞いても、シェフがにこやかにしてるだけで、ちょっと怖かったんだよな」
「そうだね。スープはめちゃくちゃ香草が入ってたけど、珍しいスパイシーさだった」
メグフェポンかな。と、小さな声で呟くメノウ。あれそんなスパイスの名前なのか。あとで調べてみよ。結構好きだったし。
コンビニにあったら買っちゃう。
「まあ、味の感想はパパにも伝えたけど。そうじゃなくて、私は花ちゃんにデートの件で苦言を呈したいと思います」
「苦言だぁ?」
「格言のように受け取るといいよ。私以外の女性とデートした経験のない、花ちゃん?」
「そら、ありがたいこって。お前だって、デート経験、俺以外にねえだろ」
「女の子はいいの。デートは女の子を楽しませるためのものなんだから」
「ええっ! 不公平すぎるだろ! 男も楽しませろ!」
「じゃあなに? 花ちゃんは楽しくなかったって?」
「楽しかったが!?」
「私も〜!」
へへへっ!
と、俺たちは顔を見合わせて笑った。
なんだこれ。
「お前、ノリと勢いだけで話すのやめろ!」
「いやいや、楽しかったのはマジだけど、苦言もマジ。あれだよ、あれ」
そこまで言われて、俺はやっとメノウが何に対して苦言を呈したいのかわかった。
「俺が身を呈した、あれね」
メノウとのデートは三日前だった。
その日、俺たちはいつものように外食をし、メノウの門限まで適当に遊んでいたのだが。
そこで、ちょっと妙な事件に出くわしたのである。
そろそろ帰ろうか、という話を駅前でしていたのたが、そんな時、道路を爆走する車がいたのである。
しかも運の悪いことに、その車の先には親子連れがいて。
誰も、何もしなかったら、きっとその二人は死んでしまう。
そう思った瞬間、俺は弾けるように走り出して。
その親子を押して、迫る車の身代わりになろうとしたのである。
しかし、車が急ハンドルを切り、結局その車は近くのガードレールに突っ込み、俺もその親子も無事だったわけだが。
「ああいう心臓に悪いのはやめてよね。デートでドキドキさせるのって、ああいうことじゃないんだから。花ちゃんの「白馬の王子様症候群」にも困ったもんだよ」
俺は昔から、目の前で困っている人がいると首を突っ込まずにはいられない。
それは正義感とかそういうのではなく、ただ目の前に困った人がいるという状況が嫌いなのだ。
例えるなら、部屋の中に虫がいるので、早く追い出すなり潰すなりしたい、という気持ちに近いだろう。
それをメノウは「白馬の王子様症候群」と呼んでいる。
「しかし、あの車、変だったよな」
「ん、そうだね。走ってきたのは確かなのに、ドライバーがいなかった」
俺が親子の安否を確かめている最中、メノウはドライバーに一言文句を言おうとし、運転席に詰め寄ったのだが。
そこには誰一人として乗っていなかった。
しかも、鍵すら刺さっていなかったと言う。
ドライバーはコンビニで買物をしていて、アリバイがある。
警察の人が教えてくれたが、こういう無人の車やバイクが動き出す事件が、ここ川凪市で最近頻発しているのだとか。
「止まってる車でさえ、いきなり動き出して襲ってくるってことだもんね。怖いなぁ」
「安心しろって。俺が守ってやるからよ!」
「だから、そういう考え無しの人助けをやめろって――」
そう言っていると、目の前から歩いてきたおばあちゃんが「あらっ! 花丸くん!」と、小さく手を挙げながらこちらにかけよってきた。
「あれ、どもども! 美津子さんじゃないすか」
「この間はありがとね。もう、私もお父さんも年だから、どうしても自分たちじゃできなくて。あら、お友達?」
メノウに気づいたらしい、ご近所の美津子さんは「おはようございます」と頭を下げ、メノウも頭を下げ返す。
「あっ、学校に行くとこよね。あんまり長々と話しても悪いし、また今度お礼させてちょうだい」
美津子さんは、再び頭を下げて、俺たちから離れていった。
俺は声が聞こえないくらいに離れたのを確認してから、メノウに今のが誰だったのかを伝えることに。
「今のは近所に住む美津子さん。免許返納するから、車売りたいって言ってたんだけど、やり方がわかんなくて困っててさ」
「あぁ。こないだ、調べたことが難しくてわかんねえ、って泣きついてきたあれね?」
なんか今でもわかってないが、廃車にしなきゃいけないだの色々言われて、手続きの文字がいっぱいになってしまい、メノウに泣きついたのだ。
結局、工場に申し込んだり書類書いたりすることになったらしい。
「花ちゃんってさぁ、いてほしい時にいてくれる人なんだよね。だから頼りやすいのかな」
「なんだよそれ?」
「こないだもさぁ、家でタンスの裏にネックレス落としちゃって、タンス退けるために人手がいるなぁと思ったら呼び出すまでもなく家に来たし」
「あったな、そんなことも。でも、あれはシンプルに遊びの誘いをしたかっただけだ」
マジで重かったぞ、あのタンス。
さすが、女の子は服をいっぱい持っている。
「タイミングがいいっていうのかな、ああいうのは。まるで孫の手だよ」
「猫の手だろ。背中をかくしか用途のないもので例えるな」
「でも、背中かゆいときにはあってほしいでしょ? あってほしい時に、そこにあるっていうこと」
なるほどな。
大してうまいとは思わないが、なんとなく納得させられる例えだった。
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