キスと姫と魔王と約束〜無能勇者のチートの行方〜

七沢楓

1『王様or魔王様?』

第1話『夢の話じゃなかったり?』

 幼馴染から「白馬の王子様症候群だ」とからかわれるが、そんな俺の悪癖はどうやら生まれつきらしかった。


 目の前には泣いてる女の子がいて、その子に俺は「どうした?」と、話しかける。

 同い年くらいの――5歳かそこら――の女の子は、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、拙い言葉で、必死に何かを伝えてきた。


 俺のお粗末な頭で理解できたのは、「彼女の家は何かをやっていて、そのために大事なものを彼女は持っていない」ということだけ。


 そして、なぜか知らないが、俺はそれを持っていたらしい。

 俺の家は普通であり、決して何か特別な才能を要求されることはなかった。


 つまり、彼女にとっては、顔をべしょべしょにするほどほしいものでも、俺にとってはなんでもないものたということ。


 なので俺は、それを彼女にあげることにした。


「いいんですかっ?」


 驚いたように目を見開く彼女に、俺は「別にいいよ」と言う。

 少なくとも、持っていなくても泣かない俺より、持てないから泣いてしまうのなら、彼女が持っている方がそれだって嬉しいだろうと思ったのだ。


「ほんとに? ほんとにいいんですか?」

「あぁ。ほんとにいいよ」

「だってだって、それって、花丸様にとってとても大事なものじゃ」

「いや、別に。暇な時に振り回したりするくらいだったし」

「えぇ……」


 何故か夢の中の女の子は、信じらんねえみたいな顔で俺を見てきた。

 俺は何を振り回してたんだ。


「でもでも、そんなの悪いです……」

「マジでいいって。そんなのより、泣かれてるほうが俺にはよくない」


 そう言って、俺はその何かを取り出して、女の子に差し出した。

 結構デカいものだったはずなんだけど、夢の中なのでなんだったかがさっぱりわからない。


「でもでも! 花丸様だってお父様に怒られてしまいます!」

「別に黙ってりゃバレねえって。親父とこれの話なんて滅多にしねえし」

「ほ、ほんとにいいんですか」

「だからいいって」

「ほんとのほんとに?」

「ほんとの、ほんとに、いいよ」

「あとで返せませんよ? ほんとにいいんですか?」

「しつけっ! 特定の選択肢選ぶまで抜け出せないタイプの村人かよ! これいらねえのか!?」


 そんな押し問答の末、俺はなんやかんやと、その何かを女の子に受け取ってもらうことができた。


 すると、その女の子は、とても嬉しそうに、その何かを抱きしめて。


「ありがとうございます、花丸様。このご恩、きっと忘れません。……十年くらい、待っていてください。きっと、立派になって、会いに行きますから。その時は――」


 なんて言われたが、その続きはさっぱりわからなかった。


 なぜなら、これはすべて夢で見たこと。

 たまに見る変な夢の一つ。


 たが、知らないやつの夢の話なんて、どうでもいいと言われるだろう。


 でも安心してほしい。

 お察しの通り、これは夢の話じゃない。

 俺、春町花丸ハルマチハナマルがこれを現実にあったことだと知るのは、高校二年生の春だった。

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