第3話『これが日常』
「おはよう、パパ。花ちゃんも、おはよう」
俺と同じブレザーに身を包み、手櫛で髪を軽く整えながら、俺の隣に腰を下ろす。
「おはよう、メノウ。朝食はどうする?」
「クロワッサンとサラダだけちょうだい」
親父さんはメノウの前に注文の品を置くと、今度は俺が食べた皿を片付け始める。
悪いなぁ、と思うのだが。
手伝おうとしたら「メノウを起こすっていう仕事をしてもらって出してるものだから」と断られてしまうのだ。
「ところで、花ちゃん?」
隣に座ったメノウは、ちょっとだけ顔に不満の色を足して、コーヒーを飲んでいる俺の顔を覗き込んでくる。
「ん? なんだよ」
「さっきの起こす時のやりとりだけど、「寝ぼけたことを言うな」系のツッコミは入れるべきじゃない?」
「えぇっダメ出し!?」
「あんなんじゃ、寝た人を起こすというシチュエーションを活かしたとは言えないよ」
「お前がただ寝てただけだろ!! コントのシチュエーションとして設定されたわけではねえ!」
なんでそんなお笑いに厳しいやつみたいになってんだ。
「まあ、それは追々磨いていくとして」
なんか俺のツッコミの腕を磨く算段がメノウの中にはあるらしい。
余計なお世話すぎる。
「花ちゃんは今日どうすんの?」
「何が」
「クラスの連絡メッセ、見てないの?」
「あっ、あー……あれか」
俺は昨日、クラスメイトが集められたメッセージグループにて周知された歓迎会の話を思い出した。
何でも今日転校生が来るらしいので、歓迎会を催すという企画があるらしい。
「ノリ次第だが、参加するつもり」
「おやおや。さすがに美少女には興味津々ってわけだ?」
メノウがニヤニヤしながら、俺を見つめてクロワッサンをかじる。
そう、さすがに転校生が珍しいというのを差っ引いても、初日に歓迎会というスピード感は珍しいだろう。
なぜそんなことになっているかというと、まだどんなヤツでどこから来たのかもわからないというのに、その転校生がめちゃくちゃな美少女だという噂が広がっているからだ。
まあ、噂っつーか、俺らの担任が「教師として言うべきではないんだけど、さすがに可愛すぎてビビった」と教えてくれたのだが。
ほんとに教師として言うべきじゃねえだろ。
で、そんなに可愛いなら速攻で仲良くなりたいという飢えた男子たちが、歓迎会を主催し始めたというわけで。
「興味がないわけじゃねえけど。メインの理由は歓迎会をぶっちするのも、感じ悪いかなってだけだし」
「あんなの実質合コンの誘いじゃん。体のいい合コンの参加理由だね」
「すげえ人聞き悪いな!? 全然円満な人付き合いの範疇だと思ってたんだけど!」
「そう言いながら体目当てですか……」
「いや待て! 俺まだ転校生を見たこともないんだが!? 目当ても何もないだろ!」
「花ちゃんはスケベだからなあ」
「お前が自分で用意した濡れ衣を着せるな!」
お前の印象操作のせいで俺もうびしょびしょだよ。
あと、親父さんの前でそんなこと言うのやめて。
親父さんも微笑ましそうにこっち見ないで。
「じゃあ、お前は参加しないのか?」
「するよ。歓迎会ぶっちなんて、感じ悪いじゃん」
「それ俺がさっきから言ってるよな!?」
「花ちゃんは疑わしいから信じられない」
「なんで! 俺、お前の前でそんなにスケベ心出したっけ!?」
俺の言葉を聞いて、メノウは訳知り顔で自分の胸を軽く叩いた。
……あぁぁぁこいつ! さっき抱きついて俺がめちゃ引き剥がすか迷ったのわかってやがる!
抱きついたのそっちじゃん! 俺が悪いの!?
これ痴漢冤罪だろ!
「ねえパパ~」
「あああ待って! メノウさん待って!」
「ん? どした~」
「今日のクロワッサンも美味しいよ~」
「お、そうか。小麦粉からこだわってるし、バターはなんとフランスのちょっといいやつなんだ」
くっそ……!
完全におちょくられている……。
なんでノーブラで抱きついてきた人間より、俺の方が恥ずかしい思いしてんだろう。
これが男の弱みなのだろうか。
「っていうか、二人とも早くしないと遅刻しちゃうんじゃない?」
親父さんの言葉に導かれるように、俺とメノウは壁掛け時計を見る。
すると、確かにそろそろ出る時間が迫っていた。
「やべっ。おいメノウ。とっとと食え」
「は~い。ここまでにしといてあげよう」
メノウが飯を食うのを見ながら待ち、食べ終わったメノウと共に、俺達は親父さんに「いってきます!」と告げて、
これが、俺の朝のルーティーンというやつだ。
幼馴染を起こし、その親父さんからご飯をごちそうしてもらう。
こういう日が毎日続いて、大人になっていくんだろうと、意識はしていなかったがそう思っていたのだが。
このルーティーンが変化するのが、まさか今日だとは思っていなかった。
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