第2話『才色兼備の幼馴染』

  ■



「久しぶりに見たなぁ……あの夢」


 自室で目覚め、ベットから這い出ながら、そう呟いた。

 久しぶりに見る夢に、俺は懐かしい気持ちになりながらも、いそいそと身だしなみを整え、制服のブレザーに着替える。


 そして、家を出て、近所の喫茶店「クローバー」に向かった。


 カランコロンとカウベルが鳴るドアをくぐり、カウンターの中でコーヒー豆を引いていた渋いマスターに「うす!」と、元気よく挨拶をする。


「やあ、花丸くん。いつも悪いね」


 そう言うマスターに、俺は「慣れっこなんで」と言って、店内を抜け、店の奥にあるドアをくぐる。

 ここは、マスターの自宅である。

 階段を上がり、二階にある一室のドアの前に立った。


 そこには「メノウの部屋」とドアサインが下げてあり、主の名前を示していた。


 ノックして返事を待つが、待てど暮せど返事はない。

 いつもの通り無断侵入して、中のベットで寝ている幼馴染の肩を掴んで揺らした。


「おいっ! 起きろ! 普通こういうのって女の子側が起こしに来るのがお約束だろ!」

「うーん……。そんなの誰が決めたの……」

「知らんけど、昔からそうなってんだよ。早く起きろ!」

「あと十分……」

「ベタなこと言ってんじゃねえ!」

「まだ不十分……」

「夢現にしては捻ったこと言うな!?」


 俺と寝ぼけて漫才をしているこの女こそ、俺の幼馴染である四葉瑪瑙ヨツバメノウ

 今は寝癖でボサボサになってしまっているが、明るい茶髪のボブカット。

 成績優秀、スポーツ万能で、少し小柄だが、顔が小さいせいでスタイルが良く見える。

 才色兼備な幼馴染だ。


 なのだが、こいつは寝起きが非常に悪い。

 俺が毎朝起こしに来ているのは、下にいたマスターこと、メノウの親父さんに頼まれているから。


 とっとと起こさないと時間がないので、メノウの肩を掴んで上体を起こした。

 力の入ってない人間の体が重いことを、俺はこいつで学んだ。


「まあまあ……。花ちゃんも寝ようよ……学校なんてサボってさぁ……」

「お前、一応優等生で通ってるだろうが。サボったことないだろ。俺が起こし続けてきて遅刻させなかったんだから」

「感謝してるよぉ。晴れの日も、鍋の日も……」

「別に夕飯の都合で起こす起こさないの難易度は上下しない」

「うるさいなあ……」


 そう言うと、メノウは腕を広げ、俺の首に抱きついてきた。


「おわぁぁぁ!? やめろやめろ!!」

「あったかぁ……。体温高いねぇ……」


 いくら幼馴染でも、抱きつかれることはそうそうあるわけではない。

 いつも一緒だから家族みたいなもん、とは言うものの、そんなもん今感じるおっぱいの感触で軽く吹っ飛ぶ。


 しかも、寝てたからノーブラだろこれ。


 だが、いま朝だし。

 そもそも下に親父さんがいるし。

 というかメノウを傷つけるようなことをしたくないので、俺はかなり後ろ髪を引かれながらヤツを引っ剥がした。


「起きろ! お前が起きないと朝飯食えねえし学校行けねえんだよ!」

「んんぅ……。うるさいなぁもう……」


 と、メノウはやっと目を開いて、俺と目が合わせてくる。


「あぁ……おはよぉ花ちゃん……」

「まだちょっと寝ぼけてるくさいが、シャワーくらい浴びれるな?」

「ん。それくらいは覚めた……」

「うしっ。んじゃ、俺は下で待ってるから、早く来いよ」


 俺はそそくさとメノウから離れ、部屋を出て一階の喫茶店に降りる。

 俺のちょっとだけ疲れた表情を見て、メノウの親父さんはにこやかに笑っていた。


「今日も朝からメノウに振り回されたんだねぇ」

「本当っすよ。おたくの娘さん、なんであんな寝起き悪いんスか」

「メノウのママから受け継いだ、寝起きの悪さかな」


 カウンターに座ると、そこには親父さんが用意してくれたモーニングセットがあった。

 俺はメノウを起こし、遅刻させない報酬として毎朝この喫茶店でごちそうになっている。


 今日のモーニングは、ハムエッグとサラダ、そしてカリカリのクロワッサンとコーヒーだ。


「いいのかなぁ。幼馴染起こすだけでこんな朝飯もらっちゃって」

「いいのいいの。花丸くんがまともなご飯食べてなさそうなのを心配してでもあるんだから」


 メノウの親父さんは俺の両親が留守しがちなのを慮って、こうして飯を恵んでくれている。

 今日も家に俺以外いなかったので、俺はおはようを言うこともなく、起き抜けの一言以外は親父さんに向かってが初めて発した言葉だ。


 本人には言わないし、俺の親父はまだ生きているはずなので、ちょっとだけ悪いと思うが。

 俺からすれば、メノウの親父さんのほうが、よほど父親をしてくれていた。


「いただきます」


 手を合わせ、頭を下げ、俺はクロワッサンをかじる。

 モーニング限定で手作りらしく、やたらめったら美味い。

 サクッとした感触、バターの塩気と甘み。

 こいつを食うと、朝から一気に元気になる。


 ハムエッグもいい塩梅のとろとろ加減だ。

 サラダも細やかな気遣いが効いていて、野菜を食うという義務がシャキシャキとした歯ごたえを楽しむ時間になっている。


 そうして朝食を楽しんでいると、遅れてメノウもやってきた。

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